16:バカンスと書いて夏季講習と読む ★
今日はコメディ一色です!
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「184年、エルフが去って竜王誕生……315年、竜王、後宮を作る……1107年、味見のし過ぎで出禁を食らう………あーーーーーー!!!もうっ!」
「うぉ!なんだよ急に吠え出すなよ!っていうかお前の覚え方、独特じゃねーか?まぁ案外内容と合ってるけどな」
「爛れてる!!爛れ過ぎている!!この魔国史は『へぇ、そんな歴史があったんだぁ』って思えるような内容が、ほぼなさすぎでしょ!?だから頭の中に全っ然入ってこないのよ!!」
せいぜい、エルフ族が魔国から離れて独立したのが184年頃になるんだな、とわかったくらいで、あとはそんなもの表の歴史に残さずに、禁書庫にでも黒歴史として仕舞っとけ!と言いたくなるような内容ばかりで覚えることを脳が拒絶し出す。
「そうかぁ?所詮は食欲・性欲・睡眠欲、この3つに抗うことなんてできねぇってことじゃねーの?アオだって、食べるな、寝るなって言われたら無理だろ?」
「え、ちょっと……爛れ部長のくせに、なにちょっとそれっぽいこと言ってんのよ?うっかり納得しかけちゃったでしょーが!!」
「誰が『爛れぶちょう』だ!っつーか【ぶちょう】ってなんだよ!?納得しかけたなら、そのまま素直に頷いておけや!!」
パシィィィン!!っと鋭い音を立て、ルーティエ先生改め、ルーティエ鬼教官から雷の代わりに、お叱りの教鞭が振り落とされる……キラ君の前だけに。友よ、すまねぇ……
「ひっ!ルーティエ!!なんで俺にだけ…はい。すみませんでした……」
あまりの理不尽さに異議申し立てをしようとしたキラ君だけど、顔を上げた先にあった鬼教官バージョンのルティの氷の微笑に恐れおののき、即謝罪、閉口する。うん、間違いなく君は賢い選択をしたと思う
「アオイ、暗記は順調ですか?もしどうしても覚えられないのであれば、仕方がないので覚えるまで私が身体に教え込ませてあげますけど、自力とどちらが宜しいですか?」
「はひっ!あの、はい。じ、自分で全く、問題なく、覚えられます!いやぁ、魔国史ってホントに面白いですねぇ~あは、あはは~」
なんてことだ。本当はどこかでルティの目を盗んで、ゴーちゃんに教えてもらっちゃおうかなって思って持参してきた宿題を、よりにもよって担任に見つかるとはっ!!
別に私は不真面目な生徒なわけじゃない。実際テストでも魔国史以外はちゃんと8、9割以上は取ってたし、魔国史以外はね……
それでも赤点(5割以下と高め設定)を取ろうものなら、ルティの教師として、更には恋人として、顔に泥を塗ることになったり、エンジェルブラザーが『おい、お前の妹って馬鹿なんだなぁ』とクラスメイトから笑われ、罵られることだけは、絶対に避けなくてはならない!と一念発起し、もう死ぬ気で心を無にして暗記したのだ。
テスト後には左耳から記憶がこぼれて行ったけど……なんとかギリギリ68点は取れた。低い
カリカリカリカリカリ……消し消し…カリカリカリ……
コツッ コツッ コツッ
静かだ……聞こえてくるのは、あんなに騒いでいたのにスヤァっと文字通り天使の寝顔を晒している、ゴーちゃんの小さな寝息と、鬼教官の見回る時に鳴る、靴のかかと音。
彼も案外 形から入るのか、軍服に編み上げブーツを身に着け、教鞭を持ったまま、鋭い眼差しで見守っている……もはや気分は監獄の囚人。
また一つ夏の思い出が増えたので、一行日記に『囚人の疑似体験をしました』と書いておこうと思う
ノーマルモードであれば『軍服超カッコいい!!いつ用意したの!!』と大興奮間違いなしなのだが、コスプレと言うよりも、実用性重視で身に着けているように見える為、そんなツッコミはできないでいる。
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こんなに集中したのは受験以来じゃないのかと、自分で自分を褒めたくなる。
あれから四時間、トイレ休憩以外ほぼ休みらしい休みはなく、キラ君と念話を交わせるわけではないものの、確かに芽生えた『心友』の2文字を支えに、アイコンタクトでお互いを励ましあった。
一人じゃないって素敵なことね
「お、終わったぁ~」
「私も終わったぁ~!頑張ったよねぇ、私達!!」
「無事ノルマ達成おめでとうございます……では、テキストは、片付けて下さい」
はいはい。もう見るのも嫌ですからね、頼まれなくても片付けるわよ
「ねぇねぇキラ君、暇なら砂風呂に埋まらない?今なら『整う』と思うの」
「あ?砂風呂って……?」
約一ヶ月分の魔国史の宿題を一気にやり切った開放感から、心友を労うため砂風呂に誘ってみた……そんな頭がヒャッハーな状態の私達の前に、鬼教官は2枚の用紙を並べる。なんすかコレ?
