<感謝>SP小話:お手伝いで遊んではいけません!
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ピチチチチ……
本日のリイルーンも快晴なり。長寿の里だけあって、気候までノンストレスに拘った結果、年中20~25℃辺りを保っている。
しかも雨は事前予告された日に降らせるという、意外にも自然の恵みではない人工の雨。植物園の温室の中に里があるって状態と思うとわかりやすい。
私は今、ぼんやり目を開けたものの、未だベットの住人だ。起きると基本的に目が合う、隣に寝ていた方はどうやらキッチンにいる模様。ジュージューと何かを焼いている音が聞こえるし、なにやらいい匂いがする。お腹鳴りそう……
「アオイ、そろそろ起きませんか?」
「は~い、今ちょうど起きたところ~」
階下から呼びかける声に返事をすれば、本日も朝から百点の笑顔を見せ私を迎えに来る夫。
な、なんと!!ラフな白シャツにギャルソンエプロンを身に着けているとは……私が制服系に弱いと知りながらの所業なのだとしたら、全くもってけしからんと思う。控えめに言っても最高。
まずい、めちゃくちゃカッコいい……カフェなら毎日通ってカウンターから拝むレベルだ。
おそらく赤くなっているであろう顔を隠す為、タオルケットを鼻まで被り、バレない程度にチラリ観察をする。
(うわぁ……眼福)
「ふふ、やはりこのスタイルにして正解でしたね。朝から熱く見つめて頂けるとは、幸せです」
「……くっ!」
やはり即バレだった。夫の観察眼を舐めちゃいかんよね。ルティはそのままベッドサイドに腰掛け、朝の挨拶には欠かせないというキスの洗礼を受ける。ちなみに寝る前もあるので、もはや祈りの類と同列に考えている。
「今朝はアオイが疲れていると思い、簡単なものしか作れませんが朝食を用意しましたよ」
「えぇ、嘘!?起きたら朝食があるなんて贅沢~ありがとう!」
ダイニングへ行けば食事があるなんてリッチな生活を魔国で三年もしていたから、離れて間もない頃はバーべさんとフランベさんを思って涙したものだ。よし、また近々遊びに行こうっと。
「いえ、アオイが寝坊した原因は私にありますし、当然です。昨夜は無理をさせてしまいましたからね、身体の方は大丈夫ですか?」
「おいおいおいおい……いや、間違ってはいないんだけど。う~ん、言っていることは概ね正しいんだけどさ、腹筋ね。主語にトレーニングとか腹筋とつけなさいよ」
最近インドアなことばかりやっていたせいで、下腹が気になり出していた。そこでぽっこり防止の為に腹筋をやり始めたのだけど、せっかくルティの入浴中にひっそり、こっそりやっていたというのに、腹筋の最中に『うっかりタオルを忘れておりました』と戻って来て見られるっていう……彼の『うっかり』にはなぜか作為的なものしか感じないが
そして、『何をしているのです?』からこういう理由でと説明したら、はい鬼教官ルティの降臨ですよ。やれ、やり方が違うとか、ゆっくりの方が効き目があるとか、ついでに背筋も鍛えて猫背防止だとか言い出して、泣いても終わらないブートキャンプのせいで、今朝は全身バッキバキですよ。
結果として、ルティが作った朝食を食べに降りるのも困難の為、お姫様抱っこされながら、そのままダイニングテーブルの方ではなくソファ席へ。
抱っこのまま食べるなんて嫌だ!とは思えど、やはり筋肉痛でバッキバキだし、自宅内だからいいやと諦めた。治癒魔法とか回復水飲ませてくれたらいいのに『あまり乱用するのもよくないですよ』とそれっぽいことを言ってるけど、単に膝の上に乗せたいだけだと思う。
薬も飲み過ぎると耐性できるって言いますし?まぁ、治癒魔法と回復水にそんな副作用があるのかはわからないけど。
逆に膝の上に座る方に耐性がつきつつあるってことが、ルティの思惑通りのようで複雑。慣れって怖い
「わぁあ!ルティすごく美味しそうだね」
「そうですか?盛り付けはそれなりにうまくできたと思いますが、全て簡単なものですから」
膝の上だとか、筋肉痛とか、今はそんなことはどうでもいい。パンの上に溶かしたチーズなんてアルプスのアニメの再現みたいだし、ふわっと作られたスフレオムレツ、ハニーナッツ、木苺、フルーツティー。十分過ぎるくらい立派な朝食だよ!そもそも作ってくれたことが嬉しい
