番外編:私に足りないもの ☆
☆番外編とついていますが、デート前の話です
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夏休みの締めくくりは彼とお泊りデートをすると決まっていたので、どうせならピカピカの状態で出掛けたいと思い、私にしては珍しく今日はきちんと予約を入れていた。
リィルーンでの定期メンテナンスの日…所謂、身体ピカピカのゴリンゴリンされる日です。
ここでルティと暮らしていた時はルティは毎度アイさんにバコーンと弾かれていたけど、さすがに魔国でお留守番などするはずもなく、こうして一緒に転移して来ている。
「さぁアオイ、着きましたよ」
「いつもスミマセン」
最近の<転移>では、私はルティに抱き締められたままというのがデフォになりつつある。
もちろん、無駄な抵抗はしている。無駄に終わるんだけど……。
そもそもの原因が、どういうわけなのか私が転移し、着地するところに地面と同化したような色味の石だったり、凹みだったりがあって、よろけるからなんだけど……なにか呪いでも掛けられてます?
そんなことがたまたま三回も連続で続いたせいで、こうなった…と。
でも、これに関しては私は悪くないと思うんだけど。
魔法はイメージと言うから、一度凸凹もなく、石もない、真っ平なイメージを浮かべながら転移したら……不幸にも着地した場所はあいにく雨が降っていた。
確かになんもなかったけどさ、濡れた草地って滑りやすいんだね。お尻濡れたし……
もう、それからは心を無にして転移することにしました。人には向き、不向きがある…そういう事なんだよ
しかし、私ほど妄想力に長けた人間ならば、魔法に関する想像力だってお茶の子祭々レベル…あ、さいさいですね。そんなもんだと思っていたのに、初めに習った基本魔法までだったなぁ…『もしかして私結構デキる子なんじゃない!?』って思ったの。まぁ、勘違いはしたけど、そのまま天狗にならなくて良かったと思う。立ち位置を勘違いしてはならない
できたものができなくなると人はストレスを感じるでしょ?私は初めから魔法のないところから来てるからね。こんなものはオマケみたいなものというか……無理はいけないよなって
ようするに、空間魔法と転移は別として、他は普通のモブ平民のように生活魔法だけで慎ましく生きる方がいいよねって話で。
あ、なんでずっと脳内で語り続けているの?って思ったでしょ?なぜって、そりゃあ……今また全裸だから!!アイさんはいっつもすぐにひん剥くんだよ!!せめて自分でやらせて下さいっ!!
アイさんがどっかの殿様にしか見えない……ア~レ~おやめくださいましっ!
「あらあら、今日は随分余裕がありそうねぇ……ちゃんとアドバイスとか聞こえているのかしら?」
「アイ、こっちは終わったからそろそろリンパに入りましょ♡きっと覚醒するわよ…ふふふ」
こうやって別方向に思考を持って行かないと恥ずかしのよ!でも、さっきまでは軽いほぐしタイムで良かったけど……あ、これキタ……
「あ゛あ゛ーーーーー!!!」
リンパマッサージのゴリンゴリンゾーンに突入したから、ちょー痛ってぇー!!ギブ!ギブゥー!!一応、自分でも毎日しているのに、全然違う……
しかし、この定期コースは二時間は裕にかかるというのに、よくルティは付いて来るよね。騒いだら出禁にされるとは言え、大人しくそばの待合室みたいなところで本を読んで待っているらしい。
『離れているよりも、アオイをそばに感じられる空間で、あなたのことを想いながら、未来を考えるっていいものですよ』って言ってたけど、どんな未来を描かれているのでしょうか?
本日も彼の愛は通常運転で冴え渡っている。
普段、怖いとか、ヤンデレ化してるとか、鬼畜とか、若干Sっぽさを感じるとか……並べると酷いな。いや、こうは言っていますし、実際思ったから言ってもいるんですけどね。
多分、みなさんもきっと一回くらいは経験しているんじゃないかと思うんですよ、何ってアレです。
【幸せすぎて怖い。こんなに愛してくれているのも今だけなんじゃないか?問題】
「リア充爆発しろ!いっぺん滝に打たれてこい!」そうですよね。ええ、私もそう思います。だけど、普通と少し違うのは【魂の番】って部分だけでしょ?それ以外に何に?どこに?そんなに彼を夢中にさせる要素があるとですか?
