3:すだちの旅立ち、アオイの過ち ★
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ポチさんの、恐らく同郷の一族の方には魂にズドンと響き渡る歌だったんだろうけど……とりあえず私は音の鳴らない女子拍手をして「ポチさん美声~」と嘘偽りなく、美声のみを称えた。
ポチさんのこの美声に反応したのか、ややあってから工事現場に立っているような、ズドドドド…!!というような振動音が地下室内に響いてきた。
どんどん近づいてきている!!と身構えていると、ボゴォォン!!と轟音と共に壁に大穴を開け、熊のようなサイズの魔獣モグリーノが突進してあっという間に通り過ぎて行った。
「!!!!!?」
予想よりもかなり大きいサイズと速さに、声を出すことを忘れていたけど、大きな音に反応する魔獣とのことで、我ながらグッジョブだと思った。
大穴を開けたモグリーノは少し過ぎた先でキョロキョロし、頭を傾げたと思ったら、また元来た道に戻って行った……例に漏れず、可愛くはない。でも最近気が付いた、敵=可愛くないという判断基準があるのはいいことかもしれない。
彼らは大きな音に反応はするが、あまり視力は良くない為、ひそひそ話す程度で歩いている程度であれば攻撃してこない、比較的温厚な魔獣だとか。
「すごいですね……あんなに硬い壁を一撃で…」
「よし、それじゃあ穴も無事開いたし、モグリーノが来た道を利用して、学園外に出るか!」
「あ、そうですよね。でも、方角とか大丈夫かな?ポチさんはわかるんですか?」
「あぁ、帰巣本能ってやつだな。オレの勘がこっちで合ってると言っている」
すごい、野生の勘……。ポチさんの帰巣本能を信じて、モグリーノが掘ってきた道を辿る。通路は真っ暗なので、モグリーノを刺激しない、薄暗い程度の照度でポチさんが魔法で照らしてくれたので、なんとか歩けそうだ。
私の方は念の為、大体50mほど進む毎に転移を試みていた。落ちるときの穴の位置では200mも歩けば学園外に出るはずだったけど、地下ではその200mを過ぎても転移はできなかった
「……穴に落ちてから多分、2時間弱くらい経ちましたね……」
「ん?アオイちゃんは時計を持っていたのかい?」
「いえ、これは私の本能のようなものでして…腹時計がそろそろ昼が近いぞ、と」
そう、おそらくは体育はとっくに終わり、四時間目の中盤。退屈な魔国史で眠いのと、空腹でお腹が鳴りそうなのを耐えるという苦行タイムなんだよね
「ぶはっ、腹時計かっ!くっくく…それも一種の才能だなぁ。ジャーキーなら持ってるけど食べるかい?」
「ジャ、ジャーキー!?私、ジャーキー大好きなんです!あ、もしでしたらプリンと交換しましょう!」
「へぇ、ぷりんか。初めて見たけど、あとで明るいところでゆっくり食べるよ。アオイちゃん、ジャーキーは獣人向けで硬めだから、よく噛んで食べるんだよ」
「ほぇ~ほのヒャーヒーはほたへはつふんれふね!」
(へぇ~このジャーキー歯応え抜群ですね!)
この口の中で柔らかくして、食べるのが最高にうんまい!以前、ブイヨン風にするときにもジャーキー活用したけど、美味しかったなぁ~
獣人族用だから確かにちょっと硬いけど、空腹時には堪らない味の濃さだし、すぐになくならないのもいい。
「あっ!アオイちゃん。多分、学園の外に出たぞ。学園の結界の気配がなくなった」
「ふぇっ!ほんろれすか?」もちゃもちゃ
(えぇっ!本当ですか?)
それじゃあ、こんなところからはすぐにでも、おさらばバイだっ!
