15:こう見えて私も色々悩んでいるのです/side ルーティエ ★
◇◇◇◇
「ん……?」
(いつの間に寝ていたのでしょうか)
昨晩はどうしたって眠ることができなかったので徹夜を決め込み、アオイの寝顔を見つめたり、ぷにぷにと頬をつついてみたり……寝顔だけでもあまりにも可愛く、思わず悶えてしまった。恋人が尊すぎてツライ…
結局そばにいると気持ちは昂るばかり。落ち着かない気持ちのまま、仕方なく冷水をかぶりにシャワー室へと向かった。
アオイのそば以外、他人が住んでいる所では、屋敷にしても、別荘にしても、中々一人で気を抜ける場所がない。シャワー室が一番、落ち着ける空間かもしれない。
「はぁ……」
火照る身体と脳をなんとか落ち着かせ、ソファでしばらく横になっていたが、せっかく久しぶりの同衾だというのになんという失態。こんなはずではなかったのに……
それにしても単に盛りに来たかのような馬鹿二人には呆れるが、それがきっかけで彼女とこの先の話ができたことは結果として良かったのかもしれない。感謝は絶対にしないが。
私が彼女の気持ちを汲んだことにより、ついに彼女の方も、この高まり続けては溢れてしまう愛を受け入れてもいいと頷いてくれた。
もちろん先々には私も彼女との子が欲しいと思っているし、彼女もいずれは…と言ってくれていた。それであれば、私に迷いは全くない。
一番恐れているのは、『これ以上の愛はいらない』と彼女の口から拒絶の言葉を聞くことに他ならないのだから
一種の執着に近いのだろうか?私はとにかく彼女の全てが欲しいし、誰にも奪われたくはない。この辺りは獣人の特性と似たところがあるのかもしれない。生粋のエルフ族ではあるが。
今までなんら欲しがることのなかった者が一度【欲しい】と思ってしまうと、こんなにも重くなるものなのだなと自分でも驚いている。我ながら本当に重たいなと思うし、自分がアオイなら逃げているかもしれないとすら思う
こんな私に掴まってしまった彼女には同情するが、これからも全身全霊で愛し、守っていくと誓うので、諦めて受け入れて頂くしかない。手放すことは絶対にないので
今では獣人族の番に対する執着が、心から理解できる。やはり『魂の番』というのはそれほど特別な存在なのだと思う。
ただ、そのようなものがなかったとしても、私の本能が理屈ではない何かを感じてはいたので、それは後付けでしかないものの、単純に番なのだと認められた嬉しさはある
***
それにしても、頷いてもらった瞬間は、もう天にも昇る気持ちでした!しかし、それに浸ることは許されず、愛する女神からは残酷で、しかしながら至って冷静な判断と言えますが、『今は無理』の一言。デレ絶頂時に、スンで終わるのはやめて頂けないでしょうか……ダメージが大きいので
抜けかけた魂を引っ張り戻して何とか返事を絞り出し、おやすみの挨拶までした私は偉いと褒め称えたい!400年の人生経験が少しは役に立ったのでしょうか?