単に愛の病に侵されているが故の、フィルター効果じゃないの?って思うわけで。
こうして、彼からの愛情が落ち着くどころか、むしろ増していく事に、こちらは驚きと共に不安が増してしまうわけですよ。
今以上に惚れ込むって他にどこを見逃していたの?毎日穴が開きそうなほど見つめているというのに……
以前とは違って、この若い状態がきっと私が思うよりも長く…途方もなく長く続くのだとは思うけど、若いから大丈夫、余裕、とかいうものでもない。正直人族や、獣人族以外であれば、ほとんどが若い状態を長く維持しているわけだからね
だからといって、ルティと同じように年を重ねられないのであれば、私は彼とは一緒にいようと思えないだろう。絶対どこかで気持ちが折れてしまうから。寿命や年の重ね方が対等だと、そうしてくれたお陰で、私は彼のそばにいられるのだから
リンパのゴリンゴリンを乗り越えて、最後にアイさんとシルバーさんと三人、温泉でカポーンと浸かっている時に、こんなことを考えてしまうくらいには、私もどっぷりと彼に溺れているのだと言えるけど。
「アオイちゃん、今日は随分大人しいじゃなぁい?どうかしたの?」
「あ、いえ……ちょっと考え事をしていて。あの、アイさんはコーディエさんと今でも仲良し夫婦ですよね……ケンカとか…そういうのもないんですか?」
「あら?ルーティエとなにかあった?もしだったら、一回沈めてきてあげるけど……」
いえ、ものすごく表情は心配そうに「相談のるよ?」みたいな感じなのに、言っていることが怖いです。
「十分、お釣りがくるくらい大切にしてもらっています。ただ、なんか私が卑屈過ぎるだけって言うか……【魂の番】って以外に私でなければならない理由ってなんだろうって、考えれば考えるほどわからなくなって、私に彼は勿体ないって思っちゃって……いえ、釣り合わないのは初めからわかってはいるんですよ?でも…」
「アオイちゃんが謙遜するのも、ある種の美徳の一つなのかもしれないわ。
でも、それは自分の価値をきちんと理解している上でするからいいの。これは大したことないけど、代わりにこんな良い所が私にはあるんですよって自分がわかっているならね。
ただ自分を追い込むだけの謙遜なら、するべきではないわ」
「そうね、シルの言う通りよ。最近少しは言いたいこと言っているように思っていたのだけど、まだまだ時間がかかりそうねぇ。
そもそも魂の番だなんて後から付け加えられた、オマケのような価値でしかないじゃない?ルーティエはそんなものを知る前から、十分運命を感じていたみたいだし、アオイちゃんが今の姿になる前の時から惚気まくっていたわよ?あの時はお付き合いもしていなかったと後から聞いてビックリしたくらいよ」
「魂の番はオマケ……ですか」
「うふふ。だからアオイちゃんが消えちゃった時は、ルーティエが理由も言わず連れてきたせいで隙をついて逃げちゃったのかしらって思っちゃったわよ~」
全く違うとも言えない微妙なラインだけど、一応「そうではない」と否定しておく
「アオイちゃんはとにかく【理由】が欲しいのよね?でもきっと理由を並べたところで納得しないと思うわ。例えば…『笑顔が素敵だから』って言われたら、納得してくれるの?」
「それは……確かに言われても、笑顔が素敵な人なんて世界中にたくさんいるって思う、かも」
「でしょう?ルーティエちゃんはよく『理屈ではない』って言ってるわよ。もうあれは本能で求めている域に入ってしまっているから、変に理由を付ける方がかえって薄っぺらく感じてしまうかもしれないわね。それに釣り合いにしても、誰が、いつ、釣り合わないって言ったのよ?」
「それは、自分でなんとなく……」
「じゃあ、逆にルーティエちゃんが『私ではアオイと釣り合いが取れません』って言ったら、「そうね」って思うの?」
「それは絶対にありえないです!……あっ…」
「ね?そういう事なのよ。ルーティエちゃんもそう返すって思うでしょ?」
「そうよ、それにアオイちゃんだけじゃないでしょ?ルーティエだって、常にアオイちゃんが自分から離れたいと言い出したらどうしよう、嫌われたら生きていけないって言ってるじゃない。ヘタレよねぇ。
わかっているとは思うけど、本気よ?あの子もアオイちゃんを繋ぎ止めたくて必死なのよ。そこは否定しないであげてね」
「はい……」
わかってはいたつもりだけど、やっぱり「つもり」なだけだったようで……彼は常に『自分も余裕などない』と言っていたし、私がいないと生きていけないとも言っていた。
私と同じように、彼も悩んでいるのだろうか?逆に、彼は私のそれに気づいているからこそ、日々たくさん褒めてくれたり、愛を伝えてくれるのかな?
