19:地上の月の小さな光 ☆
中間辺りからしっとり甘々です。
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ひまわり畑での激甘デートの後、軽く街歩きをしたものの、お昼に食べ過ぎたダメージもあって夕食は軽めにさせて欲しいとお願いした。普通に食べられるルティには気にせず頼んでもらい、私は野菜たっぷりのスープと小さなバゲット程度で済ませる。
そもそも予測済だったようで、あえて夕食は予約を入れていなかったとか……これって喜ぶところなのだろうか?
できる男ルティは、私と同じスープとお肉系の少しボリュームを持たせた前菜二種、バゲットという食べ過ぎでも、気を遣って食べなさ過ぎでもないラインで注文。
私の様子を見ては、小さく切り分けてくれた前菜を「一口なら食べられるでしょう?」と言って口に運んでくれる。なにこの人……好き
こうして、私も程よく夕飯を済ませることができて、さて今日はどこの宿に泊まるのかな?なんて思っていたら、先日も利用した記憶に新しい魔車乗り場へ連れて来られた。
今日は一日中歩き回っていたので、二日目の明日は宿や宿周辺でまったり過ごそうというプランらしい。疲れなくていいプランだね
それに私が甚く海を気に入っていたことや、あの日は一緒に月が見れなくて残念がっていたので、別の海岸にあるコテージに泊まるのだという。
そんなことを覚えていてくれたなんて……私の考えた清いデートのしょぼさったらない。本当に私が全て場所まで考えていたら、それこそ小学生レベルになった可能性もある。ひまわり畑自体は彼が押えてくれたものだし……私は所詮、プランだけぼんやり考えて丸投げしたにすぎない。
褒賞のときと似たようなデジャヴを感じるけど、ルティが喜んでくれたのだから良しとしておこう
価値観は人それぞれで、そもそもルティに勝とうとか無理な話だ……と思うようにしている。というより思わねば彼とは付き合っていけないだろうなと最近悟る。
せめて、してもらった感謝と喜びは素直に伝えていきたいと思っている。
しかし……前回の魔車乗り場を思い出してみるけど、今回用意されていた魔車は、カップル使用の魔車というものらしい、そんなのあった?予約しないと普通には乗れないものなのかな?
絶対にぴったり寄り添っちゃうよね!みたいな座席の作りをしていたけれど、普段からぴったり寄り添うことがルティ基準ではあるので、そこには私も抵抗なく座れた。いよいよ順応してきたらしい……
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魔車に乗ること一時間とかその辺りだろうか?
ちょうど太陽が水平線に沈み行き、少し雲が多かったせいか期待したマジックアワーとはならなかったけれど、夜の帳に包まれていく景色はとても美しく、感動で胸が一杯になった。
なんとなく会話も昼間の楽しい雰囲気とは変わり、しっとりとした…言葉数は少なくても気まずさなどはなく、むしろとても心地の良い時間を感じながらだったので、あっという間に感じられた。
ようやくコテージのある海岸に到着し、彼のエスコートの元、コテージの場所まで案内される。宿泊するのにどこかで受付する様子もないし、なんなら建っているコテージも一棟しか見えない。
まさか、これって……?彼に目線をやってみたけれど、ルティはクスリと笑うだけで他は答えず。そのままコテージの玄関を開けて、中へ入るよう促された
「お先に中へどうぞ」
「お邪魔しま、、、わぁぁぁ……」
ルティが用意してくれたコテージは水上に建っていて、もうここはモルディヴなんじゃないかなと勘違いするほど素敵なロケーションと作りで、ミニキッチン、ユニットバスなんかも完備されている。
ちなみにモルディヴへは妄想でしか行ったことはない。
小さなリビングには二人用のソファがあって、内装なんかを見ても<ザッ恋人達の部屋>という雰囲気が、置かれている小物やペアのアメニティなどからも感じ取れる
ルティはもう私の好みそうなものを熟知していると言っても過言ではないので、ようするに全てが私好みの仕様だった
今日も暑かったので交代でサッとシャワーだけで済ませて、楽なパジャマに着替えることに。持ってきたのはルティお気に入りの、ユニフォームタイプのゆったりパジャマで、風通しも良いので私もお気に入り。
先にシャワーを済ませた彼は、私がこの夏 愛飲しているフルーツティーを用意してソファに腰掛けていた。シャワーを終えて出てきた私に気付いた彼は、こっちにおいでとソファの隣をポンポンと叩いて促していたのでそちらへ移動する。
「わぁ、素敵……風も気持ちいいね」
「夜に見ると、また全然違って見えますね。静かで落ち着きます」
この座った高さから、正面にある開閉式の大きな掃き出し窓を見ると、海と一体化したような、とても神秘的な雰囲気で、潮の匂いの混ざる風も心地よい
「ねぇ、ルティ……」
「なんですか?私のアオイ」
「このコテージって手作りじゃない?本当に…一体いつ作っているの?しかも、どんどん技術が上がっている気がするんだけど……」
「実はこれ、アオイが母上に預けてある『ザッシ』の中にあった、精巧な絵を元に作ってみたのですよ。今回は普段暮らす家ではないので、どこにいても気配が感じ取れる広さにしております。いつ作ったのかは……ふふ、内緒です」
なるほど、監視の目…ゴホッゴホいや、気配が届きやすい広さか。
しかし、まさかのルティまで雑誌を読んでいたとは……あれかな?アイさんに定期的にオイルマッサージされていた時の待ち時間かな?
