表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者: 水無飛沫


高速道路を街灯が流れていく。

ひとしきり話終えると、僕はタバコに火を付けた。

いつもだったら口うるさい君だけど、今日は黙ってくれていた。


窓を下ろして、長い息とともに窓の外に向かって紫煙を吐き出す。

スゥと何かが落ちていくような感覚がして、どこか懐かしい気持ちになる。


「そういえば……」

吸いかけのタバコを灰皿に押し付けて、窓を閉めた。

あんなことをしたね、あの場所に行ったね。

とりとめのない会話をするつもりだったのに、言葉が先を紡いでくれない。

幸せな思い出はいくらでもあるのに……。

けど、それでいいのかもしれない。きっと思いを共有できているから。ずっとそう信じてきた。


雲一つない夜空だった。こんな深夜では他に車もほとんどおらず、ただタイヤがアスファルトを転がす音だけが車内に響く。

「せっかくだから海に行こうと思って」

隣に座る妻にそう語り掛けて、僕は再び前を向く。

眠くなってしまってはいけないので、慰みにラジオを流した。

機嫌を損ねて黙りこくってしまった妻との間が気まずくて、ラジオに縋った日のことを思い出して苦笑してしまう。


高速を降りてしばらく走ると、僕たちは目的地に着いた。

そこはふたりの初めてしたデートの場所だった。

僕たちはまだ学生で、君は高嶺の花だった。

「あの時は電車で来たんだっけ」

路上に車を停め、指輪をしていない方の彼女の手を握る。

愛らしさに胸がはちきれそうだった。


運転席を降りて、外から助手席のドアを開ける。

「行こうか」

声をかけても彼女は応えようとしない。

思わず笑ってしまう。こんな時までお姫様対応を求められているらしい。

そんなワガママな彼女も愛していた。


「しょうがないな」

うやうやしく彼女の手を取り口づける。裸の左手が僕を受け入れた。

「さぁ、行こうか」

眠るように死んだ妻を抱き上げて、砂浜を歩く。

硬直した彼女は、それでも軽かった。


「お姫様のような君が大好きだったよ」


長い長い砂浜を経て、黒い海が近づいてくる。

ざあざあと波が寄せては帰っていく。


どうしてこんなことになってしまったんだろうね。


服に纏わりつく海水に辟易しながらも、歩を進める。

海水が腰に届くころには、彼女の体もより一層軽くなっていた。


出会いがあれば別れがある。

産まれれば、人はいつかは死ぬ。

きっとそういうことなのだ。そう自分に言い聞かせて……。


「お別れだ」


そうつぶやいた自分の声は、嗚咽まみれの酷いものだった。

波が彼女を攫って、光がゆらめいた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