私とポチさんは念の為、同じ場所に転移しようと取り決めた。私は酢橘を希望の詰まった胸ポケットへとしまい、片手はポチさんの服の裾(さすがに手は遠慮する)、片手は齧り途中のジャーキーを握り締め、学園の正門前へと転移した。
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目を開ければ、目の前には正門が見えた!ポチさんの帰省本能凄すぎる!!どんよりとした天気だけど、2時間半振りの外の空気はうまい。
「やったー!ポチさんのお陰で脱出成功です!」
「おう。頑張ったな、アオイちゃん!」
ここはやったね!のハイタッチだろうと片手を挙げ、つられたポチさんもタッチに応えようと手を挙げた……
「アオイに触るなっ!!」
お互いにビクッ!となりながらも、声のする方を見てみれば、滅多に見ない、息を切らしているルティとそのルティの腕を必死に抑えているゴーちゃんの姿があった
「あー…っと他意はなかったんだが、タイミングが悪かったなぁ……」
ポチさんには1ミリも悪いところはなかったけど、確かにタイミングは激悪かもしれない。番への態度をよく理解しているポチさんは、素直に両手を挙げ、私からも距離をとった。
「ル、ルティ……あの、この人はポチさんと言って、助けてくれた人で、ハイタッチは私がうっかりしようとしてしまって……だから、あの…」
「ゴーシェ、その御仁は恩人のようですので、お礼と、事情を私の代わりに聞いておいて下さい。クラスの方は自習にします。アオイはこちらへ」
「は、はい。あの、ゴーちゃん、ポチさんは本当に助けに来てくれた人だからね。クラスの子も何も非はないから……」
「うん…僕は別に何もしないけど……今はルーティエ兄さんの言う通りにしてあげて、急にアオちゃんが消えて、大変だったんだよ」
ルティもゴーちゃんもただ静かに何かに耐えている風で、この様子だと本当に大変なことをしてしまったのだとわかる。
言い訳もしようがないし、ごめんなさいで許される気もしない……
「アオイ、着替えに一度屋敷に戻りますよ」
「うん……」
ルティに手を引かれ、一度屋敷に転移で戻った
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着いたのは私の部屋……とわかるのと同時に、ルティに正面から力一杯抱き締められた。
普段の優しい包むような抱き方ではなくて、絶対に離さない!と苦しいくらい強く抱き締められていた。呼吸が苦しくて何とか顔だけ上に出すと、目に涙を溜め、苦しさに耐えるような表情をしたルティと目が合った。
「――っ!!」
「アオイ、あなたは一体どこに行っていたのですかっ!!どれほど、どれほど、私が心配したと……。アオイの気配と魔力が急にプツッと途絶えて……万が一、あなたがこの世界から消えていたらどうしたらよいのかまで考えたのですよ!!」
「ルティ、あ…ごめ、ほん…とに、ごめんなさ……うぅ、心配掛けて、ごめんなさい!!」
「あなたが無事に私の元に帰って来てくれたのなら、もういいです。でも、私の心が落ち着くように、どうか口づけをさせて下さい」
「うん…うん…」
ゆっくりと時間を掛けて、ルティの心が少しでも落ち着くように、私の方から彼へと口づけた。
その内に落ち着きを戻してきたのか、彼の口づけはまるで食べられているかのように激しく、熱い舌で絡めとられ、呼吸が困難になるほど唇を貪られ続けた……
普段のキスとは違った激しさに私の腰はあっさりと砕け、そのままルティに力の入らない腰を支えられたまま、ベッドに倒れ込んだけど、彼の唇は離れることはなく、そのまましばらくキスが止まることはなかった。
ようやく二人の唇が離れた時にはルティの涙はすっかり渇いていて、私を見つめる瞳にはいつもの甘さが戻って来ていた。
ひと騒動のあとのなんとやらではないけれど、私自身もすっかり雰囲気に流され、そもそも【なんでこうなったのか】なんて大事な記憶をうっかり宇宙の彼方にすっ飛ばしてしまっていたのだけど……
彼の一言で宇宙の彼方から無事、記憶が緊急帰還することとなる。おかえり、小惑星探査機アオぶさ
「……そういえば、今日の口づけは少し野性味のある味わいでしたね……それと、制服からはシトラスの香りがしませんか?」
「野性味……ジャーキーかな?シトラス……シトラス…柑橘……あーーーー酢橘!!!」
「は?なぜ酢橘?」
「わぁぁぁぁーーー!!?ルティどいて、どいて!!ギャーーー!!希望の酢橘が、夢がぁぁぁ!!」
ほんの30秒前までの、ロマンチックムービーは瞬間シャットダウンし、愛しの恋人をも押しのけた。
どうやらルティに抱き締められた際に、一緒にプレスされちまった哀れなトモダチ、スダッチー……今、彼の涙(果汁)は私の制服にガッツリと染みこんでいる。
おめぇ、こんなになっちまって…守れなかったマブダチ、スダッチー……うぅっ、せめて種を庭に植えさせてもらうからな!
