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<感謝>SP小話:バレンタインはチョコじゃなくても

アルファポリスにて恋愛小説大賞の投票に感謝として、夜なべ更新したものになります。※あちらは二部にわけて魔国編からを続編としている為、リイルーン編の第一部側にもバレンタインネタで限定小話を掲載しております。


******


 またこの季節がやって来た。


 そう、バレンタインデーである――


 ちょっとうっかり『こんな行事があってさぁ』なんて、何も考えなしに始めたことがきっかけで、すでにルティの毎年のお楽しみ行事と化してしまった。


 そもそも私はマメな方ではない。


 付き合い立ての頃はやはり未知なる力(恋愛脳)、言わばドーピングされた状態だったからこそ起こせた行動ではないかと思うのだ。


 それに私達の自宅はリイルーンにあるので、季節感も感じる機会が少なく、穏やかにゆっっっくりと毎日が流れて行っている。


 それなのに、夫であるルティはバレンタイン近くになると、『アオイ、雪を降らせてみましたよ。アオイのお好きな【雪樽魔(ゆきだるま)】や【火魔苦羅(かまくら)】も作れますよ』と言って、季節感を演出。

 以前紹介した雪だるまやかまくら。勝手に魔獣のような名前変換にされてしまっているけれど、彼が作ると可愛らしさよりも彫刻作品になるから不思議である。


 更には我が家にはないはずの壁掛けカレンダーが、()()()()()飾られ、尚且つ一日が終わると斜線が引かれていく。気付けば過ぎていた、なんてことが起こり得ないよう、カウントダウンがなされている。


 密かに14日にはハートマークが目ざとく記されているけど、【バレンタインデー】とは書かれていない。

 どうやら今年は私に自発的に(サプライズで)用意して欲しいようだ。すでにこの行為で私がサプライズを受けていると言うのに。


 当初は長年生きて来たエルフの思考なんて到底理解できないだろうと思って来たけれど、こと私に関してだけ言えば単純脳で出来ているので、私でもすぐに思い至れる。


 きっかけを作ってしまったのは自分だ。


 ルティが悪いわけじゃないけど、毎年期待され続けてそろそろ胃薬が必要に感じていた。

 

 最低でも昨年同様か、もしくはそれ以上を望まれて、もう限界を迎えているのではないかと思うんだよね。


 チョコが年一回しか食べれないような、そんな貴重なものならいっそ良かったのかもしれない。


 バレンタインじゃなくても気持ちはそれなりに伝えている。だから、一年に一回、愛を確かめ合いましょうと言う日を無理矢理設けなくても、日々小分けでいいんじゃないかなって。


 そろそろロックに生きるのはやめて、喫茶店で流れるようなジャズを聴こうよ。ようは落ち着きなよと言いたい。


 かつてのように世間様もバレンタインデームードになっているならともかく、あくまで我が家だけだからね。やる気に満ちているのは世界でルティだけなんだよね。

 

 エルフの里内にすらバレンタインイベントを広める気はないみたいだし。



「私()()の為にアオイが企画して下さったものを、なぜそこいらの有象無象にも教えてやらなければならないのです?」

「せめてリイルーン内とか、ほら、アイさんなんて喜びそうじゃない?」


「嫌です。これは思い出も含め、私とアオイだけのものですから、誰にも譲れません。盗み取ろうなどとする輩がいようものなら、地獄の業火で焼き払います」

「……わかった。二人だけのメモリアルにしよう」



 反抗期かのようにプイっとそっぽを向く、御年何百歳や君。

 

 地獄の業火って再現できるんだ。骨も残らなそうだなと思った時に、ルティの兄であるラトさんの顔が浮かび、洒落にならんなと即刻思い至った。


 エルフは中々に自分の意思がはっきりしている人が多い。まだルーと呼んでいた頃もそれなりだったけど、今思えば彼が言っていたように相当我慢をしていた方なのだと思う。初心に返らないものかな。



「前はもうちょっと我慢と言うか、忍耐というか、あったと思うんだけどね。『待てができるエルフ』だとか言ってたのに」

「……申し訳ありません。何百年も生きていると、それがいつの時代のお話だったのか中々思い出せず」


「いつの時代って、今だよ。まだ十年も経ってないけど?」

「そもそも高潔なエルフの辞書に『我慢・忍耐』などないかと。それはアオイの世界の食べ物の名前ですか?」



「ナニそれおいしいの?」を丁寧に言わなくていいよ。


 どの口が言うのだろう。しょっちゅう「我慢してます」とか「私は忍耐強い」と連呼していたように思うのだけど、目の前のエルフは高潔には含まれないと判断すれば良いのだろうか。



 まぁ、そんな回想はさておき、今年のバレンタインに食べるものが完成した。味見もしたけれど、我ながらよくできたと思う。



「ただいま戻りました」

「おかえり、ルティ。ちょうど出来たところだよ」


「おや? 今日はなにか特別な日でしたでしょうか? なにやら甘い匂い……ん?」

「まぁまぁ、まずは手でも洗っておいでよ」



 自分で仕向けておきながらバレンタインをしらばっくれる彼の演技も中々なものだけど、くん、とさせたところで『この匂いはチョコではない?』と気付いた模様。


 ルティを席に座らせ、鍋掴みで鉄鍋を持ちながらテーブルの上に置く。匂いだけでもご飯が食べれそうだ。



「アオイこれは……」

「そうです、すき煮です!」


 

