27:推し事はじめました
5月29日改稿済
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――…リン、リーン!と、どんぐりの形をした可愛いドアベルが鳴る。
「こんにちは。ギルドからの紹介で参りました、アオイ=タチバナです。今日は宜しくお願い致します!」
ふぅ。初めの挨拶はちゃんと噛まずに言えた!
「ふむ。アオイ君、ですか。私はブクマーだ。しかし仕事中は「店長」と呼ぶように。
今回はしっかり対応できそうには見えるが……あぁ、先に伝えておきます、私が美しいのは周知の事実でしかないので、無意味な賛美は結構、とだけ覚えておきたまえ」
「あ、はぁ……。店長は今までの受注者にそういったことを言われたり、見られたりしたのですか?」
確かに、エルフ界の常識?通り、店長も知的な美形で、モノクルのメガネがそれを体現しているって印象だ。
でもおそらくインドア派なのかな?体つきはほっそりしていて、女性モデルみたいに見える。
「あぁ、そうだ。私も少し思うことがあって、嫁探しをしようかという目論見もあったのだが、先の4人でまだ当面は不要だなという考えに至った。
だからすまないが、アオイ君がそういった目的を持ってこの依頼を受けたのであれば、今日分の依頼料は支払うので諦めてくれてまえ」
「そうなんですね!いえいえ、全然そんな気はなかったですよ?私は本が好きなので、本に関わるお仕事ができるんだって、張り切って来たんです。
それに……私にはお付き合いしている人がいますので、店長の心配するようなことはないですよ」
なぁんだ。今までの子達はようするに色目を使ってきて、そして見事玉砕したってことかな?だからその部分が語られなかったんだね。納得した!
でも店長がそういう考えなら、ルティも心配する必要なくなるし、私としても都合いいかも!
「ほぉ、恋人がいるのか。逆に私のような美形と一緒の職場では嫉妬されたりしないかね?そちらの痴話喧嘩に私を巻き込まないでくれたまえよ」
「ふふ。大丈夫ですよ。私の彼も世界一カッコいいので、もし嫉妬されてもそう言いますからご安心を」
「世界一、ねぇ。まぁ恋は盲目とはよく言ったものだ。宜しい、では早速ここにある本を分野別に仕分けて欲しいのだが、頼めるか?エルフ語のものも混ざっているし、大陸共通語じゃない国の本もあるから、わからないものは私に聞きに来なさい。奥の部屋にいます」
「はい、店長!」
「店長……ふふふ、良い響きですねぇ」
***
小さい店舗の割に本の数はとても多くて、結構やり甲斐がありそう!入りきらないものや古いものは、店長の空間魔法にしまってあるみたい。
今回は久しぶりに言語理解の恩恵にあやかっている。
そう、エルフ語で書かれようが、他国語だろうが読めてしまうので、店長の手を煩わせることなく仕分け作業ができるのだ!
ちょっと反則的かもしれないけど、これって誰にでもできる仕事ではないよね。
ぐぅぅぅ……
おっと、お腹の音まで色気がない私。「くぅ…」とか「きゅ~ん」とか可愛く鳴らないものか。あれってどうやって出すの?下手したら「ぐぉぉん」とか「ぎゅぉぉん」と鳴るんだけど……
もうお昼だし、店長にお昼ご飯食べてもいいか聞いてみようかなぁ
店長は奥の部屋にいるって言っていたよね?あ、いたいた
「あの……店長、お昼休憩を頂いても宜しいですか?」
店長は読書をしていたようだけど、読んでいたページにしおりをはさみ、パタンと閉じた
「おや?もうそんな時間か、失礼。休憩はご自由にどうぞ。
そう言えば、読めない言語の本などはなかったのか?何冊か混じっていたかと思うのだが。端にでも避けてあるのなら、今の内に見ておくから持って来なさい」
「いえ、すべて読めますので大丈夫ですよ。ただ、傷みがある本は修繕が必要かと思って避けてありますが」
『なに?アオイ君、君は多国語が話せると言うのかね?』
ふふ。なんか、以前にも似たようなやり取りをルティとしたなぁ
『エルフ語ですね。はい、多国語が話せますし、書けます』
「試してすまない。しかし、本当のことのようだな。人族でエルフ語を理解できる者は中々いないぞ」
「ありがとうございます」
「よし、では私は修繕が必要な本のチェックをするから、君はお昼でも食べてきなさい。今日の分は十分働いてくれたから、午後の作業は必要ない。時間まで昼寝でも、本を読むでもしていていいぞ」
「え?午後の活動はないんですか?ないのにお金は頂けません」
「ん?普通は受け取る物じゃないのか?なにか不都合でもあるのか?」
「私は既定の時間内はきちんと与えられた仕事を全うしたいだけです。何もせずにお金を得たくはありませんから」
「ふーむ……。アオイ君は中々生真面目な性格のようだね。一人目で来てくれていたら、嫁候補にしていたところだな」
「あはは。お世辞でも嬉しいです。でも、きっと店長には私なんかよりも、ずっと素敵な出会いが待っているんだと思いますよ」
「ふふふ、そうですか。かれこれ500年待っているんですがねぇ……まぁあと、100年くらい本でも読みながら待ちますか。
『かの宝は食っちゃ寝して待て』と昔、里の占い師からも言われましたし」
んん!?なんかそれ聞き覚えがあるんだけど……まぁいいか、スルーしよ。信じる者は報われるってことで!
