15:あーちゃはヒエラルキーのトップです/side ルーティエ ★
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キラの頭上でキラキラシャワー事件もあったが、すぐに回復を施し、なんとか無事里へ辿りついた。ご自慢の鬣が汚れてしまったキラは、かと言ってどこにも怒りをぶつけるわけにもいかず、なんとも言えない苦々しい表情をしていた。精神的ダメージが大きいな……
さすがにすぐ清浄をかけてやったのだが、『かかった』という事実は消えない。礼金代わりに消臭シャンプーでも渡してやるか……
特に先ぶれも出していなかったので、そのままあーちゃを抱きかかえ、実家まで歩いて向かう。キラには戻ってもらう予定だったが、「少しくらい休憩させろ!そして身体も洗いたい!!」とゴネる為、仕方なく許可をした。
降りた直後に拾った三角の石ころと、少し太めの折れた枝を甚く気に入った様子のあーちゃは、キョロキョロ周りの景色を見ながらも、大人しく抱っこされていた。三角の石ころは『オニギリ』、太い枝は『マキズシ』という食べ物に形が似ているという、なんともあーちゃらしい理由にほっこりとする。
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「母上はおりますか?」
おそらく誰かしらはいると思うが、母上は隠れたビジネスの才能を生かし、経営拡大に勤しんでいる為、不在の可能性もある。
「あら、ルーティエ、それにキラ君じゃない。MBA祭以来よね?もうそんなに年数経ったかし……ちょっと、ルーティエその子まさか…アオイちゃんが妊娠していたなんて、私聞かされてないわよ?結婚式の準備も着々と進めているのに、どういうことなの?
それとも、生まれたばかりには見えない様子からして……ハッ!あなた、まさか隠し子とかではないわよね?返答によっては湖に沈めるわよ!」
「母上、ありえない憶測はやめて頂きたいですね。まぁ、アオイがこのような姿になるだなんて想像もつかないでしょうから仕方がありませんが。この子は正真正銘アオイです。今は5歳のあーちゃですが」
「う、嘘……アオイちゃんが5歳……もう元には戻れないの?それともあと13年待てばいいのかしら?」
「母上、少し落ち着いて。予定では明日の夕方には元のアオイに戻るかと思いますのでご安心下さい。
なにやらワノ国のアジェアで売られているという、妖術の掛けられた【幼児になる焼き菓子】というものを、ゴーシェが他の女生徒から受け取ったらしく……それをアオイがいつもの調子で食べてしまったわけなのですよ」
「なんですって?それってとても危険なものじゃなくって?ファパイ先生の変身魔法はあくまでご自身のみだし、独特な魔力だから判別もできるけど……幼児になるのは身体だけでは…ないようね?」
「はい。見ての通り、あーちゃは超純粋無垢な5歳児、話す言葉も5歳並み、元気一杯で、可愛いを圧縮し、更に可愛いを重ね掛け、そこに可愛いをトッピングして、可愛い箱に、可愛いリボンでラッピングしたような可愛い女の子です」
「すげぇ……さらに可愛いワードが増してやがる……」
「そうね、凄まじい可愛さね…抱っこしても、いい?」
「優しくお願いしますね」
この母上のことだ、きっと騒ぎ立てるに違いない。興奮し、飛ばしかねないので注意深く見張っておこう
「可愛い……」
その一言だけそっと呟いた母の眼差しは慈愛に満ちたもので……よく見ると涙で潤んでいた。全く予想だにしていなかった反応に、さすがの私も困惑する
「母上……それは、なんの涙ですか?」
「え?あらやだ、私泣いていたのね……いえ、純粋に幼子が可愛いのと、ルーティエとアオイちゃんに子供ができたらこんな感じなのかしらって。孫を抱くことはできないかもしれないとずっと思ってきたからそのせいかもしれないわね」
普段はハチャメチャで自由気質な母の姿しか見ていなかったせいか、私と兄上に恋人の影が全く見えなかったことが、母に心労を与えていたのかと思うと申し訳ない気持ちになる。
今後はもう少し親孝行できるようにしようと心に誓うも、その為にはやはりアオイとの結婚が急務となる。
「それにしても、アオイちゃんの5歳時代ってこんな感じだったのね……小さくて可愛すぎない?よく無事に生きて来れたわよね?」
「私もそこには激しく同意致しますが、聞いた話では、女性が一人で歩いていても比較的安全な国だったそうですよ」
