新婚番外編:ダーン国列島ダーツの旅!
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獣人の国の宿をチェックアウトし、すぐにダーン国へと転移。あえて朝食をつけなかった私達は、こちらで懐かしの名物パイを頂く。本場の味はやはり美味しい。
思い出のミトパイのお店からギルドまでは近いので、二人でのんびり歩いてギルドへ向かう。懐かしいこの道も今はお昼近いこともあって、冒険者達はほとんどが朝に依頼を受け出発する為とても歩きやすい。
カロンカロンと小気味のいい音が鳴るドアベル。うんうん、初めてこの世界で聞いたドアベルの音だ。レトロ喫茶風っていうか、そういう風情が感じられるんだよね。
ここにはほんの一ヶ月程度しか滞在していなかったものの、それでもここが始まりの場所であるせいか、妙に感慨深いものがあった。
あの座席ごと着陸してからまだ4年くらい……?体感ではもっと経っている気がするんだけど。
「考えてみたら、ここはルティと私の出会いの場だったんだよね。正確にはギルドに入る前に接触はしていたけど。あんな風にルティに睨まれたのはあの時だけだったから、今にして思えば貴重な体験だよね」
「ハァ、やはりその話が出ますよね。予想はしておりましたが……こういう話だけは何年経とうとも忘れてはくれないのですね」
そりゃあ、ルティをイジメられる数少ない思い出だもん、忘れるわけがない。でも、あの出会いがあって今こうしていると思えば、それでいいじゃないかって思うんだけどね。
「もうただの思い出だよ。それにしてもなんかいいねぇ、あの日のルティみたいに今度は二人でフードを被ってるって。ルティはやっぱり目立っちゃうもんね」
「そんな理由なわけがないでしょう?私の妻を不躾に見られたくないから被っているのです。こんなところ早く要件を済ませて出ましょう」
まだ入ってから3分も経っていないというのに、ルティにカップ麺を任せたら1分30秒くらいでかき混ぜだすタイプに違いない。せっかちさんだな。
とはいえ、今日の要件はパーティの再登録とダーツさんに預かりものの手紙を渡すだけですけど。
一度は組んだ私達のパーティはアオイ(50歳)の登録カードが、ユーロピアでアオイ(18歳)で新規登録になったことにより、ソロに戻ってしまっていた。基本的に冒険者をする気もないのであまり気にもしてなかったんだけど、万が一に備えて組んでおきたいらしい。
それに、そういった融通が利くのは初めにパーティを組ませてくれた、ダーツさんのいる、ここミトパイ支部が都合がいいらしい。あの時、なんか大人の事情みたいなことゴニョゴニョしてたもんね。
さて新規登録カウンターで再登録も行える為、並んでいるわけだけど……な、懐かしい!笑顔の素敵なメリさんが成長してちょっと大人っぽくなってるっ!
「こんにちはミトパイの街へようこそ!冒険者の新規登録でしょうか?」
「いや、パーティの再登録を行いたい、ダーツを呼んでくれ」
ちょっと思うのだけど、このギルド用の時の話し方のルティって……新鮮でカッコいい。たまにこの話し方で話してってお願いしてみようかな。
少し笑顔を崩して訝しげに見ているメリさんは、ルティから冒険者証を預かると合点がいったようで、『少々お待ちください』と言って、二階にいるのだろうダーツさんを呼びに行った。できる女っぷりは変わらない。
そして、言付けが終わり降りてきたメリさんに、二階へ案内するからついてくるよう指示された。ダーツさんはギルドマスターだ。本来は軽々しく訪ねられる立場の人ではないよね。
案内してくれたメリさんが『お連れしました』と声を掛けると入るよう返事があった。
「がははっ!ルーティエ、久しぶりだなぁ。以前までは毎月一回くらいはそれなりにまとまった討伐をしてたみたいなのに、この二ヶ月くらいは全く顔も出さなかったらしいじゃねぇか。もしかして引退したんじゃなねぇかって噂まで立ってたぞ」
え……?毎月一回はまとまった討伐!?魔国にいた時もってことだよね?どう考えても睡眠を削ってるってことじゃない!あれほど無茶はしないでって言ったのに!!
