3.5:閑話 陰湿な番犬 /side ルーティエ
この話は読み飛ばしOKです(アルファポリスではカットしています)
昨日の第3話の直後、ルーティエの部屋側ではカーモスとこんな話をしていましたっていう話です。
◇◇◇◇
「はぁぁぁぁ……」
勢いよく流れる冷たいシャワーを浴び、頭を少し乱暴に洗い流しながら、色々と溜め込んだ思いごと深い溜息と共に流す。先ほどから流しているのは冷水のはずなのに、先ほどの彼女を思い返せば、すぐに身体が熱を持ってしまうのが困りものだ。
いつもより少し長いシャワーを浴びたあと、自身の身支度を急ぎ整える。とりあえずは伯父上達との挨拶が控えている為、なんとか気持ちも……無理矢理だが落ちつけることができた
――コン、コン、コン!
三回のノックのあと、部屋の主の返事も待たず、ドアが無作法にガチャリと音を立て、開いた。もちろん、こんな失礼なことをするのはアオイではない。仮に彼女であれば、私から出迎えに行く
「カーモス、私はまだ返事も返していなかったはずですが?」
この男、アオイの部屋には結界を張ってから入ったというのに、どこからどこまで聞こえていたというのか
「おや、そうでしたか?私には「どうぞ」と聞こえたのですが……それよりも、身体はもう落ち着きましたか?一応、気を遣ってタイミングは測ったつもりでしたが」
私がどういう状態だったのかまで、完全に把握している辺りが腹立だしいし、気持ち悪い。
「……ええ、先ほども、本当に測ったようなタイミングで。
ですが、今回に限ってはもはや理性が細切れになっておりましたので、ある意味助かったと言えますけど」
「フッ。助けたわけではない、ご主人様たちが揃った頃に、事後のような雰囲気を纏われても困るんだよ。それに……節度を守るよう忠告もしたよな?」
一気に執事モードを解き、ドカリと部屋のソファに足を組んで座り込む。いっそ初めから素で接したらどうなのかと思う。いちいち合わせてやるのも面倒くさい
「………」
これに関しては、まぁハッキリと言い返すことができないので。目線は逸らせておく。そして、やはり簡易とはいえ、結界は張っていたのに、なぜ見たような口ぶりで責めてくるのか。
屋敷内はこの陰湿な番犬がいる以上、油断はできない
「ハッ、言われたことも守れずに、教師をやるって言うのだからお笑いだよ。精々ボロが出て、嫌われないようにな」
「はぁ……カーモス、案外あなた根に持っていたのですか?『紳士気取りだ』と言ったこと。今回は随分といじめてくれるじゃないですか。
昔から私にはほとんど素で接して来ますが、ゴーシェにもそちらの顔は当然見せているのですよね?元Sランクのラズリ=オブシディアン。もしくは“心眼のラズリ”でしたでしょうか?」
「ククッもちろん、坊ちゃまの教育指導は主に私に一任されておりますからね。仕上がるまでにはもう少々必要ですが、実力はそれなりにはついていると思いますよ。ただ、お優しい性格のせいで、判断が遅れるところが弱点ですがね。
まぁ、あなたが希望するのでしたら、また潜在能力開花の訓練程度なら、多少はお付き合いしますよ?」
冗談じゃない。未だに思い出すのも嫌なほどの、忘れられない経験ベスト3以内には入る訓練。できないことはないだろうが、やる・やらないで言えば、即決でNOだ
「アレを、ですか?聞こえは優しいですが、内容はえげつなかったじゃないですか。当時、耐えられた自分を褒めてあげたいですね。
むしろ本性を知っている者から呼ばれている“黒炎のオブシディアン”の方が、私はお似合いかと思いますけど?
