30:愛の深さ、愛の重さを知る ☆
5月30日改稿済
ある意味、今話が第一章の真面目モード版エンディングと言えるかもしれません
※9割近く真面目モード
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転移魔法ですぐにルティの家の前に戻った私達は、そのまま無言で室内へ入る
油滑りが悪いのか、キィ…っと小さく鳴ったドアの蝶番の音が、妙に耳に響いた。この蝶番のように、話し合いの後の私達が、ギクシャクなんてしないといいなと、ふとマイナスなことを考えてしまった。
「お茶…だけでも入れましょうか……?」
気遣いからなのか、無言の空気を和らげる為か、ルティが先に口を開いた。彼の表情は店先で見た時と変わらず、困ったように眉尻を下げたままだ
「ごめん、今は気分ではないから私の分はいらない。ルティだけ飲んで」
「……では、すぐに入れますので、先にソファに座って待っていて下さい」
時短の為、魔法でポットに湯を入れ、茶葉をゆっくりと蒸らす香りがふんわりと鼻孔をくすぐる。カモミールティーを入れているようだ。気持ちを落ち着けたい時や寝る前なんかによく出してくれる定番のハーブティー
コトリ……。断ったはずなのに、私の前にも入れ立てで香り立つティーカップが静かに置かれた。
雑貨屋さんで見つけたといって買ってきてくれた黒猫の絵の入ったティーカップ、彼の方はシルバーの犬の絵柄が入っていて、以前購入した木彫りの置物とお揃いになっている。
偶然見つけたと言っていたけど、多分これは彼の優しい嘘。私は無駄に高い買い物は必要じゃなければ不要だし、わざわざオーダーなんてしないでって言っている。
ただ木彫りの置物を気に入っていた私の為に、揃いになるようオーダーしたのだと思う。だって、何回かそのお店には行っているけど、他にもあった木彫りシリーズのマグカップが一つもないなんておかしいもの。
そう思ったけど、このカップには彼の気持ちが籠っていたから、気付かないフリをして受け取ったのだ。
私の知る彼はこういう人だ。いつだって私のことばかり考えている。
言葉にしないところでも感じる、彼からの愛情は、日常の至るところに溢れていた。
「ありがとう……せっかくだからいただくね」
一口飲めばわかる、私好みの飲みやすい温度……これだってある時からずっと一定の温度になっていた。きっとお茶を出す度に、冷ましながら飲んでいた私の様子を見て、温度を変えていったのだと思う。
彼の方はもっと温度が高い方が好みなんじゃないかと思うのに、私と同じ温度のお茶を飲む。こういう小さなこと一つとっても、やはり彼は私のことばかりを優先させている。
心を落ち着けるはずのカモミールティーが、ぽろぽろと溢れる涙の味に変わっていく
「ふっ…うぅ、なんでっ?どう、して…いつも……」
「あぁ、アオイ……泣かないで下さい」
隣に座るルティが、私の手をそっと握り、もう一方の手で涙を拭う。握られた手に、自分のものではない雫がひとつ、またひとつと落ちてきた。
ハッとして彼に視線をうつすと、彼もまた同様に泣いていた。自分が流している涙のことは構わずに、彼の両手はやはり私の為に使われている。
「なん、で…ルティま、で泣いて、るの?」
「アオイが、泣いているからです。泣かせてしまったのも私ですが、あなたが泣いていると私も悲しくなってしまうのです」
そんなの……私だってルティが泣いていたら悲しくなるのに、一緒になって泣かないでよ。
ルティの悲しそうな涙は、ひどく胸がぎゅっと詰まる。切なさが込み上げて尚更、涙が乾きそうにない。
「だって、ルティはいっつも嘘ばっかり!たとえ優しい嘘でも、受け入れられないものだってあるでしょう?