隣のルティに睨みを利かせながらポソっと『ルティ、あとでお話があります…』というと、一瞬肩をビクッとさせたものの、フイっと顔を逸らせた。そんなんじゃ誤魔化せないからね!
「ゴホン、余計なことを……。そんな情報までわざわざギルド支部内で共有しているとは、随分と暇なものだ。そこまで私のプライベートな話が回るのであれば、ついでに私は結婚したので、【無駄に私と妻を見るな、触るな、近づくな】と周知させておいてくれ」
「おおっ!!噂は本当だったのかよ!もしかして隣に連れているのが嫁さんか?パーティ再登録するっていうなら紹介くらいしろ」
「お久しぶりです、ダーツさん!ルーティエの妻のアオイです」
「は?いや…え~っと??俺とお嬢さんは初対面じゃねぇか?ルーティエ、俺どこかで紹介されてるのか?そこまでボケたつもりはねぇんだけどなぁ」
「確認に乗じて妻の顔を凝視するのはやめろ。アオイ、やはり凡人にはわからないのですよ」
「いや、誰でも普通はわからないと思うよ。じゃあ、『ルーに座学と魔力循環・操作指導を依頼したアオイ』には覚えはありませんか?」
「あー…そっちはもちろん覚えているさ。コイツがちょっとイカレちまった時のことだし……いや、待て、嘘だよな!?お嬢ちゃんがあのアオイと同一人物じゃ……ないよな?」
「はい、あの時のアオイと同一人物です!」
「妻を呼び捨てるな」
「ありえねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」という驚愕の叫びが部屋中に響き渡るも、予想済のルティは廊下には漏れないように防音結界を張っていた。準備が良い。
「にわかには信じられねぇが、お前が嘘をつく理由もないし、ようするにあのまま口説き落として今に至るんだな。どうやってこの姿になったのかは……どうせ言えないんだろう?それにしても、見違えたなぁアオイさんよ」
「えへへ、まぁイロイロありまして」
「全ては愛の力ですよね、アオイ」
「まだぶっ壊れたままなのかよ!最高だなお前」
「ルティ、ほら渡す手紙は?」
「は?ルティ!?ぶははっ!コイツがルテ…」
「……アオイ、手紙は燃やして帰りましょう」
「おいおい、まぁ待て!すまん、すまなかったって!!で、誰からだよ?」
「お前の父親からだ」
「え?ダーツさんのお父さん!?いつの間に会ったの?」
まぁ、いっつもコソコソと活動しているみたいですし?私がいない時なのかもしれないけどさ。でも、せっかくなら見てみたかったなぁ~スキンヘッドは遺伝なのか、とか。
「アオイも会っておりますよ。紹介しませんでしたか?私としたことが、うっかりしておりました」
「うっかり?……どうせ、わざと紹介していないんでしょ?で、どこで会ってるの?」
ルティの「うっかり」は「意図的」ってもうわかってますからね。いっそ『紹介したくもなかったので』って正直に言えば良いと思う。
「竜王の城で案内と名前を読み上げた、シュバルツ=ネッガーですよ。アオイはあの時なぜか名前に反応しておりましたよね?」
「ええ!シュバルツ=ネッガーさん!?ダーツさんって、ダーツ=ネッガーさんだったの?いや、知っていてもきっと繋がらないけど。へぇ~シュバルツさんの……ん?シュバルツさんはドワーフの人だったよね?ムッキムキの」
「そうだ。俺はそのドワーフの父親と人族の母親のハーフだからな」
「……へぇ~」
「へぇって……全く驚かないんだな」
「当然。欠片も興味がないってことですよね?アオイ」
「違うよ、確かに思い返してみれば似てるなって思っていただけ。それよりも手紙の内容は急ぎじゃないものなんですか?」
「ああ、そういやそうだったな。どれどれ……ん?……はぁあ!?」
「うるさい」
「【手紙が届いたら会いに行く】って書いてあるんだけどよ、お前これ一体いつ預かったんだよ」
「夏だ」
「ルティ……それってまさかだけど、あの一年生の時の夏じゃないよね?」
まさかの彼は静かに頷いた…コクンって頷いたよ!?タイムカプセルみたいに「〇年後の君へ」って手紙なのかな?シュバルツさんもどうしてルティに託したの!
