波
高速道路を街灯が流れていく。
ひとしきり話終えると、僕はタバコに火を付けた。
いつもだったら口うるさい君だけど、今日は黙ってくれていた。
窓を下ろして、長い息とともに窓の外に向かって紫煙を吐き出す。
スゥと何かが落ちていくような感覚がして、どこか懐かしい気持ちになる。
「そういえば……」
吸いかけのタバコを灰皿に押し付けて、窓を閉めた。
あんなことをしたね、あの場所に行ったね。
とりとめのない会話をするつもりだったのに、言葉が先を紡いでくれない。
幸せな思い出はいくらでもあるのに……。
けど、それでいいのかもしれない。きっと思いを共有できているから。ずっとそう信じてきた。
雲一つない夜空だった。こんな深夜では他に車もほとんどおらず、ただタイヤがアスファルトを転がす音だけが車内に響く。
「せっかくだから海に行こうと思って」
隣に座る妻にそう語り掛けて、僕は再び前を向く。
眠くなってしまってはいけないので、慰みにラジオを流した。
機嫌を損ねて黙りこくってしまった妻との間が気まずくて、ラジオに縋った日のことを思い出して苦笑してしまう。
高速を降りてしばらく走ると、僕たちは目的地に着いた。
そこはふたりの初めてしたデートの場所だった。
僕たちはまだ学生で、君は高嶺の花だった。
「あの時は電車で来たんだっけ」
路上に車を停め、指輪をしていない方の彼女の手を握る。
愛らしさに胸がはちきれそうだった。
運転席を降りて、外から助手席のドアを開ける。
「行こうか」
声をかけても彼女は応えようとしない。
思わず笑ってしまう。こんな時までお姫様対応を求められているらしい。
そんなワガママな彼女も愛していた。
「しょうがないな」
うやうやしく彼女の手を取り口づける。裸の左手が僕を受け入れた。
「さぁ、行こうか」
眠るように死んだ妻を抱き上げて、砂浜を歩く。
硬直した彼女は、それでも軽かった。
「お姫様のような君が大好きだったよ」
長い長い砂浜を経て、黒い海が近づいてくる。
ざあざあと波が寄せては帰っていく。
どうしてこんなことになってしまったんだろうね。
服に纏わりつく海水に辟易しながらも、歩を進める。
海水が腰に届くころには、彼女の体もより一層軽くなっていた。
出会いがあれば別れがある。
産まれれば、人はいつかは死ぬ。
きっとそういうことなのだ。そう自分に言い聞かせて……。
「お別れだ」
そうつぶやいた自分の声は、嗚咽まみれの酷いものだった。
波が彼女を攫って、光がゆらめいた。