「はわぁ~チーズが伸びる伸びる!美味しい最高!!ルティ、この卵はふわっふわだねぇ、天才!!」
「そんなに喜んで頂けるとは思いませんでした。こんなものでも、美味しいと言われると嬉しいものですね」
「だって、実際美味しいもん!卵は私じゃここまでふわっしゅわっとは作れないよ…悔しいなぁ」
「ふふ。以前教わったマヨネーズ作りの時と同じですよ。指先に風魔法を纏わせて……」
ああ、ハンドミキサーみたいにしたってことね!!ルティはそういう細かい微調整ができるからいいなぁ。私がやるとそよ風か台風という、極端なことにしかならない。魔法には性格も出るようだ。
「愛する妻がこんなにも喜んでくれるのでしたら、私ももう少し料理を覚えたいところですね」
「じゃあ、一緒に作ったらいいんじゃない?私も助かるし、ルティは覚えられるし。幸いキッチンは二人暮らしにしては大きめだから並んでも平気だよ」
「そうですね。料理中の鼻歌交じりのアオイを眺めているのも至福なのですが、隣にぴったりと寄り添いながら、思い立ったらすぐに抱き締められるという距離感での手伝いはなんとも魅力的ですね」
「うん?そこまでは求めてないかな」
ぴったり寄り添われても邪魔だし、抱き締められたらなにもできないし。それは手伝いじゃなくて妨害と呼ぶのだよ?
「ですが、せっかくの手伝いですよ?手を伝うのです。ほら、このようにお互いの指と指を絡ませて……ね?」
ちょっとそれはだいぶ曲解させてないかな!?かといってそこまで大きく間違えてもいない辺りがルティの抜かりのなさというか……
くっ!ご長寿エルフの知識量、恐るべし!ただでさえ解釈を捻じ曲げるような人なので、迂闊なことは言えない。
「アオイ、ハニーナッツが食べたいです」
「え!?」
なんで急にハニーナッツ!?え?このまま指で取るの!指がベタベタになるよー
視線で『さぁ、食べさせて?』と期待の眼差しで促され、渋々指でハニーナッツをつまみ、彼の口に入れるも、下向き加減で見える長い銀の睫毛と薄く開いた唇の色っぽさについ見蕩れてしまう。
エルフはただナッツを食べるだけでも色気を振りまけるのか、恐ろしい……なんならイカ墨パスタを食べても、青のりまみれのお好み焼きを食べようとも、ラーメンをズルズル啜ろうとも、エルフなら完璧に食べこなすに違いない。いや、食べこなすって何だ!?
そんなアホな妄想をしている間にルティに指ごと食べられ、摘まんでいた指に残るハチミツを舐めとられる。そんなことをわざわざジッと私の目を見つめたまま行うものだから、とてつもなく恥ずかしい。
「ルティ!!なななななんで、そんなこと…!」
チュッっとようやく指から唇が離れたので、なんの意味があってこういうことをするのかを問えば、彼はしれっとこう言い放った。
「なにとは?手に伝ったハチミツが勿体ないので頂いただけですが」
「手伝いを乱用するなー!!」
「【手伝い】とは実に素晴らしいものですね。では、洗い物は私と一緒にしましょうか。こうして指を絡めたまま、私が微調整をしてあげますので、水魔法の練習になりますよ」
「それはそれで全然集中できないじゃない!」
「ふむ、それは困りましたね。私との触れ合いにドキドキして下さるのは嬉しいのですが、やはりこうしたスキンシップにはある程度慣れて頂かないと」
「えっ!?いやぁ、こういうのってドキドキとトキメキはある程度残した方がいいと思うよ?ほら、慣れ過ぎると飽きちゃうかもしれないじゃない?」
「なるほど。では慣れることがないほどの刺激的な毎日をアオイはご所望なのですね?確かにマンネリは良くないですよね」
「今のってそういう話だったかな!?それに私…あ、ほら、筋肉痛……ってアレ?治ってる!!」
『フルーツティーに回復水を使用しましたからね』って……さっきは『乱用は良くない』ってその口で言ってなかった?言いましたよねぇ?覆すの早過ぎるでしょうが!!
「と、いうわけですので……マンネリしないよう、努力させて頂きますね?」
「もう毎日、十分刺激的です!!」
結婚五年目。
もうそろそろ刺激は控えめでいいと思う。