18:アオイ、出奔す
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「ついに来たね、エルフの里!」
何だかんだ言いつつも、ファンタジー感が強いエルフの里に、私とて心躍らないわけではない
ぶっちゃけテンション爆上がりです!!
本来エルフの里には同族以外、簡単には入ることが出来ない。
エルフが同行しているか、許可されている者しか入れないとか。
ルー連れて来てくれてありがとう~!
「ふふ。そんなに私の故郷に喜んで頂けるなんて……帰るのは100年振りくらいかもしれません
里の案内もしますが、まずは私の両親のところで宜しいですか?婚約者のアオイを紹介したいので」
「はぁ……一度ボケだしたら、やたらとボケるようになったよね。けど、数日滞在するならきちんとご挨拶はしたいからね、その為の面会はしたいよ。
それにしても100年振りって……積もる話しかないよね」
100年分の土産話は漂流記に匹敵しそうな量だよね。
「特に惚けたつもりはなかったのですが?まぁ、わかりました。でも、気が変わったらいつでも言って下さいね。話といっても、ほぼアオイの話をしたいくらいですね」
全くブレないルーに呆れつつも、いつもの事なのでスルーしておく
『あら?あの方は……ルーティエ様じゃない?カッコいい……』
『本当だわぁ!Aランク冒険者のルーティエ様よ!!
御髪が短くても、かえってワイルドさが滲み出ているわよね』
『すごいわ!私お会いする初めてなの!ホント、素敵な方~』
エルフの里に踏み入れてすぐに、どこからともなくエルフ族の女性がやってきて、こちらをキャーキャー言いながら様子見ていた。
多分エルフ族の言葉を話しているんだろうけど……言語理解はチートだ
三人共、女子高生くらいの見た目で、全員まつ毛バッサバサの目は大きく、髪はサラッサラッの腰下ロングヘアの美少女達
ルーティエって人は、里界隈でもやっぱり有名人なんだなぁ
なんとなくモヤっとはしたものの、当の本人はその美少女達の視線に全く気付いていないのか、どんどん里の中心部まで向かって行くので、慌てて後を追い掛けた。
ようやく立ち止まったと思ったら、ルーティエが見たこともない程の巨木の下から上に向かって声を掛けた。まさかと思うけど、これが「母なる大木です」ってわけじゃないよね?
「ただいま帰りました、ルーティエです!」
これは家というのか、何というか……エルフの里はマイナスイオンに満ち溢れたような森の中にあるけど、良く言えば景観を損ねず、そこにあるものを利用して作られているエコハウスというか……
ツリーハウスの更に自然に近い感じと言えば良いのだろうか?
巨木に所々穴が開いていて、恐らくそこに部屋とかがあるのだろうと推測される。
ルーが作ってくれた家とは全然違うから、あれはルーが冒険者になってから得た知識で作られたのだろうと思う。
彼が声を掛けると、穴の一つ(部屋?)から美形の男女が顔だけひょっこりと覗かせた。モグラたた……いやいや、そんなこと思ってないったら、ない!
「はぁ~い?どなたかしら?」
「おや、この声はもしかして……」
「お久しぶりです父上、母上!」
え?ええ!?あのお二人がご両親!?お兄さん、お姉さんにしか見えないんだけど……
お肌プルンプルンの艶々で、毛穴なんてどこだよ状態だよっ!?
「おお、やはりルーティエじゃないか久しぶ…」
「あらやだっ!ホントにルーティエじゃないの~100年振りくらいだったかしら、元気にしてた?ちょっと逞しくなったんじゃない?あなたが帰って来るだなんて、冒険者はもう辞めたの?まぁ!髪が短くなっているけど、これはこれで結構イケてるわね。ねぇ、あなたも切ってみる?」
お母様のマシンガントークすごい……
お父様は話の途中でぶった切られているけど……笑顔だ。きっと日常的にこうなのかな?
お二人共、醸す雰囲気というか、色気は半端なくて、お父様はルーより長い腰丈ロングの銀髪で下の方で軽く縛っている。瞳は星のような瞬きが見える濃紺。身長は2m近いんじゃないかな?
引き締まった肉体美の超絶イケメン!そしてこのエルフの里リイルーンの現族長をしている……と。
じゃあ、ルーは人族でいうところの王子レベルじゃないの?!
対するお母様も、髪は腰下超ロングで青紫系のグラデーションでキラキラしていて神秘的な宇宙みたい……。瞳はルーと同じ、ラズベリー色。背は180cm近くあるかな?
細いし、胸はモデルさんサイズ位なのに身体の曲線がなんか……とにかく色気がすざましい美女です。女の私でも悩殺されそう。
もう帰っていいかな?私
でも話すとちょっぴり庶民っぽくも感じる辺りは……なんとなくだけど、ルーのあの押しの強さはお母様似なんじゃないかな?
