機密情報
「失礼します」
街灯の『設置光』がかすかに照らす、真夜中の街道。
辺りを支配していた静寂を打ち破り、凛とした声がダアトの鼓膜を震わせる。
見てみれば、黒いローブを着た五人が、ダアトの家へと向かう道を塞ぐようにして立っていた。
ローブの変形具合からして、中央の一人以外は全員猫人らしい。
息を吐き、体内の酒気を霧散させると、ダアトは頭を押さえながら呟く。
「………………騎士団か」
果たして、それは正解であったらしい。
五人の中央に立っていた人間が、騎士団の作法に基づいた大袈裟な動作で頭を下げる。
他の猫人達も、一拍を置いてそれに倣った。
一糸乱れぬ、見事な動きだ。余程訓練されているのだろう。
「ケテル卿より、『鎧の調子はどうだ』と」
「…………………はぁぁぁぁぁぁ…………」
ちらりと自分の鎧を見下ろし、大きく溜息を吐くダアト。
自ら淡く発光する漆黒のそれは、捻れ、刺々しく、禍々しい。
少なくとも、神聖なものではない事は確かだ。
「んな事、普通に手紙で良いだろうが。なんでわざわざこっちまで出向いて来る」
「申し訳ございません。しかし、『それ』を外部に漏らす可能性を少しでも下げたかったのです」
「だったら俺を指名で呼べよ……それなら絶対に漏れないだろうが」
「いえ、『それ』が貴方の手にあると、下位の兵士は知らぬものでして」
ダアトは呆れ果てたように天を仰ぐ。満天の星空だ。
真上には、兎の居ない満月も輝いている。
目を細め、忌々しげにそれを見上げながら呻くように喉を震わせる。
「……徹底してやがる」
「有難う御座います」
「褒めてないんだよなぁ……いや、褒めてるのか」
ガシガシと乱雑に髪を掻き、視線を戻す。
ローブの者達は、変わらずそこに佇んでいた。
「まぁいい、異常ナシだ。元々着ていたヤツはともかく、これ自体は本当にただの鎧なんだろうよ」
軽くポンポンと────というより、ガシャガシャと胸を叩く。
黒い光がほんの少しだけ強まった。
攻撃と見做され、魔法的な効果が発動したのだ。
「成程……了解しました。では、これにて失礼させていただきます」
「おう」
再び恭しく礼をすると、五人が暗闇に溶けるようにして消える。
それを見届けたダアトは、もはや何度目かも分からない溜息を吐いた。
「……それもこれも全部『呪い』のせいだよ畜生が」
ダアトの『呪い』は凄まじい。
邪教団との戦闘、犯罪組織との抗争。そんなことすらダアトにとっては『よくあること』。
そして二年前、その延長線上でダアトは『やらかし』た。
それも、下手をすれば国をひっくり返しかねないレベルの、とんでもないモノを。
国は焦った。ギルドもだ。
そこで、国とギルドはダアトを無理矢理『運命共同体』に仕立て上げた。
国とギルドの重大な機密を片っ端から握らせたのだ。
その結果、ダアトは、国とギルドにとっての『便利屋』として働く以外の選択肢が取れなくなった。
危険だと分かっていてもダアトが冒険者を辞められないのは、それが理由だ。
「はぁ…………寝よう」
二日酔いでも無いのにズキズキと痛む頭を押さえ、ダアトは再び家路に着く。
そろそろ胃薬を買っておいた方がいいかな、なんてことを考えながら。