さすがにそれは如何なものかとルティに詰め寄ろうとしたら、床が急に青白く光り出した!これって転移の時の!?
『ヤホ~!息子よ元気だった?父上だよ~♪』
「……え?」
「……ハァ」
「!!!?」
私、宇宙猫。ルティはゴミ虫を見る目で見つめている。息子ダーツさん、白目。
『あれぇ?言葉忘れちゃったかな。やっぱり人族の言葉がいいか……』
「いや親父。わかる、わかるから普通の話し方にしてくれ。なんでそんな変な話し方になってんだよ」
「む?よく見たらお前大人だな!チッ、頑張って損した。昔は怖がっていたから、子供にはこうした方がいいのかと何度も鏡の前で練習したのに。おいルーティエ、お前30年くらい手紙渡さなかっただろ!」
「失礼ですね。ほんの三年弱ですよ。十分早いですし、仮に三年前でも彼はとっくに大人です」
び、びっくりした……お城で見た時のシュバルツさんと全くキャラが違うんだもん。あの時は正装もしていたし、宰相然としていたよね?今日はカジュアル目なシャツとトラウザーズ姿ではあるけど……ジャケットがないと余計にダダ!ダッダダン!な筋肉が際立つ。いよいよシュバちゃんって呼びたい。
「つーか親父は一体何しに来たんだよ?」
「息子に会うのに理由が必要なのか?」
「じゃ、我々はこれで。アオイ、せっかくですからパイッシュでポットパイでも食べて帰りますか?」
「え?でっかいホタテのやつ!?行きたい、行きたい!!」
「「待て待て待て!!」」
「チッ!」
あれ?進まないと思ったら、ルティが二人に捕まってしまってるじゃない!?なんで?
「アオイさん、そのポットパイとやらは予約なしでも食べれるのかな?」
「え?予約なんていらないと思いますけど。屋台だし」
「そうか!やっぱりお前らだったのか、ポットパイを命名した人族とエルフのコンビって!」
「無意識に愛の共同作業を行っていたようですよ、アオイ」
「いや、あれは私が言ったやつじゃん」
名前がついていなかったから、あの時はついお馴染みの名前を叫んでしまっただけなのだけど。あれからポットパイと正式に名前が付けられ、パイッシュでは名物となって賑わっているらしい。
そういうわけで、結局シュバルツさんの粘り勝ちで、ダーツさんも少し長めの昼休憩として四人でパイッシュへ行く事に。もちろんルティはもの凄く不満気だったけど。
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「はぁぁぁぁ……磯の香りはやっぱり良いよねぇ~!」
「ふふ、ここでアオイは動けなくなるほど食べましたよね」
そういえばあの後キシュタルトへは肩を担がれながら行って、宿のベッドで倒れていた記憶が……考えてみたら、どこにも私の可愛げなどなかったように思うのに、ルティってホント奇特な人だなと思う。
脳内で合掌しつつ夫を見上げると、やはり当たり前に目が合い、チュッと軽く口付けられる。
「……え?」
「ピュ~♪すげぇな!ルーティエがこんな人前で口付けるって、ホント変わったなぁお前」
「城でも終始こんな感じだったぞ。愛の力ってやつらしい」
「ハァ、愛を知らないとは、哀れな男共ですね」
「愛に溺れまくってるおめぇに言われたかねぇよ!」
「ところで、アオイさんがずっと固まっているようだがいいのか?」
「私の妻は慎ましいので、人前での口付けには慣れていないのですよ」
「そう思うなら人前でしないでよ!!」
叩こうとしたら手はどちらもあっさりと受け止められ、そのまま指を絡められた。なんでだー!!この時々見せつけたがるの、なんとかならないかなぁ
気持ちを切り替え、大きなプリップリのホタテのポットパイをこれでもかと購入し、空間魔法へ保管。家でも作れるけど、獲れたて新鮮な鮮魚を使っているからやっぱり味が違うんだよね。
『やっぱりここのポットパイは最高だねぇ』なんて言いながら屋台を眺めていると、見覚えのあるイカや殻付きホタテが売っていた。
こ、これは……!?あの時できなかった浜焼きバーベキューが今こそできるではないか!とはたと気付く。空間魔法に醤油とか調味料入れておいて良かった!