なんてぼんやり考えて現実逃避
「いえ、冒険者は一応まだ続けております。今は彼女とパーティを組んでいて、世界を周る旅をしているのです。
アオイ、こちらが私の父コーディエと母のアイオライトです」
「ははは、はじめましてぇっ!ルー…いえ、ルーティエさんにはいつもお世話になっております、アオイ=タチバナと申します。
数日、里の方でご厄介になりますが、宜しくお願い致します!」
うぅ…声、裏返っちゃったよ。
あまりに別次元の美に出会うと、言葉がうまく出なくなるんだなぁ
「まぁ、まぁ、まぁぁ!アオイさんっていうのね!今まで人族はおろか、誰も連れてきたことがないルーティエが、女性を連れてきたということは……そういうことなのかしらぁ?うふふ」
え!?そういうことって、どういうこと?
私的にはルーの里帰りにくっついてきた、旅仲間なんですけど??
里に入る=結婚報告みたいな扱いになるの??そんなことないよね?
とりあえずチラリとルーを見上げて『違うって誤解といて!』と視線を送る。
ルーが『大丈夫、わかっていますよ』とばかりに笑顔でコクンと頷いた、多分。
とにかくフォロー頼んだよ!
「ええ、私は当然そのつもりですし、近い将来には間違いなくそうなりますね。ですがアオイは少々慎ましいというか、恥ずかしがり屋なところがありまして……。
まぁそこがまた可愛らしいところなのですが。現状は恋人……いえ婚約者ですか、ね?」
ちょっとぉぉぉぉぉ!!全然わかってないじゃーーーん!
「ね?」じゃないよ!
何この「ええ♡」としか言えなさそうな雰囲気!またルーに嵌められたぁぁぁ
苦肉の策だ!否定も肯定もせず、引きつり笑顔で返しておこう……ニ、ニコッ
ルー、後で説教だからねっ!!キッと睨むも、笑顔で躱される始末。
ダメだ……敵は身内にあり!敵陣に一人無謀にも乗り込んでしまった愚か者状態だ!
そこからはもう嫁みたいな扱いですよ。
途中からルーのお兄さんのラトナラジュさんまで加わって、宴会騒ぎのようで大変だった。
とりあえず、舌噛みそうなので、お兄さんはラトさんと呼ばせて頂く許可だけは取りました。
ちなみにラトさんはアイオライトさんと同じ髪色、ロングだけど高い位置で編み込んだポニテ
瞳はコーディエさん譲りで、身長も2mくらいありそうな美男子。元S級冒険者だそう。
飽きてきたのと、ルーティエも冒険者ですでに頭角を現していたので、周りの説得も軽くスルーして、サクッと引退。里に戻って、今は後継者としてお父様の補佐についているとか。
この里を覆う結界と隠ぺい魔法は族長が担っているみたい。魔力が相当高くないと保てないとか。ちょっとヘラヘラしているけど、ラトさんもいずれはこの仕事をするわけで……すごいなぁ
ラトさんはルーと150歳差くらいで現在550歳。
もはや歳の差って何なんだろうという次元なんだけど、二人の感覚では4、5歳差の兄弟みたいな感じで、仲良さそう。
実際見た目もラトさんは20代後半くらいにしか見えない。年齢+魔力量で見た目も変わるんだって。へぇー……って言いつつも、よくわかってはいない。
やはり帰ってもいいですか?私
確かに否定もしなかったけどさ、私は肯定もしていないんですがね!!
どこで出会ったの?とか、何て呼びあってるの?とか……初デートは?とか
ただ名前長くて、面倒だったから短縮しただけなのに、『他の人が呼ばない特別な呼び方を許しているのね!』なんて言われちゃったりしてさ
私は見た目からして、こんなおばさんなのに……。全くそこに触れられないことが、逆に辛い。
ダイヤの中にポツンと汚いインクルージョンが混じってるくらいの違和感なのに。いや石ころか。
大丈夫かな、私まだちゃんと笑えてる?
悲しい顔なんてここでは見せないようにしなきゃ。雰囲気を壊さないように。
笑え…
笑え……
***
怒涛の初日を乗り越え、ルーの独身時代の家とご実家を行き来しつつ、気付けば約一ヶ月が経っていた。
生まれて初めて表情筋が筋肉痛になっていると思う。もはや固定されているかもしれない。それでもひたすら笑顔、笑顔で空気を読んだ対応に努めた…つもり
『久しぶりの帰省なので少し長めに滞在してもいいですか?』と彼に言われ、もちろん了承した。ルーもすごく嬉しそうにしているし、すっかり元気になったようだ。
そこには素直に良かったと思ったし、すごく安心した。
なんだかんだ言いながらも、ルーの100年振りの帰省は積もる話しかないので、基本的にご両親の住む家で日中は過ごすか、二人で辺りを散歩したり、たまにお菓子を作ったり。
ここに来てだいぶ精神的に疲れ出したのか、浅い眠りになることが増えた。少し気疲れが溜まってきたのかもしれない。
今日もご実家に遊びに来ているけれど、このままだと作り笑いもできなさそうで、『家族だけでゆっくり話してて。私ちょっとだけ休んでいてもいい?荷物を置かせてもらっているゲストルームにいるから』と言い、席を外した。
(少し休もう……精神的疲労がちょっと溜まっているだけだ、休んだらきっとすぐ良くなる)
部屋入り、ベッドに横になったものの、全く眠れる気がしない。一人静かな部屋にポツンといると、家族で盛り上がっているのか、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「いつもちょこちょこ寝てるから寝れないのかな。気分転換に周辺の散策にしようか」
一応、一言メモを残し、私はそっと部屋を抜け出した
***
初めは『幻想的な森の中だなぁ~マイナスイオン最高』とか思いながら散歩していた。
他のエルフ族の方とすれ違うかな、とちょっとドキドキしていたのに、なぜか誰にも会わないし、見掛けもしなかった。恥ずかしがり屋……?
