雪の地
「……よし、ここだな」
「……ん?特に何も無いようだが……ここからどうするんだい?」
ほぼ垂直になった斜面を登り切り、ようやく目的地へと到着した二人。
しかし、そこはアゼルが言う通り特に何も無く、ただちょっと平らな場所のようであった。
「まぁ、ちょっと待っていてくれ。今は見えないだけ……だッ!」
ダアトは身体を固定すると、迷いなくこんもりと積もった雪を蹴り上げた。
大きな衝撃を受けた雪は、当然のようにごく小規模ではあるが雪崩を起こす。
「うおっ!?ちょっ、何して……えっ!?」
すると、雪の下から非常に狭く、所々が大きく裂けているものの、斜面に沿うようにして上面の平らな氷が並んだ、氷の道が現れた。
しかも、それを辿っていけば山を回り込んで、向こう側へと行けるようになっている。
「えぇ……?よくこんなものがあったね。これ、元々こうなっていたのかい?」
「いや、分からん。先人が作ったものかも知れないし、自然にこうなったってだけかも知れん。ただ、使えるモンは使わせてもらう。……ってか、その辺は長命なエルフの方が詳しいと思うんだが、そこのところどうなんだ」
ダアトが振り返ってそう問うと、アゼルは自嘲気味に「ハッ」と笑い、その直後に満面の笑みで答えた。
「私は森の外のことを全く知らないから旅に出ているんだが?まぁ、スケールを粉雪と水溜りに張った氷にまで落とすのなら答えられないこともないぞ。聞きたいかい?」
「あー……その、すまん。俺が悪かった」
「うむ、わかればよろしい。では、進んでくれたまえ」
許しをもらったダアトは言われた通りに前を向き、氷の道を歩き始めた。
氷の道は存外に硬く、安定しており、ダアトが乗っても微動だにしていない。
その様子を見て、アゼルもダアトの後に続く。
「うおっと、意外と滑るねこれ」
「まぁ、氷だからな。とりあえず落ちたら悲鳴を上げてくれ。助けに入るから」
「ん?それ間に合うのかい?手遅れなんじゃ?」
アゼルが心底不思議そうな様子で首を傾げる。
「いや、意外と間に合うモンだぞ?」
「うーん……まぁ、わかったよ。悲鳴だね」
「おう」
アゼルは不承不承ではあるが納得し、二人は再び道を歩き出す。
溜まった雪を蹴り落としつつ、黙々と氷の道を進んでゆく二人。
道の中盤あたりに差し掛かって、アゼルはふと気になったことを質問する。
「……なぁ、これって多分正規の道じゃないんだろう?本来だったらどう行くんだ?」
「ん?まぁ、そうだな。普通なら……あそこだ。あの他の山よりも少し背の低い山。あそこと、その隣の先端が尖った山の間を抜ける。馬車は通れないから、その場合は普通にぐるっと迂回だ」
山と山の隙間から見える、確かに少し背の低い山を指差しながら、ダアトは解説する。
アゼルは一瞬だけ足元から目を外して、ダアトの指差した方向を見た。
本当にほんの一瞬だけであったが、どうやらアゼルはそれらしい山に検討を付けられたようで、重ねてダアトに質問する。
「成程ね……じゃあ、なんで君はこんな道を知っているんだい?」
「あー……それ聞くか……その、何。アレだよ。俺の呪────体質は聞いたんだよな?」
「聞いたが……もしかして、アレかい?何かに追いかけられた時にたまたま見つけたとか、そんなところかな?」
「お、大正解。雪の巨人だった」
「へぇ、知らないな。どんなモンスターなんだ?」
再び雪を蹴り上げ、雪崩を起こしつつダアトは答えた。
「簡単に言えば『動くデカい雪像』だ。放っておくと周囲の雪を吸収してどんどんデカくなるし、体の一部を切り落とすと、切り落とした部分が別の個体として動き始める」
「え、それ普通に魔法が無いと詰むタイプのヤツじゃないか?その時はどうしたんだ?」
「その時は細かく刻んで麓の方までブン投げたら日光で溶けて死んだ」
「……う、うわぁ……さ、流石最高位冒険者……だな、うん」
「…………引くなよ」
あからさまに引き攣った声のアゼル。
確かにダアト本人からしても酷いゴリ押しだったとは思っていたが、流石に自分から聞いておいて引かれるのは納得がいかなかった。
「えぇ……いや、流石に引かざるを得ないというか。普通は退却して支援を呼ぶだろ」
「いやぁ……試しにやってみたら思ったより上手くいったから……」
「なぁ君、周囲からヤバい奴って言われたことあるかい?」
「……………………俺が聞いている限りは無い」
蚊の鳴くような声であった。
「つまり、影では言われている可能性があると」
しかし、エルフの持つ鋭い聴覚は、そんな声でもはっきりと拾えたようだ。
「……………………………………」
「で?どうなんだ?」
「……お、そろそろこの道も終わるぞ。そうしたらもう少し進んだ場所に洞窟があるから、そこで一晩過ごして明日山を降りよう。ただ、急には降りれないから、少しづつ休憩を挟みながらになるが」
「おい、話を逸らすな。どうなんだそこのところは」
「……………………まぁ、一年足らずで宝石まで上がったからな。そりゃあどこかしらで言われてはいるだろ。俺だってそんなヤツがいたらヤバい奴と言う」
事実、ダアトはギルドの中──特に本部含む上層部──では、ヤバい奴で通っている節がある。
ただ、その多くは好意的な意味での『ヤバい』であるが。
しかし、ダアトにそんなことは知る由も無い。
「ふぅむ……成程な……っと。それがゴールかい?」
ダアトが突然足を止め、人の身長程度の雪の壁を登る。
「……ん、そうだ。まぁ、かなり面白いものが見えるぞ」
「……っと……うおぉ……これは…………壮観だな」
引き上げられたアゼルの目の前に現れたのは、広大な雪の大地。
見渡す限り一面が全て白であり、山に囲まれたその様はまるで白い湖のようにも見える。
しかし、そんな綺麗な景色に気を取られてはならない。
「こっちだ。俺の足跡の上を通ってきてくれ。落ちるぞ」
「ああ……ん?落ちる?」
「…………まぁ、見てろ」
ダアトが剣を抜き、目の前の地面を強く叩く。
すると、けたたましい音を立てて雪が割れ、その下から奈落が顔を出した。
「……な、成程ぉ……」
そう、この場所には、このようなクレバスが大量に存在する。
しかも、それらはほぼ全てが雪で覆われ、発見が非常に困難となっており、この辺りは『天然即死トラップ地帯』になっている。
それは、一瞬でも気を抜けばそれが命取りとなる魔境であり────
「とりあえず、俺の足跡を辿ってくれれば落ちることは────って、早速かい……」
「ん?…………ああ、ようやくお出ましか」
この瞬間においては、ダアトにとっての試練の地である。
ダアトは剣と盾を構え、高速で飛来してくるそれに向き合った。
「……なんでコイツがこんな所に居るのかねぇ……まぁ、もう今更なんだが……」
十数メートルにも及ぶ鱗に包まれた細長い体。羽ばたく三対の翼。
巨人をも縊り殺す蛇の王にして、最強種たるドラゴンの一種。
それ即ち────
「────…………ケツァルコアトル」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──ッ!!!」
空の王者の一角が、雪の大地に降臨した。