 IHならぬ、MH(魔法の火)から上げたばかりの鉄鍋はまだぐつぐつと音を立てていて、肉汁を吸った野菜や、キノコ、なによりちょっと奮発したモーの霜降り加減が素晴らしく、思わず喉が鳴る。

 すき焼きにしようかと思ったけれど、卓上コンロがないし、忙しないので初めから染み込んだ野菜も食べられるすき煮にしたのだ。



「もしかしなくても、チョコレートはないのですか? あの、愛し合う夫婦には欠かせない、世界で二人だけの特別な日は今日ではないかと、今カレンダーを見て気付いたのですが」



 すでにチョコ探知センサーが働いている夫は気付いたらしい。チョコでなにか作った痕跡がどこにもないことを。



「今気付いたって……朝からソワソワしながら『少し出掛けてきますね、夕食までには必ず戻りますから』って出て行ったでしょうよ。サプライズになるようにセルフプロデュースする人も珍しいよね」

「酷い……年に一度の私の楽しみが、十回にも満たない内に歴史から消し去るなんて」



 目元を潤ませながらも、器用に卵を溶いて『くたくたに染みた野菜は絶品ですけど』と言いながらはふはふと食べている。出来立てを食べて欲しいと言う私の思いをわかっていらっしゃる。



「ルティ、忘れてないよ。それからなぜこれにしたのかわからない? 『すき煮』とは、好きな人と食すから『好き煮』なんだよ!」



 この際、この世界でバレンタインを作った私が法律なのだ。由来が違っていても、二人でしか行わないバレンタインではなんでもありだと思う。



「なんと! そんな意味合いが……しかしバレンタインというのは基本がチョコレートではなかったのですか?」

「ルティ、そんなチョコレート業界だけを贔屓していいの? それに、愛し合っていく過程の中で甘さしかなくて満足できるの?」


「……逆に甘さ意外に、何が必要なのです?」

「刺激でしょ! たまにはスパイスもないと。ただ平坦な甘さより、こうしてユショー(醤油)のしょっぱさとか、野菜やお肉のエキスとかさ、こう交わることで生まれる美味しさって言うのかな。マリアージュだよ、マリアージュ!」


「なるほど、ユショーの刺激、交わる美味しさですか。バレンタインとは奥深いのですね」

「ちゃんと特別感を出すべく、良いお肉を用意したからね。じゃんじゃん食べてね」



 こうして、めんど……もとい、一大イベントであるバレンタインを今年も無事終え、来年以降も食事で誤魔化そうとほくそ笑んでいた私。


 入浴も済ませ、今日も平和に一日が終わったなとベッドで寛いでいると、私の後に入ったルティも寝室に戻って来た。



「お待たせしました」

「ゆっくり浸かっ……え、ええ!? ルティどうしたのその恰好!」



 美しい銀髪の美形男子が、髪は短髪で黒く、ラズベリー色の瞳はそのままなので、見た目はもはや人を誘惑し堕落させる悪魔かなにかのような退廃的な美しさを醸している。さらにお風呂上がりのせいか、少し湿った髪や汗ばんだ肌がより一層そんな妖しさを助長していると言えよう。



「私は反省したのです。今までアオイを思うまま愛でて参りましたが、あんなものではアオイも満足していなかったのだということを、今日ようやく気付けました」

「え、満足は十分してるよ。でも、短髪黒髪のルティ……すごい、似合うね。ちょっと別人みたいでドキドキする」



「ありがとうございます」と言ってベッドへ向かい、私の隣に腰掛ける。



「こんな私でもアオイは愛して下さいますか?」

「愛して下さいますかもなにも、今日ちゃんと好きだよって伝えたじゃない。飽きてもいないよ」


「安心しました。でもこれからはアオイの言う通り、時にこうして刺激を加えて行こうかと思います。その方がより私に夢中になってくれそうですし」

「ルティのコスプレ好きの私としては嬉しいけど、無理はしないでね」



 隣に座り肩を抱くのは間違いなく私の夫なのだけど、短髪黒髪な彼は別人のようで、ちょっとイケナイことをしているような不思議な感覚になる。



「ええ、私は無理はしておりませんが、今からアオイには無理をして頂こうかと。心苦しくはありますが、今日は愛し合う夫婦の日ですから許して下さいね」

「無理をする? 私が?」


「はい。交ざり合えば美味しくなると学びましたので、こうして刺激も加われば、より一層美味しくなるのでしょうね。アオイを『好きに』です。ふふ、たくさんお代わりしてしまいそうです」

「ひっ! わ、わわわ私、たくさん食べたからもう眠いなって」



 ようやく意図に気付いた私は、抱かれている肩から抜け出そうとするも、時はすでに遅し。


 さらに引き寄せられ、足を伸ばしてベッドヘッドに凭れていた彼の上に向かい合うように乗せられている状態になっていて、彼の両腕が背中や腰にある時点でもはや逃げ場がないのだと悟る。



「たくさん食べてましたから体力も十分でしょう? 大丈夫です、眠くならないように少し運動しましょうね。満腹のまま眠るのは良くないですよ」

「じゃあ、下で本でも読も……んぅっ」



「諦めましょうね」と言って唇を塞がれ、そこからは宣言通り、満腹だったお腹が空腹でぺったんこになるまで、刺激的なマリアージュは続いたのだった。



「やはりバレンタインは素晴らしいイベントですね」

「左様ですか……」

 




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