しばらくウロウロしていると、人気のなさそうなところに差し掛かかり、急に静かな空間に入った
「ちょっと迷ったかな?」
コンクリート整備のされた歩道ではないせいか、景色と同化しすぎていて道がわかりにくい。
どれくらい時間が経っただろうか……ふと、自分がマイナイスことばかり考えていることに気付いた。
ちょっと、今は私の精神状態があまり良くないようだ。ホルモンバランスの乱れ?更年期障害?
疲れもあるんだと思うけど、でも多分それじゃない。PMSかなぁ、最近乱れ気味だったからそろそろくるのかもしれない。
ルーと家族の楽しそうな会話を聞いていたら……ちょっと望郷の念にかられたというか。
これがトリガーとなったのかな。
同じ空間にいるのに、私と彼らの間にガラスの壁があるような……。やっぱり住む世界が違うんだな、というか。本当は私はここに存在しない人間なのに。
平凡な人間、自分一人だけ見た目が大きく違う劣等感
(あぁ……こういう時って絶対に碌なことを考えない)
≪今は考えたって良い結果にたどり着けないんだから、大人しく戻って体を休めた方がいいよ≫
ほんのわずかに残っていた平時の私の助言を『わかってる!でも考えずにはいられないっ!』と負の感情の私が追い出してしまう
気持ちが暗く、深い深い沼へと沈みだした―――
今まではルーがそばにいて、一人になることがほとんどなかったから考えずに済んだのだ
でもルーにも家族はいて……100年振りとはいっていたけど、会おうと思えば会える家族や多分友人なんかもいるんだよね、なんてホント今更過ぎるんだけど。
それに里で見た美少女達にも人気あるみたいだし?
こんな冴えないおばちゃんとなんて比較にもならないよね。実際あの子達から見ても、私なんて隣に居ても嫉妬すらされる事がなかったんだから、それってそういうことでしょ?
引率のおばさんか商人連れてるくらいに思ったんじゃないかな。そもそも存在すら気付かれていなかったのかも。
客観的に見ても彼は美形でカッコいいし、明るすぎるくらい明るいし。
いつも行き過ぎと思うくらい前向きだし、手伝いも嫌がらず、むしろ進んでやってくれるし……
しかも冒険者Aランクで王子みたいな身分だよ?スパダリの上ってないのかな
毎日毎日飽きもせず「可愛い」「好きです」なんて言われすぎてさ、うっかり自分の年齢と容姿を忘れてたんじゃない?
あぁ恥ずかしい、バカだよね。あまりに真っ直ぐ伝えてくるから、真に受けちゃったりして錯覚してたんだね。
逆に今まで私の方がまともじゃなかったのかも。
(ハハ、こんなの普通じゃないわ)
言っても無駄と諦めて、ズルズルと一緒に旅をしてきてしまったけど、彼だって出会う前は冒険者とか何やら自由にやってきたのだ。
彼には彼の人生があるんだ。それに、これ以上一緒にいたらさ、ふと彼が飽きていなくなっちゃった時に……きっと私は一人に耐えられない
ルーにだけ依存して生きるのは危険だ
≪今ならまだ修正がきくんじゃない?身の程をわきまえるべきだよ≫
そうだよね。ルーの為っていうか、自分の為にも今の内に離れるべきじゃない?彼もきっと一時の気の迷いというか、きまぐれ?いや違うな
私の作る珍しい料理を気に入ったってだけなんだし。いなくなれば……ちょっとくらいは料理が恋しくはなるだろうけど、元々は木の実とか果物を齧ってたんでしょ?
結構ここまでで一緒にグルメ探訪してきたから、もう何でも食べそうな気もするけど
そもそもルーは自活していたんだから心配ないよね……ただ、元に戻るだけだ。
むしろ心配するなら自分の方じゃない……
≪自分ダケ、一人ニ戻ルダケ≫
「ルーは勘がいいから今すぐ出発しないと。荷物も……置いたまま行こう」
<転移>をするなら行ったことがある場所だから……
一番大きなガレット帝国にしようか。あそこは広いからすぐには見つからないだろうし。
(船で他国へ移動したら追って来れないんじゃないかな?)
≪本当にいいの?衝動的じゃない?本当は迷っているんでしょう?ルーのことは……?≫
最後に小さく私の良心が囁いた
――モウ、イイ、考エタクナイ――
『ガレット帝国へ』
私は小さく転移を唱え、エルフの里から逃げるように去った
ありがとうございました!