「あっそうだ!作業がないのでしたら、お店の掃除とお茶出し、たまにおやつ作りとかしましょうか?
その代わりに本を一冊貸して頂く、とか……駄目でしょうか?」
「掃除?あぁそれはお願いしようか。読書に没頭すると、色々と忘れてしまうものでね。あとはお茶や茶菓子か……悪くないですねぇ。一冊と言わず、読めるのであれば何冊読んでも構わない。どうせほとんど客は来ないからな」
まぁわざわざ隠しているんだもんね、そりゃ来るわけないよ。紹介状がなかったら私も入れなかったし
「やった!じゃあ、お昼を食べたら、早速午後から実行しますね!!」
「ふっ。変わった子です」
***
――…コンコン!
ノックはいらないとは言われているけど、やっぱり一応はするよね
「店長、お茶をお持ちしました」
「………」
本当に本好きなんだなぁ。集中力がすごい……テーブルにそっと置いておこう。
四畳半くらいのスペース中央に店長が腰掛けている。ゆったりとしたモスグリーンのファブリックソファと、ガラスのローテーブルがある。
部屋の隅には、たまに使う程度であろう、あまり使用感のないアンティーク調の小さな机とイスが置いてあるだけのシンプルな部屋。
本は空間魔法内にもしまってあるようだけど、今日読む分だろうか?10冊ほど手を伸ばせば届く範囲に本が置かれていた。
私が今、存在感を消しつつも観察しているのは部屋を見る為ではない。店長の紅茶の好みを見る為だ!
一応、午前中に店長から入れ方、蒸らし方は一通り習ったけど、入れ方で風味って変わるしね。
ルティが紅茶を美味しく入れてくれるから、何度か習ったものの……まだまだ中の下、いや下の下だ。
観察の結果、店長は猫舌で砂糖は不使用ということがわかった
***
――…コンコン!
「店長、おやつにしませんか?初めて作ってみたんですけど、店長が美味しそうな果物を提供下さったので、<プリン・ア・ラ・モード>を作ってみましたっ!!」
これは我ながらすごいよ!なんと言っても、果物がもう見るからに美味しそうで、ここはさながら出張フルーツパーラーですか?ってレベル。
そこに、現在進行形で、エルフの里でも爆売れ中のプリンと生クリーム、フルーツのコラボレーション。断言しよう、絶対うまい!と。
大丈夫、口に合わなかったら残りは持ち帰るだけだから……もちろん、しっかりルティの分も準備してあります。なかったら絶対怒るもんね。
「ん、おやつ?あぁ茶菓子か……のわぁっ!!!なんだこれは!!!
美しい……あぁ、色合わせもとても良い。崩すのがもったいないな。これはアオイ君が作ったのかね?」
「はい。プリンは作り置きがたくさん空間魔法にしまってあるのでそこからですが。店長の果物がどれも素晴らしかったので、どうしても使いたくって!あ、私も食べていいですか?」
「構わんぞ。では頂こうか……この黄色のぷるんとしたものが『ぷりん』か?初めて食べるな」
――…ぱくっ
「……」
どうかなぁ?ドキドキ
――…ぱく、ぱくっ
「………」
すぐに次いった!どうどう?ワクワク
――…ぱくぱくぱくぱく……
「………」
え?あの、、、どうですかー?おーい?