しかし、許しが出た直後の『待て』に対し、一度は期待してしまった脳と身体はどうしたら良いのですか?脳はまだなんとかできても、身体は誤解が続いたままで、そう簡単に引き下がる気はないようです。言うことを聞いてくれ……
ここは一つ、カーモスの地獄のような陰湿な修行でも思い出せば…いや、想像でも奴を思い浮かべるのは不快だ。ではラトの奇行を…これも不快だ。ではキラ、不快だ。やはり考えるのならアオイが良い……
……と、こんなことを考えていたので尚更 眠れなくなったわけですよね
徹夜など慣れているはずなのに、こんなにぽやぽやした気分は初めてです。良くも悪くも私に影響を与えるのは、やはりアオイなんですよね。恐ろしく翻弄して下さる小悪魔です。好きです
それよりも、目を覚ましたら一番に視界に飛び込んできたのが、なぜゴーシェの背中なのか、ということ。彼女はどうしたのかと身体を起こしかけましたが、すぐに私の背中に感じる愛しい人の体温と寝息が聞こえ、たまらない気持ちになりました。このまま持ち帰りたい……
普段、やや行き過ぎではないか?と思うほどゴーシェと仲の良い彼女ですが、真ん中に寝るのではなく、きちんと私の隣で寝てくれたことがとても嬉しい。やはり彼女には私なのだと、こういった些細なところで感じられるのですよね。
彼女が(暴走以外では)こうしてきちんと線引きしてくれているからこそ、私もなんとか我慢できているのですから。彼女の誠実さに、私も誠実で返さねばなりませんよね
こうした機会も滅多にないことですし、ここは一つ彼女の方に向き直り、抱きしめて寝ましょうか。寝ていても可愛らしいというのはどういうことなのでしょうね。
彼女の呼吸音、鼓動、香り…ああ、また気持ちが昂ぶ―……っては、いけないですね。今はややブレーキが鈍っておりますので、これは危険です。
かつては抱き締めて寝ていた時期もあったというのに……当時の私はよく耐えられたものだ。
許可は嬉しいのですが、途端に今まで抑え込んでいたものが溢れてしまい、不味い状況です。それなりに我慢には耐性があったつもりなのですが…自分のことなのに、これでは駄目ですね。
しかしアオイの言っていた条件を考えますと、二人きりの旅行の時がきっとタイミングとしてはベストなはず。絶対に邪魔はされたくないですし、彼女にも思い出に残る素晴らしいものにしたい。
完璧なエスコートと事前準備を入念にしなくてはなりませんね。情報収集と計画をすぐにでも始めなければ……しかし、あまり行き過ぎると彼女が嫌がりますし…ここは彼女の意見を取り入れることがマストかもしれない
「はぁ……ここで考えるものでもないな」
ソファに移動し、目覚めの紅茶を用意しようとすると、テーブルにティーカップが二つ。アオイがゴーシェに出したようだ。一方は飲み切ってあるので、おそらくゴーシェだろう。もう一方は飲み残している……こちらがアオイですね。
茶葉が少し多いようだし、きっと苦みも強く出ていたのだろう。ティーカップにアイスティーを作る辺り、やや大雑把な彼女らしいとクスリ笑いがこぼれる。
普段は私が入れているせいか、彼女はあまり紅茶を入れることは得意ではない。本人曰く、おかずは誤魔化しがきくけど、お茶やお菓子はきちんと量らないといけないから失敗が多いと言う。
私からすれば、目分量でおかずを作れることの方がすごいと思うのだが。正確な分量が決まっている方が作りやすいし、失敗は少ない
彼女は興味があるものは覚えようとするが、そうでない場合はこちらに任せてくれる。
私が基本的にこだわりが強いところがあるので、『ルティのお茶の方が間違いないし、美味しいから』と言い、私に任せて欲しい仕事を奪うようなことはほとんどしてこない。
このアオイの性格が、尽くしたくて仕方がない私の性質とピッタリ合っていて非常に好ましいし、甘え上手だと思う。控えめに言っても、たまらなく好きです
対してそういった部分は私は不得手で、つい彼女の助けになりたいと努力した結果、彼女のテリトリーに入り込み過ぎて、逆に彼女を落ち込ませてしまうこともしばしば……加減が難しいです
「ふぅ、私もまだまだ精進せねばなりませんね……おや?アオイは学園のカバンまで持って来ていたのでしょうか?ふふ、必要ないのに。うっかりさんですね」
カバンのカバー部分が開いたままだったので、閉めて片付けておこうかと目をやると<夏休みの課題>と書かれたテキストが見えた。
「そういえば、夜に部屋へ戻った後にやると言っておりましたね。どこか苦手なところなどないか把握しておきますか……」
パラパラとめくっていき確認するが、初めの5ページ以降はやった形跡がない……
これはもしかして……『私寝るぞって決めたら、おやすみから1分以内で寝れちゃうからね』と言っていた彼女の言葉を思い出す。
「これはギリギリまで部屋に帰してあげなかった私の責任ですね……そうです、今日はどうせどこにも行かないようですし、いっそここである程度進めさせたら良いのでは?」
そう、考えたところで、コンコンとノックの音が聞こえた。ドアを開けてやれば、キラが立っている。どういうわけか少し落ち込んでいるような表情をしていた
「キラ、なんです?こんなところまで。あなたはハニーさんと楽しく過ごしていたのでは?」
そう、私は寝不足になるほど悶絶していたというのに、目の前の男は何の弊害もなく過ごしていたと思うと腹立だしい以外の何ものでもない
「いや、それは別に……まぁ、その、キス以上のことはしてねーよ。夜中に自分の部屋に戻って寝たし。大体、アオが俺を洗脳するように毎日、毎日『誠実が一番だ』って言ってきたせいだからな!」
「は?あれほどの空気をまき散らせておいてですか?まさか、キラは不の…」
「じゃねーわ!マジで不敬罪で地下にぶち込むぞ!!むしろ恋人がそばにいながら、未だに手も出せていないテメエの方が不の…」
「殺しますよ?私がどれほどの血涙を飲んで……いえ、部外者には関係ないですね。今すぐ死んで詫びなさい」
初めは小声で話していたものの、痛いところを突かれたせいか私も熱くなってしまい、つい大声に。そのせいで私の可愛い可愛い女神の目が覚めてしまいました。
やはり、彼には死んで詫びてもらうしかないですよね?