一体どれが本当のあなたなのか……名前の通り、摩訶不思議ですね」
「おや?最高の褒め言葉ですねぇ。あの頃のお前は余裕そうにこなしていたと思って、うっかり一番ハードな訓練にしていたのですが……ふふ、やせ我慢でしたか」
そしてドSの塊、陰湿クソ野郎の二つ名も同時に捧げてやりたい
「よく言う……わかっていてわざとでしょう?」
「まぁ、この屋敷の敷地内であれば、害虫駆除も仕事の内ですので、安心して過ごせるのでは?せいぜい節度を保ったイチャコラに励んで下さい。
あなたの恋人に心配されなくても、私はちゃんと上手くやっておりますよ……ふふ、スマートな紳士の嗜みです」
陰湿ムッツリクソ野郎に変更。
彼女にも<さわるなキケン>と注意を促しておかないといけないな。まったく、節度を守ったイチャコラをどうやって、この覗きが趣味のような番犬のいる屋敷内でしろというのか……軽い口づけすらも危ういではないか。
今が一番恋人たちが盛り上がる100年期間だというのに……せめて敷地内に早めに家を建てさせてもらえるように考えなければ
「はぁ、わかりました。それより、もう伯父上は戻られたのでしょう?
彼女の髪を整える約束をしているので、終わり次第ティールームの方へ行けばいいのですか?それともサロン?」
「温室にティールームを設けてますので、そちらへ。では、後ほど」
***
「アオイ、お待たせしましたね。髪を直しましょうか」
「あ、ルティ!ちょうど髪を乾かし終えたところだよ」
乱れたことを気にしていた彼女は、シャワーを浴びた際に髪も一緒に洗ったようだ。今は私と同じ桃の香りを纏っているが、彼女の肌を通すとやはり私とは香りが違い、顔をうずめたくなる。
カーモスとの余計な会話のせいで、時間が足りなくなった為、彼女の髪はゆるふわなポニーテールにすることにした。首筋に先ほどつけた私の印が、さり気なく見えて気分がいい。しかし、少し前までは我慢できていたことが、最近は難しく、独占欲は増すばかりで悩ましい。
「ルティはゆるふわとか編み込みが得意だよねぇ。私は髪を梳いてまとめるくらいしかできないから、毎日ヘアアレンジしてもらえて嬉しいなぁ~」
「ふふ。喜んでもらえているのなら良かったです。私もアオイの髪を結うのは好きですので」
むしろ、アオイが不器用で良かったと心から思う。お陰で毎日髪や首筋に触れることができるのだから。なんなら、前世では全ての世話はメイドが行っていたから何もできない、と言うのが真の理想ではあるのだが…それを告げようものなら彼女が冷却スンモードに入ることは容易に想像できるので、言うことはない。
洋服も私が選んだものを着てくれるのだ、今はそれで十分満足だ
「でも、ホントにいつもすごいよねぇ!パーマもかけてないのに、このふわっと感。それを簡単そうに、ちゃちゃっとできるんだもん、尊敬しちゃうなぁ。いつもありがとう!」
「いえ………どう致しまして」
この世界にも彼女の言う『ぱーま』のように縮れ髪を作る技法はあるが、髪が傷みやすいので絶対に彼女にはおススメしない。それに髪のお手入れは私か母上くらいしか許可しないつもりだ
しかし……彼女の「ありがとう!」という時のこの笑顔が堪らなく……もう、今すぐ抱き締めて口づけしたい!
今はできない代わりに、握っている櫛の柄をギリギリと握り締め、なんとか堪えた。
「もっと凝った編み込みにしたかったのですが、どうやらもう伯父上達も帰って来たそうなので、簡単なものになってしまいました……」
「えー?十分素敵だよ!お待たせしちゃいけないし、早くご挨拶に行こう!」
「そうですね、参りましょうか」
アオイが私の婚約者であることを身内にも周知させる為に……
「え?何か言った?」
「いえ?なにも……」
まずは彼女が魔国に馴染めるようにサポートしていくことが先決ですね。受け持つ生徒の顔と名簿はすぐに記憶するとして、きちんと教育していくことにしましょう