20:小さな光は太陽となる ☆
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―――『深く知る』ということは、本当は少しだけ怖かった
それでも彼が幸せそうに……本当に心から幸せなのだと、彼の全てでそう伝えてくるから
あぁ……こんな私でも彼に幸せを与えることができるんだなと心が震えた
優しさ、愛おしさ、慈しむ心、それらを包む、柔らかく温かな想いが、溢れるほど私の身体の奥底にまで届いたような気がする
こういう形で伝わる愛もあるのだと、生まれて初めて知った―――
普段の愛の囁き、キスやハグではとても足りない、埋まらないと言っていた意味を、身を以て正しく理解させられた、とも言えるけど……
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日の出がそろそろ顔を出す頃だろうか。一人 先に目を覚まし、少しだけ昨夜の回想に耽る。喉が渇いたけど、水差しまではどうあっても手が届きそうにない。
なるべく彼を起こさないように、慎重にベッドから抜け出す。うん、彼には代わりに枕を抱かせておこうか。
いつもなら目を覚ますか、寝ている私をガン見でもしていそうな彼が、どうやら熟睡しているらしい。水を注ぐ音にも反応がないなんて、とても珍しいことで驚く。
幸いパジャマまでキチンと着せられていたので、どうせならとバルコニーへ出て、日の出を待った。今朝は雲一つない。何だかんだと運良く、昨夜の月も今朝の日の出も綺麗に見れそうだ。
それに海から昇る太陽なんて、こういう機会でもなければ見られなかっただろうなと思うと嬉しくなる。日の出前に目が覚めて、本当に良かった。
バルコニーの縁に頬杖を突きながら、波の音をBGMに海を見つめ、静かにその時を待った。
水平線の下では太陽が昇り始めたのか、赤っぽいオレンジ色から金色…と薄暗かった空を徐々に染めて行く美しいゴールデンアワー
幻想的なその時間は、魅入っている間に終わりを告げ、気付けば太陽が顔を出し、彼の顔にも陽がかかり始めた。自分の身体で影を作り、少しでも長く寝かせてあげようと思ったけれど……さすがに彼も明るさを感じたのか、目を覚ました。
「あ、れ…アオイ……が枕に……?」
「ふふふ、ルティおはよう。そっちは私の枕、あなたのアオイはこっちですよー」
いつもとは逆で、まだ覚醒していない状態のルティを見れるとは中々に貴重だなと少し笑ったけど……寝起きで気だるげにしているものの、彫刻のように美しく均整のとれた上半身を惜しみなく晒していて、目のやり場に困る。まさに美ボディ…
「あ、私のアオイはそちらで……」
声に気付いた彼は、驚きに目を開いたあと、すぐに眩しいものを見ているように目を細めて微笑んだ
「ん?どうしたの?」
「……まるで太陽の女神のように光り輝いておりますね……あなたは今日も眩しい。
アオイはやはり、太陽なのです。今まさに太陽と重なってあなたが光を放っているかのように見えますよ。私があなたへ道を示す光になると言うのならば、あなたは私を幸せの光で包んでくれる太陽です」
彼が不満を漏らしていた、体感で1/7しかないという触れ合いは、昨夜、間違いなく1/3は超えたはずだと思うんだけど、どうやら日を跨ぐとリセットされてしまう方式なのだろうか?まさか単位は一日!?
朝、こうして目と目が合った瞬間から、甘く蕩けるような笑顔で迎えられ、また愛を囁き出す。いや、囁きではなく、ダイレクトに、オブラートなんてものは使用する気なしで伝えてくる。
これの1/3を今日もまた返さなくてはならないのでしょうか?
私の持っている愛の給油タンクはすでにレギュラー満タン状態なので、一週間は走れると思うんですよね。ハイオク種族のルティのタンクは何Lタイプのものなんでしょうか?燃費悪いタイプ?せめてハイブリット車に切り替えませんか?
「ルティの顔に陽が当たらないようにしていただけなんだけど、そう見えたのなら大出世だねぇ。それにしてもルティは私を過大評価しすぎじゃない?実際はこんなに小物の小さな光でしかないのに」
「それを言ったらアオイの方こそ私への評価が高すぎると思いますよ。私だってそこまで凄くはないのです。でもアオイには『カッコいい、頼れる男』と思われたいが為に頑張っているに過ぎません」
ルティは白鳥と同じなんだ。表面上は美しく、見苦しさなんてわからないくらい優雅に見えても、水面下ではバタバタ一生懸命水をかいてるみたいな。
そっかぁ、ルティでもカッコいいと思われたいのか……ふふふ。なんか可愛いかも
「いつも簡単にさらっとこなしていると思っていたけど、努力の賜物だったんだね。むしろもっと努力アピールしてくれていいのに。その方が褒めやすいし、ありがたみも増すよ」
「なんと……では今後はアピール致しますね。
それよりもアオイ、身体の方は…その、大丈夫ですか?一応あの水差しの水にはエルフの里でも使用されている回復薬が混ぜてありますので、疲労感などはほとんどないかと思うのですが……」
え、これのせいなの?どうりで教本で読んだ、朝チュンあるあるシリーズがないなと思った。やはりフィクション故のオーバー表現だったのかと……
ん?待てよ……昨夜も途中で水分補給だって言って、飲ませてくれていたよね……?その後まさかの二回戦に……
「ル~ティ~!!飲ませてくれたのは、ただの作戦だったの?」
「うっ……その為に用意したわけじゃないですよ?私はただ、アオイの身体のことを慮っただけで、、、しかし、結果そうなってしまった感は否めないですけど……
それに、アオイがあまりにも可愛すぎるのが悪いと思うのですよ!むしろ煽られたと言いますか…」
「もうっ!調子の良いことばかり言って!!……でも、、まぁいいや、今回は許す。動けなかったら困ってたし」
「そうです、今日は二人きりで海で遊ぶのですよね?」
そう、海で遊ぶことを楽しみにしていたのに、寝込む事になったら嫌だもん。そこは素直に助かったと思う。
「それにしても本当にこのコテージ素敵だなぁ~ルティは家のデザインセンスまであるんだね」
この匠の技が光るコテージはルティが作ったので、帰る前にはまた元に戻さなくてはならない。すごく気に入っていただけに、ちょっと寂しい
「コテージ建てるから、土地ちょっと借りるわー」「はい、どうぞー」って、お隣さんに味噌借りに行くよりもあり得ないことを、シレっとやってのけるのがルーティエという男だ。この人多分、睡眠時間を削っているのではないだろうか?