「なんだ?夏の課題計画書、本日夕食後から及び明日の早朝……は?」
「こっちは……魔国史確認テスト……え?」
え?たった今終わって……ルティも『おめでとう』って言って……片付けってのは終わりを意味していたんじゃ……。
その聖母のような微笑みもさ、人間を騙す悪魔の微笑みにしか見えないんですけど?
「はい、それでは5分休憩後にテストは開始しますよ。赤点の場合は【連帯責任】となりますからね、真剣に取り組みましょう」
「………アオ、水飲むか?」
「………ありがと。テスト、頑張ろうね」
恐らく今までこんなにお互いを意識したことはないと思う。【連帯責任】この言葉のお陰で、絶対に友を巻き込んじゃいけないという、思い遣りの気持ちまで芽生え、私は仲間の存在の尊さまで学んだ。
精神的に極限まで追い詰められた私達は、揃って9割超えを果たした。やればできる子!
お互い視線だけで頷き合いながら、心の中で労いのハグと固い握手を交わしたのだった。泣いた
「なぁ……」
「んー?」
「前に『家で優しく教えて貰ってんだろ』って言った言葉さ、あれ撤回するわ。悪かったな……」
「あぁ……わかって貰えたならいいよ…相棒」
「誰があいぼぅ………ハハッまぁ、、確かに相棒、だな」
「フッ…まだまだこれで終わりじゃないぜ、相棒?」
「お、おい…お前キャラ崩壊してねぇか……?気を確かに持てよ?」
私達の目線の先には、いつの間にか沈み始めていた夕日があった。
持ってもいない空き缶をエアーで握りしめ、夕食後からまた始まる勉強会をどう乗り切ろうかと遠い目をしながら、見えない空き缶をゴミ箱に投げ入れた……多分入ったと思う
あとゴーちゃん、いい加減起きた方がいいのでは?『もふっTOオダキ』にスリープ効果でもあったのだろうか……
その後、無事にスッキリ目覚めたゴーちゃんに宿題について聞いてみたら、夏休みに入って三日くらいで全て終わらせ『今は後期の授業の予習をしているよ』と満面の笑みで言われた私と相棒の心境は、簡単に推し量れるものではない。
結局、寝過ぎて眠れなくなったゴーちゃんも教える側に加わったことで、より見張りの目は厳しくなり、全てが終わった頃には膝が固まってうまく歩けなかった。
ただ、あとから冷静に考えると魔国史は苦手分野なのでわかるが、なぜ一日で読書感想文以外の宿題を全て終わらせる必要があったのかと……とりあえずは寝てから聞いてみたい
こうしてハニーちゃんの別荘でのバカンスは、ほぼ勉強をした記憶で塗り替えられていった
帰りはキラ君も私達の魔車へ乗り込んできて、仲良く居眠りをこきながら帰路に就いた。
夢の中くらいは、ボンボヤージュ!
ありがとうございました!