そう思うと、私は彼に比べて圧倒的に言葉も態度も足りていないことに再度気付かされて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。気付いても、慣れてしまうとまた忘れ……本当に救いようがない
「ほら、泣かないの。いいのよ、そういうことはどんなカップルにもあることなのだから。でも、今後は一人で抱え込まないで、また私達に相談してね。もちろんルーティエ本人に伝えるのもいいと思うわ。むしろ知りたがるでしょう?」
「うぅ…うっ…ふ、ぅ…アイ、さん、シル、バーさ、ん…大好きですぅ…」
「もう、もう!目が腫れちゃうじゃない…グス…もらい泣きしちゃうからやめてぇ!私もKawaii子リスちゃんが大好きよ!」
「アオイちゃん、興奮しちゃって逆上せ気味よ?そろそろ上がりなさい。ふふ。ルーティエに会いたくなったのでしょう?また、いつでも遊びに来てね」
「はい……はい!!」
温泉に入る時は心ここに非ずだったのに、出て行く時は『ルーティエに会いたい』という、恋する女の子そのものな表情をして、アオイは駆け出して行った。
『ふふふ。少しはお役に立てたみたいで良かったわね』っと笑いながらアイとシルバーは安堵する。
「急いじゃって、転ばないといいけど……でも、うふ。恋する女の子は、もれなくみんな可愛くなるものよねぇ。若いっていいわぁ~」
「ホントねぇ。ヘタレだけど、しっかりアオイちゃんの心を掴んでるじゃない、ルーティエ」
***
私の心に溜まった澱も、優しいアイさん、シルバーさんのお陰で、涙となってお湯に溶けていった。若干逆上せ気味のままだったけど、早く彼に会いたくて、着替えてすぐに彼の元へと戻った。
「おや?今日は少し早かったですね…ってアオイ、逆上せておりませんか?顔が真っ赤ではないですか……きちんと水分もとらないと駄目ですよ?」
「……じゃあ、ルティの家で飲む」
早くあなたと二人きりになりたい
「アオイ?珍しいですね、あなたから私の家に行きたいだなんて……もちろんいいですよ。さ、行きましょうか?」
彼から手を差し出されたけど、私はその手を取らないでいた。普段なら絶対拒否するくせに、今日はどうしても彼に触れていたくて、自分からぎゅっと抱き着いた。
「このままで行きたい……駄目?」
あなたに触れていたい、離れたくない
「え!?…本当にどうされたのです?母上になにか余計なことでも言われたのですか?」
「ううん、言われてない。あのね……毎回はどうしても無理だけど……私だってちゃんとルティのことを好きってわかってもらいたいと思って……今日は私がたくさん愛したいの!」
愛される幸せを、あなたにも感じて欲しいから
「あ、愛っ!?今日はどんなご褒美ですか?アオイ、このままでもいいですから、転移で参りましょう?私にはあなたを引き離すことなどできないのですから」
「……わかった」
彼は口元を両手で覆いながら天を仰いでいた。目は潤み、耳も真っ赤にして高速ピコピコ……良かった、慣れない私の愛情表現でもきちんと伝わっているんだ。
***
普段、私があまり口に出さないルティの素敵なところを、言える限り全て伝えたあと、彼からそれ以上に私の好きなところを返された。なんなら私も知らない左の耳裏付近にあるホクロが可愛いとまで……マニアック過ぎる
澱を出したあとの心には、彼からもらった言葉だけが染み込み、私は満たされた気持ちで一杯になった。
私に足りなかったのは言葉だったんだ。私は彼からたくさんの言葉をもらっていたから、『今、私は誰よりも彼に愛されている』と信じられる。だから彼にも言葉でちゃんと伝えて、同じように自信をつけてもらえばいいのだ。
そう気づけたから、その日は彼にたくさんの愛を囁いた。驚いていたし、照れくさそうにしていた。けれど、とても幸せそうに笑う彼の顔を見て、また私の中の彼への愛情が高まった気がした。
そうか…これが、彼の言う「益々好きになる」ってことなのかもしれない。言葉を受けるばかりではなく、伝えることでも、喜びや愛おしさって伝染するものなんだ。見た目や、行動ばかりで増すものではないのだと知った
私もこれからはきちんと伝えていけるように頑張ろう……ただし、二人きりの時 限定で、だけど
「ルティ、愛してるよ」
「アオイ、私も愛してますよ」
彼も同じように満たされてくれるといい、そう願いながら……