「ん~~~~ふわぁぁ……あれ、、、ルティがいない」
「アオイ、私はこちらにおりますよ」
「あ~、良かったぁ~ルティがいなくなっちゃったと思ったぁ~えへへ」
「寝ているあなたを置いて、どこかになんて行くはずがありませんよ」
すぐに彼女に駆け寄り、まだベッドの上でまどろみの中にいる彼女を抱き締め、おでこに口づける。それを嬉しそうにへにゃっと笑い、受け入れる彼女。
そう、この寝起き直後の夢と現実の狭間にいる時の彼女の可愛さが、一番小悪魔なのだ。普段は長く持っても5分ほどだが、今はただ仮眠をとった程度なのでそんなには持たないだろう
「はぁぁ~ルティの匂いは落ち着く匂い……大好き」
そう言って、今度は彼女の方から私の頬に口づけてくれる。あぁ、幸せだ
「ふふ、私もアオイの匂い、大好きですよ」
背後で、空気が読めない馬鹿が見ているのが気に食わないですが、この短い時間はしっかりと堪能しないといけませんからね。もう、そろそろ覚醒か……今回は唇に口づけまではできないな。
私は構わないが、それを人前でやったことがバレると彼女から禁止令が出るかもしれない。本当にあいつは邪魔だ
「……あ、ごめん、抱き着いちゃってた!!恥ずかしいっ!!あれ?ゴーちゃんまでいる……あ、そっか、みんなで仮眠してたんだったね。私だけ関係ないのに、見てたら眠くなっちゃって…へへ」
「アオ、お前って結構キャラ変わるんだな……」
「ん?やだっキラ君!?いつからいたのっ!!キャラって、私の?わぁっ!もしかしてすっごく浮腫んでる!?ぎゃー見ないで、見ないで!!」
「大丈夫です。アオイはいつもと変わらず、可愛らしいですよ。寝起きなんて、思わず食…いえ、とても愛らしいですよ。この馬鹿の話は放っておいて大丈夫ですから、ね?」
「ホントに?ルティは単に私贔屓なところもあるからなぁ……それより、キラ君はなんでここにいるの?」
「アオイと宿題を進める為に来たようですよ。アオイ、申し訳ございません。私としたことがきちんと宿題を教える時間を設けるべきでした」
「はぁ!?宿題?いや、俺は……」
「え、なんでそれ……あーーー!!出しっぱなしだった!!ルルルルル、ルティ?やれなかったのには理由が…そう、理由があるの!怒らないで!!」
「怒るわけがないですよ、私が悪いのですから。さ、時間が勿体ないので、顔を洗ったら早速勉強会を始めますよ。キラも立ってないで、早く準備しなさい」
「えぇ、俺もかよ……へいへい、わぁったよ」
「ふぁい……うぅっ怖い」
こうして急遽、私は気持ちを切り替えるべく<夏休みの宿題合宿>へ名目を変えることにした。
お次はコメディ一感 満載です!