「やっぱりルティってすごい……今度、私もあの本見てみようかな。また建てる時があったらこんな家~みたいなのを二人で考えたら楽しそうじゃない?」
多分、ああいう雑誌の後半とかに家の間取りとか完成イメージなんか写ってる、広告ページがあると思うんだよね。二人が一緒に暮らす家なら、一緒にあれこれ言いながら考えたいよね。
「『二人で考える』……とてもいいですね!」
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割と早い時間に起きてしまった為、お陰でまだもう少し二人でまったりとくっついて過ごせている。
さすがのスットコドッコイな私だって、少なくともこの特別な旅行の間くらいは、ずっとくっついて甘い雰囲気を堪能したい。
「それにしてもバルコニー側の窓を全開にすると結構気持ちの良い風が入ってくるんだね」
「そうですね。日中は暑いですが、朝方は思ったよりも過ごしやすいです」
朝の静かな時間帯なので、ザザン…サー…と優しく、寄せては返す波の音だけが、時を刻む音の役割を担っているようだ
そんなゆったりとした時間を過ごしていると、ふと何だか彼が落ち着かないような、そわそわとした様子に気付き、どうしたのかと顔を覗き込む。トイレ行きたいのかな?
「アオイ……少し気になっていたのですが、昨夜は………最後に少し泣いていませんでしたか?嫌になったり……?」
「え?さく……あ…あれは、、、幸せだなって思ったの。愛の伝え方ってたくさんあるんだなって、今朝も考えてて。私、ルティで良かったって思ったよ。逆にルティこそ……私で、その、、大丈夫だった?」
30秒前までは、ちょっと緊張していた風だった彼の表情が、がらり妖艶に変わる。腰の辺りにあった手はその位置を変え始め、繋いでいた手は離され、耳裏、首筋をそわりと撫で始めた
「昨夜は夢のようなひと時でしたよ。私と致しましては、ぜひアンコールを贈りたいくらい……素晴らしい共奏曲でした。もう一度私の手で、あなたの可愛らしい音色を奏でてみたいものです……」
「え、嘘…ア、アンコール?…ル、ル…ティ、ちょっと、んっ、まっ…」
急にピンクな雰囲気に変わったルティからのキスの猛攻に押し倒される。これはマズイ!
メーデー!メーデー!!メーデー!!!
でーいっ!!待たんかーい!!あっ、手足が封じられているーーーじゃあこいつをくらえぇぇ
私は思い切りおでこを振りかぶった。ヘッドバンキング並みの振りかぶりだぜ!
「ぐっ!!」
「うっ痛い!!」
イテテ……頭突きって結構痛いじゃん!!鈍い音がしたけど、主に私の方が負傷したかも……回復水もらおう
「もう、ルティ!そろそろ時間でしょう?涼しい時間の内に海で遊ぶんでしょ?朝食食べようよ」
「うぅっ……痛い。私にも回復水を下さい……」
「え?そんなに強くぶつけちゃった!?ご、ごめんね。でも、ああいうのはさ……その、夜とか……」
「!!!?」
実際にはなってないけど、耳が一瞬大きくならなかった?『いててぇ~』から一気に何事もなかったかのような顔に切り替わるってすごいよね。おでこにタンコブ作ってるのに……
「では、すぐに朝食を用意しますね。アオイは先にシャワーを浴びて着替えておいで」
全く、厳禁なんだから……愛してくれるのは嬉しいんだけど、私初めてだったのに展開が早くない?かといって、お屋敷に戻ったらこうもいかないというのも、きっと彼だってわかっているし、仕方がないのかな??やはり、教えてgood!の知恵袋に投稿したい
それにしても、エルフ族はこういうことに関して「消極的です」みたいなこと言ってなかった?ガセネタか?こちらの自称エルフさんは鼻歌通り越して、何の歌かはわからないけど陽気な歌を歌ってるし……美声な上に上手い
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一日中上機嫌で溺愛甘々モードのルティは、海でもずっとべったりで、隙あらばキスをしてくる始末。私が隣で笑っていてくれれば幸せと彼が言うのと同じく、私もルティが笑っているのを見れば幸せを感じる。
そして夜、宣言通り彼に奏でられることにはなったけど、二人の距離がさらに縮まったと感じる、良い夏の思い出が作れました
……でも、何回もアンコールには応えられません!!
次話は番外編とついていますが、今回のデート前のアオイの気持ちの変化のようなお話になっていますので、併せて読んで頂けるとよりいいのではないかなと思います(^^)