「ルーチェ。あーちゃ、おしゃべりちてもい~い?」
「あーちゃ?まぁ、あーちゃって言うのね!可愛らしいわぁ~」
「ええ。あーちゃ、お話してもいいですよ」
空気の読める賢い5歳児のあーちゃは、空気を読んでずっと黙って大人の話を聞いていた。なるほど、タエ先生の話もこのようにして聞いていたのかもしれない。
「このしとはルーチェのママらの?」
「そうです、この人が…」
「そうよ、『アイちゃん』って呼んでね」
「アイたん?こんにちわぁ」
「はうぅぅ♡やだ、なにこの胸の動悸は……胸が苦しい…」
「母上、それも当然の反応ですので、正常ですよ。私なんて昨日から何度となく死にかけておりますからね」
「あなた、愛しい恋人が小さくなってしまった割に、楽しんでいるわね」
「もちろん戻る保証があればこそ、ですよ。それに二日間だけですが、知り得なかったアオイを知れる機会と子育て体験までできるのですよ?」
出会って以降は間違いなく、私がこの世界で一番アオイを知っていると自負しているものの、別世界の過去のことだけはどうしても話に聞く程度しかわからないのだから
「初めての子育てをばっちりサポートできるようにイメトレをしていても、やはり実際に経験する・しないでは全く違いますからね。勉強になりますし、なにより癒されます」
「そうね、実践に勝るものなしよね」
「すでに女の子なら『アーチャ』と名付けようかと真剣に考えておりますが、宝石の名も捨てがたいですし、いっそ略名をアーチャにするか…」
「結婚前からすでにそこまで考えてんのかよ……マジすげぇ」
まだそこにいたのか。うっかり一緒に来ていたことすら忘れてしまっていた。まぁ今回キラは所詮トカゲの乗り物でしかないので、魔車と思えば気にもならないが
「これが大人と子供の差ですよキラ。種を蒔いて終わりのあなたとは違うのです。結婚とは、相手の人生と授かった子の人生、そしてそこに加わる自分の人生も考えていかなければならないのですよ」
「珍しくまともなレスが返ってきた……ふうん、結婚ってちょっと気に入った者を引っかけるのとは違うんだな。親父がそうだから気付かなかったけど」
「キラ君のお父様は王でしょ?王であれば、後継を作る義務が普通よりは大きいのだし、仕方がない部分もあると思うわ、ちょっと多いけど。次代竜王が予定ではアレク君よね?あとは精々次男のキール君くらいまでかしら。
キラ君は三番目だし、気負う必要はないのよ。純粋に自分が一番惚れ込んだ者が、そばに一人いればいいのではないの?」
「そうです。キラまで大勢を囲う必要はないのです。誠実に一人のみを愛し、愛されれば、それで十分ではないのですか?」
「これがアオの言う、誠実一番ってやつか……」
「そーらよ!セージチュいちばんって、たえセンセがハミガキのじかんにいってたよ~」
「はは、タエ先生すげえな……まぁ考えてみるよ」
***
その後 父上も合流し、今まで見たこともない程、目を大きく見開きながら『ルーティエ!!なぜアオイさんに里帰りをさせなかったのだ!』と母上と同じように、勘違い及び憤慨していた。
あーちゃがアオイそのものとわかるや『私はあーちゃのパパだよ~』とこれまた聞いたこともないような優しい声で、あーちゃにパパ呼びをさせていた。少し引きましたね
『ルーチェのパパもイケメーン!れも、ルーチェのパパらのに、あーちゃのパパらの?ルーチェはあーちゃのおにいたん?』と言われ、あーちゃがいくら可愛くても兄妹の関係など望まないので、即否定しておく。
『この人はあーちゃの未来のパパですよ』と言って、とりあえず無理矢理『ふぅん、そうらの?』と納得させておいた。本当に空気の読める素直な良い子です。
ここでも、父が木の実をこっそり口に入れ、それをあーちゃがカラコロ転がし『このアメとけにゃいアメなんらねぇ』と言って、両親をも陥落させていた。罪作りな子悪魔ちゃんです
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もはや両親の瞳孔を♡状態に変えてしまったあーちゃの立ち位置は、頂点を極めているといっても過言ではないし、私自身も跪きたい気持ちである。
念の為、ファパイ先生のところへ変身魔法以外でもこういったことが行えるのか聞きに立ち寄ったが、営業の目印である、黄色いハンカチはかかっていなかった。
