登山
「────へぇ!これがかの高名な『山脈』か!話には聞いていたが、やはりすごいな!」
『山脈』の麓。目の前に立ち塞がる巨大な山々を目の当たりにしたアゼルが、目を輝かせながらそんな事を宣う。
そんなアゼルをよそに、ダアトは心の中で底知れぬ不安感を抱いていた。
というのも、理由は簡単今回は、普段とは違って『護衛』の依頼。
ただでさえ『護衛』なんて殆どやった事無い上に、どうせ起こるでだろうモンスターとの戦闘がどうなるか全く未知数であるので、ダアトは不安がっているのだ。
「うんうん、よし!じゃあ行こうか!」
だが、そんなことは知ったことではないアゼルは意気揚々と山に向かって進んでゆく。
ダアトは溜息を一つ吐き、袋を背負い直すとアゼルの後を追いかけて行った。
□
険しい斜面にガントレットを突き立てて昇り、ある程度なだらかな部分に体を固定して、下にロープを垂らす。
今は山の丁度5合目の辺り。既に先程まで立っていた地面は遥か遠く、空気も幾分か冷たく感じるようになってきた。
モンスターからの襲撃は未だに無く、今の所は平和に登れている。
目的地点は7合目と6合目の中間。もうそろそろで到着できるはずだ。
「成……程ッ、やはり、聞くのと、実際にやるとじゃ、違うね……!」
しかし、どうやらアゼルの限界がかなり近いらしい。
そろそろ休憩を挟んだ方が良いか、とダアトが陽の傾き具合を確認してみると、既に太陽は南中を越していた。
「……ん、飯を食おう。これに座るといい」
ダアトは斜面に盾を深く突き刺し、即席の椅子を作る。
そして自身はそのまま斜面にどかりと座り込み、袋から取り出した干し肉とパンを頬張り始めた。
「ああ、有難う。……いやしかし、思ったよりも安全に登れたねぇ。何時になったらモンスターが来るのかと待っていたんだが」
「いや、出来ればそれは継続して欲しい。本当に何時来るか分からんからな」
「おっ、了解だよ」
アゼルも盾の上に座ると、鞄から携帯食料を取り出して食べ始める。
それは所謂『兵糧丸』と呼ばれるタイプであり、とてもではないが美味しそうには見えない。
いや、ダアトが食べている干し肉とパンも大概の不味さであるが。
「うーん……いい景色だねぇ……」
アゼルは水で兵糧丸を流し込み、眼下に広がる世界を見ながらしみじみと呟く。
「やっぱり、森に籠っているだけじゃ駄目だな。こうやって外界に出てこそだ」
「……ふむ。エルフの森には行ったこと無いんだが、他のエルフ達が言うようにやはり退屈なモンなのか?」
「む!『退屈』なんて生優しいものじゃない!アレはもう『虚無』だ!あんなところに何千年も籠っていられるハイエルフどもは、どいつもこいつもみんな気狂いさ!」
何気なく聞いたダアトの質問にアゼルは顔を憎々しげに歪ませ、吐き捨てるように答えた。
「んー……エルマーも同じようなこと言ってたな」
そう言って、ダアトはパンの欠片を口に放り込む。
口のの水分がごっそり持っていかれる感覚に不快感を覚えつつもしっかりと咀嚼し、ある程度まで砕いたら水で押し流す。
そうでもしないと、とてもではないが飲み込めそうになかった。
「それはそうだろう。外界に出てきたエルフは、皆同じような考えを持って飛び出したわけだからね」
「…………ん、まぁ、それもそうだ」
「ああ、そういうものだ。……しかし、そのエルマーとやらは冒険者なのかい?」
「おう。だいぶ長いことやってるらしい。職は槍だ」
「槍?それはまた……」
珍しいな、と眼鏡を掛け直しながら呟くアゼル。
「やっぱり、エルフは弓か術か剣が普通なのか?」
「まぁ、そうだね。森で習うのが基本的にその三つが主流だ」
「へぇ。ってことは、やろうと思えば術とかも使えるのかね?」
「あー……多分出来るんじゃないかな?大抵のエルフは親から術を習うし」
「成程なぁ……よし、それじゃあ動き出すか」
「お、了解」
ダアトは盾を引っ張り出すと、再びガントレットを斜面に突き立てて山を登り始める。
後から降りてきたロープを掴み、アゼルもダアトを追い始めた。
この速度ならば、目的地にはすぐ到着できるだろう。
ただ、目的地に着いたからといって『護衛』の依頼が終わると言うわけでは無いのだが。