それにしても絵の模写じゃあるまいし、さらに見たものを立体的に再現するってどうなの?多分、後半の広告ページでついているハウジング情報とかそういうのを見たのだろう。
私って考えてみたら、この一年と少しで色んな宿、家、屋敷、別荘に泊まったり住んだりしてるよね。。。すごい経験をしているなぁ
「もうさ、ルティにできないことはないんじゃないかと最近ひしひしと感じているよ」
「そんなことはないですよ。例えば、そうですね……アオイの『夫』の資格だけは中々取得できないようでして、早く取得できるよう日々努力を重ねております」
そういうのは通信講座で気軽に取るようなものじゃないと思いますよ!こうして日々意識させる為なのか、『うっかり忘れてたよ~』なんて事態には絶対ならないように、ちょこちょこ結婚を匂わせてくる辺りが彼らしい。
私もちゃんと考えているんだけどなぁ…でも『考えているよ』なんて言うと『え、それは具体的にはいつ頃と考えているのですか?』と聞かれるのも目に見えている為、安易に口にはしない……
「う、うん、そっか。でもきっといつかは……って、あっ!そろそろ月が見える時間じゃない?雲がちょうど晴れて来ているから今回は月が綺麗に見れそうだね!」
部屋には小さなバルコニーがついていて、そこからちょうど月を眺めることができるようになっていた。バルコニーへと続く扉を解放し、今夜の月はどこかと見上げる。
ふぅ。本日も無事、話を躱せた……
「ふふ。今夜の月はいかがですか?」
「うん、今日はハッキリ見えていい感じ!元の世界にも月はあったけど、ここまで光っていたかなぁって。今は周りに何もなくて真っ暗だから余計にそう感じるのかな?こっちの月って銀色に輝いているんだよね、本当ルティみたい……」
「私みたい、ですか?そう言えば髪色以外にも理由があるのでしたよね?」
「そうだった!月を見る時に教えてあげるって言ってたんだよねぇ」
「はい、結局どんな理由があるのですか?」
「うん、ルティはね……私の道標なんだよ」
「道標、ですか?」
「うん、たとえ雲に隠れていても、欠けている時だろうと、見えにくいだけで必ずそこにいてくれる存在で……私が暗く沈んだ時も、道を照らしてくれるのはいつもルティ。だけど甘やかすばかりでもなくて、手出ししたいけど我慢して見守ってくれたりもするでしょう?日々ルティの愛を感じているよ」
「………っっ!!そん、…急に。これは、確かにあの場で理由を、聞き出さなくて良かったかもしれません」
毎日愛の言葉を重ね掛けをしているようなルティとは違って、二人きりの時ふいに訪れる口下手な私の『愛の囁き』に驚きと感動が入り混じってしまい、顔を真っ赤にしながらも、目に見えて動揺していた。
こんなルティを見ることはあまりないので、私も嬉しくて自然と顔がにやけてしまう。
そのまま彼を観察していると、てっきり恥ずかしくて顔を隠しているだけかと思えば、時折鼻をすする音が聞こえてきた
「え、ルティ……もしかして泣いてるの?」
「ち、違います、少し潮風が目に染みただけです!!」
「ふぅん、潮風がねぇ……まぁそういうことにしてもいいけど」
「ズズッ……鼻水まで出てきました。少し風邪気味かもしれませんし、羽織るものを取ってきますね」
「ふふふ、わかった。あ、ゆっくりでいいよ~」
ここは一つ、涙には見て見ぬふりをしてあげようかと、部屋の方は振り向かずに、また空を見上げることにした。
銀色に輝く月と白く輝く満天の星達。似ているようで、やっぱりどこか違うこの世界にも、この頃は随分慣れてきたように思う。
私にとって一番の幸運は、きっとルティと出会えたことだったのだろう。多分、与えられた運気の大半を費やしているに違いない……彼が一人で何役分補っているのか、計り知れない。
初めは半ば強引に私について来た彼だけど、今では私がついて来てもらっているといった方が正しい。
いつでも美しく輝く月の隣で、そっと控えめに光る小さな星を見つけ、なんとなくそれが自分と重なった。特出しているところはないけれど、寂しがり屋の月の隣にそっと寄り添うくらいなら、なんの力もない小さな私にもできるだろうか。
きっと彼にも伝わっていると思うけど、私だって人生の伴侶はルティしかいないだろうと、なぜか確信めいたものを持っていた。
