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依頼

 空の色が青白くなってきた頃、ダアトは眠たげな目を擦りながらギルドへと出勤した。

 服装は黒く染められた布のシャツにズボンを履いただけで、まさに寝起きといった風態。

 腰にも剣を差しておらず『どうせ依頼なんて来てないだろ』という思考が透けて見えるようである。

 しかし、そんなダアトの考えもあながち間違いでは無い。


 というのもこのダアトという男、『呪い』の性質上強力なモンスターと数多く戦うことになるので、その分昇級の勢いが凄まじく、今現在は宝石等級────つまるところ、最高位なのである。

 ダアトの場合、国とギルドの都合で公表はされておらず知名度はほぼゼロに近いが、それでも最高位は最高位。

 思わず目玉が飛び出てしまう程には依頼料が高い。

 具体的に言えば、一つ依頼を頼むだけの金額で小さめの家が買える。

 そんな男にわざわざ指名依頼を出す民間人など、まず居ない。


「あ、ダアトさん。おはようございます」


 ふらりとギルド内に入ってきたダアトへ挨拶する受付嬢。

 寝巻き姿のダアトを見ても動じていないのは、流石と言ったところか。


「くぁ……あい、おはよーございます……俺に依頼入ってます?」

「ああはい、入ってますよ」

「ん……ん?入ってるの?」


 踵を返し、家路に戻ろうとしたダアトの足が止まった。

 ギギギと振り返ったその瞳からは、ありありと驚愕が見てとれる。


「えぇ……本当に?また騎士団から……?」

「いえ、違います。……まぁ、見ればわかると思いますよ」


 受付嬢は依頼書をカウンターの下から取り出し、ダアトに手渡す。

 ダアトが依頼書の内容を確認してみると、そこに書いてあったのは、『山越えの護衛』であった。


「…………ん?」


 もう一度目を擦ってから確認してみる。しかし、そこに書いてあるのはやはり『山越えの護衛』だ。

 念のためにともう一度確認してみても、書いてある文字は変わらない。

 ダアトは困惑した。


「……え?正気?ちゃんと説明した?」

「まぁ……そちらも見ていただければわかるかと。今、上の宿に泊まっていらっしゃるので、降りて来たら私から伝えておきますから、着替えて来てください」

「…………あー……おう。着替えてくる」


 ダアトは今度こそ踵を返し、未だに人通りの少ない通りを駆け、家へと帰る。

 通りに面したとある薬屋の二階部分。その全てがダアトの家だ。

 恐らくまとまった金が欲しかったのであろう薬屋が、金貨200枚程度で売っているところを一括で購入した。

 中々に広く日当たりも良いので、実に住みやすい。

 ただ、若干薬の匂いがキツいところは玉に瑕か。


 家に戻ったダアトは早々に寝巻きを脱ぎ、インナーと鎖帷子を着てから鎧を装着する。

 ガッシャガッシャと多少派手に動いて動作の確認を終えると、剣と盾をベルトに差し、道具袋を背負って家を出た。

 そして、人通りの若干増えた通りを抜けてギルドに戻る。

 すると受付嬢が入り口の近くに立っており、そのまま流れるように個室へと案内された。

 ダアトは一体何が待ち受けているのだろうかと若干身構えつつ、扉を開くと────


「おっ、来たか。思ったより早かったね」

「ッ…………あぁ、成程」


 そこにはソファに腰掛け、優雅に茶を嗜む絶世の美女がいた。

 ほんの一瞬、その眼鏡の奥から覗く翡翠色の瞳に気圧されたダアトだったが、その金色の髪から飛び出す尖った耳を認めると納得したように頷き、平静を取り戻した。


「では、私は戻りますね」

「ん」


 仕事へと戻って行った受付嬢を見送り、ダアトは依頼人の対面に座る。

 依頼人は一口茶を飲むと、ダアトの目をしっかりと見据えて話し出した。


「さて、ではまずは自己紹介と行こうか。私の名はアゼル・リョース・アルフ。種族はエルフで、職業は見ての通りの魔法使いだ」


 アゼルが両手を開き、己の格好をダアトに見せる。

 確かに、その黒いフーデッドローブとソファに立てかけてある杖を見れば、一目でそうであることがわかるだろう。

 これに三角帽を被っていれば、更に完璧だったのだが。


「ん、ご丁寧にどうも。俺はダアト。人間の剣士で、等級は宝石。……で、今回の依頼について幾つか質問しても?」

「構わないとも。私に答えられることであれば答えよう」


 鷹揚に頷くアゼル。


「まず、『山越え』とあるが、これは北の『山脈』の事を指しているのか?」

「うん。相違ない」

「依頼料の用意は?」

「これで足りるかな?」

「…………問題ない」


 アゼルは下に置いていた鞄から袋を取り出すと、机の上に置いた。

 ダアトは袋を軽く持ち上げ、重さを確認してからアゼルにそれを返す。


「んで、次。俺を指名した理由は?」

「ああ、何。やはり護衛は強い方がいいだろう?それに、受付の彼女から面白いことも聞けたからね。多少高かったが、そこは目を瞑るとも」

「……安全は保証できるか怪しいが?」

「そこを何とかするのが護衛の仕事じゃないか」

「…………まぁ、それもそうだ」


 正論を正面からぶつけられては、ダアトも納得するしかない。

 諦めたように大きく息を吐き、アゼルに向き直る。


「この依頼、受けよう。出発は何時だ?」

「おっ、そうかそうか!じゃあ今すぐだ!出発するぞ!」


 アゼルはソファから立ち上がると、杖と鞄を持ってさっさと扉から出て行ってしまう。


「…………ふ、不安だ…………」


 取り残されたダアトの呟きが、やけに大きく部屋に響いた。

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