「ふぅ………」
ついに最後まで無言で食べあげたよ……店長、感想は?
「美味っ!すっごく美味っ!!超絶美味っ!!!」
「それは良かったです。うんうん、やっぱり果物が美味しい~!!たまら~ん!
それにしても、満足頂けたみたいなのに、どうして燃え尽きたみたいになっているんですか?」
「私はこれを知らずしてこれまで生きてきたのか……という絶望感に打ちひしがれているのだ」
あぁなるほど。エルフあるあるなのかな?そして、エルフはみんなプリン好き認定だね
「よし、今後のおやつは全て『ぷりん』でいこう!」
そして、極端。
私的には、こうして食せばハマる割に、なぜ何百年間も木の実と果物と魔素だけでいいやって思えるのかが謎だよ。とにかく一極集中型なのかな?美だけは負けない!みたいな。
「店長、食べ過ぎは良くないですよ!食べ飽きない程度がいいんです。頻度は多めにしますが、世の中にはまだまだ美味しいお茶菓子がありますから、色々と試してみましょう?」
「うぅむ……わかった」
完全に「くぅん」って眉尻下がってるし。モノクルメガネのインテリわんこだっ!!
しかし、エルフが冷たいイメージっていう噂はなんだったんだろう?むしろキャラが濃い人しか出会ってないような??十人十色ってやつかなぁ
ふと、視線をソファにやると、ソファの隙間に本が挟まっているように見えた。
(このままでは本が傷んでしまうよね?)
そう思い、店長に声を掛け、本を抜き取る
店長はなぜか驚愕し、目を限界まで見開いていたけど……な、なにっ?
「ア、アオイ君、そそそその、本をかかかか返し、たまえっ!!」
店長がバグりだしたけど!?
「いえ、ソファに挟まっていたので、折れてしまうと思って抜いただけですよ?はい、どうぞ」
本の向きを整え店長へ渡す……タイトルは<失われた楽園/紅薔薇と黒薔薇 編~永遠に二人の想いは枯れない!~>か……ん?も、もしやこれはっ!?
『……<失われた楽園/紅薔薇と黒薔薇 編>店長これって……もしかして彼×彼、的な……?』
――美クゥーンッ!!!
店長がわかりやすいくらい動揺してる!なのに表情だけは素晴らしくアルカイックスマイル決め込んでるしっ!驚く時まで美しくあろうとする、その心意気に完敗。Cheers!!
『アオイ君……これは、その、あれだぞ?れっきとした純文学として…後学の為というかだな、美にも通ずる一種の芸術的作品?、心も身体も清く美しい、主人公の彼美の素晴らしさたるや……』
『フッ。店長……いいんですよ。大丈夫です、わかってますから。私そういうの全く偏見ないですし、むしろ大好物!!と言いますか……。そして彼氏じゃなく彼美?エルフBL最高ですね。
絶っ対、口外しませんから、そういう…純文学?を私にも読ませて頂きたい!私は今、本の娯楽に飢えてるんです!!』
正直あのお宝たちが、火事ですべて燃えてしまったのは悲しかったが、晒さずに済んで良かったとも言えようか……
『わざわざエルフ語で熱く語ってくれるとは……アオイ君の熱意はよぉーくわかった。私としてもこの本の素晴らしさを語り合える者ができたことは喜ばしいことだ……同志よっ!』
『店長!!』
『アオイ君!!』
私達はそのまま無言でガシリ!と固い握手を交わす。なんなら泣いてる。
二人は今確かに、男女間・種族間の壁をも越え、互いの<萌え>を理解し合えた歴史的瞬間に立っていた――
あの依頼書には運命を感じたんだよね、良い推し事につけてすっごく幸せ♡
――…リン、リーン!
「アオイ、頑張っていますか?少し早いですが、やはり店まで迎えに……って……お二人はナゼ手を握っているのですか?」
にっこり笑うも、瞳の奥は全く笑っていない。パチパチと音を立てながら、髪の毛が逆立っていく
「お客様っ!?」
「ル、ルティ!?」
タイミング激わるーー!!!
ありがとうございました!