ただ、その時期というかタイミングが、私とルティでは考えが違う為、もう少し待たせてしまうことになるだろう。だからこそ私なりに考えて、なるべく不安にさせないように、常にそばにいるよう心掛けている
先だって竜王様から告げられた『魂の番』発言は、驚きもあったけど妙に腑に落ちたものも確かにその時はあった。
それでも『魂の番』だからではなく、『本能が求めるから』と言ってくれた彼の言葉の方を私は信じたい。
「アオイ、大きめのひざ掛けを持って来ましたよ」
「あっルティ、羽織るものを取りに行ったのに、全然羽織ってないじゃない!」
「では、アオイは私の前に来てください。私が羽織りますので、そのままアオイも包めば二人共暖かいですよ?」
「風邪気味だって言ったのはルティの方じゃなかった?」
「おや、そんなこと言いましたか?」
「調子いいなぁ、もう!」
多少は気温が下がるといっても今の季節は夏。二人で包まる必要なんてないのだけど、かと言って離れたいとも思わなかった。ううん、むしろ体温を感じていたい
銀色の光に照らされた彼の髪は、太陽の下で見るよりも光輝いていて、私は月を手に入れたような気持ちになる。いや、正確には捕らわれている、だろうか?
「ねぇ、私のルティ?」
「ふふ。なんですか?私のアオイ」
「月が人になって地上に降りてきたみたい。ルティは『地上の月』のようだね」
「……月が輝いていられるのは夜だからこそ。それでも地上の月はたった一人、あなただけを照らす光しか持ち合わせておりませんよ。あなたのその黒い瞳の中だけで輝く月であれば、それでいい」
「……もしかして、これは口説かれてるのかな?」
「ええ。アオイから先に私を口説いてきたのでしょう?ですから今全力で口説き返しているところです」
「ふふ、そっか……ルティみたいに態度と言葉両方で示せればいいんだけど、私にはちょっとハードルが高くて。だから、せめて言葉で想いを伝えていきたいと絶賛努力中です……
でも想いを言葉にしても、けむりの様にふわっと消えてなくなると言うか、しっくりこないなって思うことがあるの。本当はもっと想いが籠ってるはずだったのにって。それって、私の表現がただ下手なだけなんだろうけどね」
「大丈夫ですよ。そんな時はアオイの言葉と共に、その吐息ごと私が受け取りますから」
「ふふふ。確かにそうすれば解決だね……ルティのそういう前向きなところ、大好き」
「私もアオイが大好きです」
「『私の腕はあなたを抱き締める為にある』恋愛小説の中にあった一説なんだけど素敵だよね」
以前、ゴーちゃんのミニ図書館みたいな部屋で読んだ、人族向けの恋愛小説にあったフレーズを真似てみたもので、私は包まれたままルティの方へと身体の向きを変え、彼を抱き締めた。
「では『私の腕はあなたを抱き締め返す為に』……そして紡ぐ愛の言葉は、、、あなたの唇に捧げたい」
まさか、彼も読んでいたとは……本の台詞にアドリブまで付け加えて返された彼の言葉に、仕掛けた側の私の方がすでにノックアウトされかけていた。彼の親指が私の唇をなぞり、「返事を」と口には出さなくても、彼の私を見つめる瞳が如実にそれを物語っていた。
「うん……聞かせて」
「アオイ……私はもっとあなたの奥深くまで知りたいのです、言葉だけでは足りない、伝えきれない部分を埋めたい。いっそこのまま一つに溶けてしまえたらいいのに……」
言葉の言い終わりと共に影が落ち、彼はそっと口づけを落とした。月の光が波間に映り、海もキラキラと輝いている。風もなく凪いだ波とは裏腹に、お互いの鼓動は高鳴っていた。
「私も…ルティを深く知りたい……」
「あぁ……アオイ、愛しています」
先程まで雲一つなく輝いていた月が、薄い雲に隠れる
地上の月が彼女だけを照らせるように……もしくは彼女の瞳に映す月が、地上の月だけを映すようにと気を遣ってくれたかのようだ
二人の視界にはもう夜空の月はなく、瞳に映すのはお互いの姿だけ
地上の月は触れるだけの口づけを落とすと、そのまま彼女を抱き上げ、中へと消えて行った
バルコニーに二人の姿はすでにない、夜空の月が雲の隙間から見たのはひとつに溶けあう影
寂しがり屋の美しい銀の月は、ずっと欲しかった愛しい小さな光を手に入れたのだろうか
ありがとうございました!