「ルティ、バーベキューセットってまだ空間魔法に入ってる?あったら火を起こしといてくれないかな?」
「ああ、あの野営で使ったものでしたらありますよ。準備をしておけばいいのですね」
私達はとりあえず火を扱うので漁港のおじさんに許可をもらい、飲食ブースの一角で海鮮バーベキューをすることにした。
もちろん浜焼きなので、あの時は醤油がなくてできなかったイカ焼きやホタテのバター醤油、サザエのつぼ焼き、アサリのワノ酒(日本酒のようなもの)蒸し、ガーリックシュリンプなど、もはや飲み屋メニューに特化したものを大量に作った。
ダーツさんとシュバルツさんはエール片手にすごい早さで食べていて、私とルティはおにぎり片手にうまいうまいと食べていた。
それを見ていた漁港観光組合長が『少し味見をさせてくれませんか』と言い、気分揚々な私は『どーぞどーぞ!ワノ国のお酒とシューユを使ってるんですよ』と言っていくつか分けた。
「おお、組合長!そういえばこの二人だぞ、ポットパイの命名者」
「おおなんと!では、これがもしかして【ばーべきゅー】ですかな?」
「あれ?おじさんバーベキュー知ってるんですね」
「あなた達のお陰でポットパイは名物になったのです。ぜひ、この海鮮ばーべきゅーも普及させたいのだが、依頼としてならいかがか?報酬もお支払いしますので」
「ええ!依頼として!?あ、じゃあ報酬は海産物を買いに来た時に少しおまけしてもらうでどうですか?バーベキューぜひ普及して欲しいので!」
「ありがとうございます!!きっと海鮮ばーべきゅーも名物にしてみせます!」
「がはは!良かったな!ここでも食えるようになるなら俺も食べに行くぜ」
「息子よ、行く時は私も誘ってくれ。エールが止まらん」
「アオイの故郷の味が色んな場所で食べられるようになるといいですね」
「うん!そうなったら嬉しいなぁ」
その後、香りに釣られて食べた観光客や冒険者からの口コミで【海鮮ばーべきゅー】は人気を博し、エールにもぴったりだったことから、バーベキューしながら飲めるビアホール的なものへと進化していった。
バーベキューは味付け次第で洋風、和風、何でもできちゃうのが良い所だよね。その土地に合わせた名物が増えるといいなぁ
結局、今回も例に漏れず食べ過ぎて、夫の肩を借りて帰ることになった。
そしてダーツさんとシュバルツさんは時々パイッシュへ来ては浴びるほどエールを飲みつつ、バーベキューを楽しんでいる、らしい。
シュバルツさん(ダーツ父)は第三章 4:似た者親子にさらっと登場しています。
パイッシュでの話は第一章 10:旅の醍醐味は~からの繋がりです(^^)