当たり前だが、返事のないスダッチーを抱き締めながら、ふと視線を床にずらすと見覚えのある赤茶っぽいアイツ……
「ジャッキー!!!お前まで!!」
「ジャッキー??アオイ、先ほどから、なぜそんなにも取り乱しているのです?」
「うわぁぁぁぁん!!食べ掛けのジャーキーがぁぁぁぁ!!」
彼もまた、抱き締められた際、ぐえっとなった拍子に手から離れてしまったのだと思う。なんなら靴跡まで付いていて、再起不能である。私の命を繋いだジャッキー(ジャーキーだけど)……お前の味を忘れはしない。感謝を込めて、紙にくるんでゴミ箱へ旅立った。
「もう、なんなのですか、先ほどからスダッチーだのジャッキーだの。暴走し過ぎですよ!」
「あ、ごめん実はね……」
素直な私は、今回の事件の真相をルティに説明することにした。説明するにしても、私が消えた後どうなったのかまで聞いてから話せば良かったと後悔するが……まぁ、話してしまった。
***
そして、自主的に正座である。もちろん床に……先程まで私達ラブラブでしたよね?違ったかな?と思うほど、恐竜絶滅の危機レベルの氷河期が訪れていた。寒くて眠くなってきたかもしれない
「へぇ……。たかだか酢橘を得たいが為に、友人を騙し、私やゴーシェをも出し抜いて、そして体育の授業を潰し、全員で捜索にあたらせるという多大なる迷惑まで掛けましたけど、ご気分はどうです?そちらと天秤にかけても、その行動は間違えていなかったと……私の目を見て言えますか?」
「い、いえ、私が…アホか、いえ、浅はかであったと……」
「それで?私の心をあれほど乱しておきながら……フッ、潰れたスダッチーと、床に転がったジャッキー、でしたか?それらを優先し、私を押し退けましたよね?その物言わぬ者たちが、あなたを一生守って下さるとでも?」
「……い、いえ、私が、愚かであったと……」
口には出さないけど、スダッチーは私の心を満たしたし、ジャッキーはあの時の私の胃を満たした。
しかし、それと引き換えに、体育館はお心を乱したルティによって半壊し、グランドもボッコボコのクレーター状態。あの時のゴーちゃんは憔悴したような表情だったけど、ルティを落ち着かせるのに必死だったのかもしれない。だから一緒にいたのだ。
他のクラスメイトはルティとは逆方向を安全の為、捜索していたらしい。キラ君は残って、半壊した体育館を修復しているとのこと。もはや菓子折りで済むレベルじゃなくなっている
いよいよブタ箱行きではないだろうか……?ガタガタガタガタ……
「アオイ……それは、本心で?」
「ひぃっ!!ひゃい、ほほほほ本心ですとも、ええ、本心の中の本心!!」
またか?また、私は顔に出ていたのか!?
「そうですよね。アオイは優しい女性ですから……もちろんこの埋め合わせも、学園の規則を破って騒ぎを起こしたことも、きちんと償うのですよね?」
「つ、償う……?ひゃい、もちろん誠心誠意……」
「ふふ、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。アオイへの罰は、私への罰も同じです。それに罰は担任に一任されておりますからね」
「…………ひゃい」
今回においては、私はイエスマンにならざるを得ない……
ありがとうございました!