あんなに重要な事、他の人から聞きたくなんてなかったよ。ちゃんとあの日に教えて欲しかった。どうしてあのタイミングで、あんな行動をしたのか、店長が言っていたことは本当なのか、ちゃんと真実をルティの口から私は聞きたい!」
「いつかは……ちゃんと話そうと思ってはいたのです。ですが、結局はそれがいけなかったようですね。言わないことでアオイの心を守っているつもりでしたが……あなたは、ただ守られているだけは嫌だと言っていたのに、完全に私の判断ミスです」
彼はぬるくなったカモミールティーを一気に飲み干し、深く息を吐きながらカップをテーブルへ戻すとポツリポツリと説明を始めた。
「アオイはおそらく気付いていないようでしたが、ユーロピア滞在中に睡眠時間がどんどん増えていっていた時期がありましたよね?あの時に私は初めて違和感を感じました。
そしてしばらく養生し、久しぶりの薬草採取の依頼の際に、突然アオイの身体がスーっと透けていくのを見て、私は慌ててあなたを抱き締めましたが…これは覚えていますか?」
「う…ん、ルティがものすごく焦った顔をしていたから……私、本当に消えていたの?」
「正確には消えそうになっただけで、意識が私に向いた後は元に戻っていました」
「意識が……向く?」
「アオイが考え事をしていた時に、そういった現象が起きたので、その後もなるべく考え事をさせないように、妨害をしてしまいましたが……それが理由です。ただ、それも一時をしのぐ程度にしか効果はないとわかっていたので、毎日不安でした。もしかして目の届かないシャワーの間にも消えてしまうことがあるのでは……と心配していたのですよ。
里に戻り父に相談してみようと思ったところで、アオイからも里帰りの提案があったので、渡りに船でした」
「それで、すぐに行動したんだね……」
「はい。そして奇しくもアオイが一人で出て行ったあの時に、父にはこの件を相談しておりました。父が言うには『魂が定着していないのではないか』と言われました。なにか転生する際に神から言われたとか……思い当たる節はありますか?」
「……言われてみたら、神様からは『なるべく早く異世界に馴染みなさい、自信を持って生きなさい、私が諦めると、魂も定着しなくなる』って転生前に言われた、、、かも……」
あれは、そういうこと……?もしかして、あの目が霞んだような気がしたのは、消えそうになっていたってことなの?あの時は疲労感とか年齢のせいかと思ってた。
「それで、私への想いがないのかお聞きしました……例え仮の話だとしても、あなたは確かに私を想ってくれていた。恋情までに発展しているものなのかどうかは、正直ハッキリとはわかりませんでしたが、私はあの言葉で覚悟を決めたのです。
結果がどうなろうとも、アオイの願いを私が叶えてあげられることに変わりはないのですから」
「でも、だからって…」
「だからって、私を犠牲にしてまでは……と言いたいのでしょう?アオイは勘違いしておりますよ。私は犠牲だなんて思っておりません、私がしたくてしたことです。それに賭けと言われればそうかもしれませんが、必ずうまくいくと信じておりました。気持ちがない相手に嫉妬なんてしないでしょう?」
そう言って、きっと安心させる為なのだろう、普段はしないような、わざとらしいウインクをする。寿命を賭けた話が、そんなに軽い話なわけがないのに。本当にどこまでもこの人は……
「仮に失敗しても、長すぎる寿命が半分に減るだけ。更に元に戻して欲しいと願われれば戻す予定ではありましたので、そこで寿命を削ったとしても、まだ私はアオイより長生きしてしまうのですよ……。
私はあの時もお伝えしましたね?あなたのいない、長すぎる人生に意味などはない、と。たとえ、寿命が短くなろうとも、あなたの残りの人生に、傍らにでも寄り添えれば十分私は幸せだったのですから……」
「私に………っ」
私にそこまでの価値はない……そう口にしかけたけれど、それは私を想う彼の気持ちごと否定しているのと同じことになるのではないかと気付き、言いかけた言葉をぐっと抑え、飲み込んだ。
人が何に<幸せ>を感じるのかなんて、人それぞれで……それを間違っているだなんて、他者の物差しで測れるものじゃない。彼は自分の寿命よりも、私と過ごす時間の方が価値が重いのだと言う。
例えば、私があのままの状態で30年くらい彼と寄り添って生きたとして、私の死後はその思い出だけを抱えて、彼に残り600年という長く永い時を生きなさいと言っているようなものだ。
精々寿命が100年程度の人族には、長い寿命故の苦悩など想像に難い。
「……否定、されなくて良かったです。正しく私の想いが伝わっていると思って宜しいのでしょうか?