代わりに【占い道具を探しに行ってきます】と入り口にメモ書きが貼ってあった…これ以上道具を増やす必要はないと思うのだが、恐らく趣味の一環でもあるのだろう。
良い子のあーちゃを一度お昼寝させ、父から現状を確認する。エルフの里にもそれなりに諜報に長けた者達がいて、世界中に散らばっているのだ。
当然、みな転移は使える者たちなので随時、族長である父の元へ情報が集まってきていた。
「それで、ゴーシェとカーモスらの首尾はどのような状況なのでしょうか?」
「アジェアの現地諜報によると、菓子製造工場は不幸にも黒炎に見舞われ全焼。店舗も3店舗あったのだが……」
父上の話によると、他も偶然、たまたま同日に起きた不運な事故なのだろうが、一方は店舗前に植えられていた木がどういうわけか大きく育ってしまい、店舗内にも枝や葉が生い茂ってしまったそうで営業不可能に。
もう一方は夜に隕石のようなものが直撃し大破、そして最後の店舗も何者かはわからないが刀傷のようなものが店内にたくさん残されていて、問題の妖術師を語るチン=ケンポーという男が蒼穹の刃に取り囲まれている状態で発見されたそうだ。
「チン=ケンポー……聞いたこともない男ですね」
「実験好きの引き籠り妖術師で、この幼児化する薬も実験の失敗から偶然できてしまったものだそうだ。実験代を稼ぐ為に菓子店にそれを持ち込んだものの、あまり多くも作られていないので、一部の富裕層向けにのみ製造していたらしい」
「では、菓子店は完全に巻き込まれた形ですね。まぁ、内容を知っていて製造したのですから同罪ですけど。そのチンとやらは捕らえたのですよね?どう処理されるのですか?」
「おそらくは余計な記憶だけ消すか……もしくは魔法誓約書を書かせるのだと思う。カーモスが身元を引き受けると言っているそうで、何か利用目的があるようだぞ?」
「利用目的……?カーモスが身元引受人というのが嫌な予感しかしないですね」
現地での処理はもうほとんど終わっていて、あとは周辺の風評対策として【あの菓子には幻覚剤が入っていたことが判明、主犯格を捕縛!】と、かわら版に掲載し、ばら撒く手配をしたそうだ。
アジェア潜伏の諜報にも、「継続して摂取していなければ身体に害はない」と吟遊詩人を装うなどして、しばらくそのように風潮するよう指示してあるとか
「ささいな告白から、規模の大きな事件へとなったものですね。まぁ、毒性がないとわかっているので私もこうしていられますが、アオイを苦しめるような副作用や後遺症が残るものであれば、私は本拠地を殲滅後にアジェアの街ごと滅ぼしていたでしょうね。それはそれでアオイを悲しませるのでしょうから、そうならなくて良かったです」
「ルーティエ、お前は最近私によく似てきたな……お前に族長を継がせるべきだっただろうか。そうすれば、里内でアオイさんごと結界内で守りやすかっただろう?今からでもラトと交代したいなら…」
現族長の言葉を途中で止めるのは失礼ではあるのだが、それ以上の言葉は必要ないのであえて手で制して見せた。正直ありがた迷惑なお気遣いとしか思えない
「いえ、私自身も全く望みませんし、アオイが籠の鳥ではいられないのです。せいぜい、離れて行かないように、手を握って離さないだけで精一杯ですよ。
まぁ、それすら殆ど仕事をしておりませんので、彼女を縛り付けることは到底無理なのです」
「フッ、そうか。忍耐強さはアイに似たのだな。彼女はほとんど里から出ない……私の為に。春にアオイさんの応援に魔国へ行って来たときは、それはもう楽しかったそうだ。私も、もう少しアイを気遣ってやらねばならないな」
「惚れた弱みと言うやつですね。アオイは話し合うことが大切だとよく言っておりますよ。わかりあえているようで、実は思い違いをしていた…ということもあるのかもしれませんし」
「思い違い、か」
「初めは良かれと合わせていただけですが、やはりぶつかりあいながらもお互いを知っていく事で、また新たな発見と愛情が湧くものです」
「ハハハ!まさかお前の口からそんなセリフを聞く日が来ようとはなぁ。アオイさんはこんなにもルーティエに影響を与えているとは気付いてもいないのだろうな」
「私も、彼女の前では余裕のある頼れる男でありたいですからね。父上と同じですよ」
「それは違いないな」
こうして事件は、アオイがミニチュア化している間に沈静化し、翌日の夕方、里の私の家のベッドで無事、術が解け目を覚ました
「おかえりなさい、私のアオイ」