ですがアオイ、失敗=あなたから離れることにはならないのですよ。本気で拒絶されない限り、私はずっと共にいる予定でしたし。その時は好きじゃなくても、じっくり時間をかければ好きになってくれたのかもしれないじゃないですか。
それに、確かに『長命酒』と名前だけは嘘をついたかもしれませんが、その他は嘘ではなく、ただ詳細を話さなかっただけです。止められたとしてもやめる気はなかったので」
言い終わると、ルティは涙でぐちゃぐちゃな私を自分の胸に抱き寄せた。
彼の鼓動、彼の体温、彼の匂い……いつの間にか当たり前にそばにあって、私の大好きで、大切な人になった。
私の魂を……心を守って、そして救ってくれた、この愛おしい人に私にできることはあまりに少ない
気持ちが高ぶっていたからなのかはわからない。ただ、自然と身体が動き、彼の顔を引き寄せ、涙の跡を拭ってあげたいという思いから、口づけた。
右目に『出会ってくれて、ありがとう』
左目に『好きになってくれて、ありがとう』
おでこに『願いを叶えてくれて、ありがとう』
唇に『私もあなたのそばにいたい』
――そう、想いを込めた
「私を、望んでくれるのですか……?」
うまく想いが届いたのか、鼻と鼻が触れるくらいの距離間で見つめ合う。私の涙を拭ってくれていた大きな手は、今度は私の髪を滑らせながら後ろへまわっていく
ラズベリー色の瞳は潤んでいたけれど、これは先ほどまでの悲しみの類のものからではない。喜びと、それ以上に瞳の奥は、隠しきれないほどの熱を帯びていた
―――あなたが欲しい……
気が付けば互いに深く唇を重ねていた。
唇に、吐息に『愛してる』と想いを乗せて―――
***
どのくらいの時間が経ったのだろうか?
言葉はなにも交わしていないのに、気持ちが通じ合っているというか、まとまらなかった感情も今は穏やかに凪いでいた。
ただ、今度は別の問題が……私もしかして不整脈じゃなかろうかってくらい、胸の高鳴りがおさまらない。こんなにドキドキしていると、今度は止まってしまうんじゃないかと心配になってくる。
「アオイ?胸に手を当てて、どうしたのですか?痛むのですか?」
『ううん。大丈夫』と言おうと思って見上げたのが悪かったようだ。
熱は急上昇、絶対に顔は真っ赤になっているに違いない!キラッキラのエフェクトが、今度はピンクのハートまで加わって飛びまくっている……これって、これって……
「ル、ルティ……わた、わたし……恥ずかしくて、ルティの顔が見れない……」
「え……?それは……」
「ルティが……す、好き過ぎて、胸が苦しい……」
ラブとトキメキが止めどなく押し寄せてくる感覚!これはとんでもなく、ラブめいている!!
そのままラブメキ達に飲み込まれてしまい、思考もままならない……
「――っっ!!」
「きゃあっ!」
気がついたらソファに沈んでいた私。真っ赤になった顔を見られたくなくて、両手で顔を覆っていたのに、彼にあっさり外されて、晒される。もう死にそう!こっちを見ないで欲しい……
恥ずかしくて涙目になっている私を、嬉しさと愛おしさで胸が一杯になっているのだろうと聞かなくてもわかるほど笑顔のルティが、さらに蕩けるような眼差しで見つめていた。
顔を逸らしたいのに、逸らすことは許さないとばかりに固定されている。いっそ気絶したい!
「ふふ。アオイ、私の胸にも手を当ててみて?私も今同じ気持ちですよ。毎日アオイにドキドキしておりますので」
おずおずと彼の胸に触れると、私と同じように鼓動が速い。これを毎日ルティは体験しているの?いつも飄々としているのに……
「ね、アオイと同じでしょう?今までは我慢しておりましたが、今後はもう遠慮はしなくても宜しいですよね?
以前の交際宣言の時とは違い、これで名実ともに【愛し合っている恋人同士】となったのですから。アオイもようやく私の気持ちに近づいてきたのです、早く私と同じところまで追い付いてくださいね?」
『え?』と思う間もなく、彼からキスの雨が降り注ぐ。恋愛初心者マークの私は、受け止めるだけで一杯一杯で……
自己申告では、これまで我慢や遠慮が(一応)あったらしい?彼の今後の猛攻に自分は耐えられるのだろうかと考えながらも、今はこの甘くて幸せな時間を噛み締めていた。
次話は逆にラブでもコメディにほぼ全振りされている、楽しいエンディングに……なっていればいいという願望です←ハードルは下げておきます。段差はほぼなし