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プロローグ

 ────狂人というものは、本当にこの世に存在するんだな。

 薄れゆく意識の中、黒山剛(くろやまつよし)はやけに冷えた脳でそんな事を思った。


「お■!■■よ!や■■■た!私■や■遂■■■■!!」


 遠ざかってゆく視界に映るのは、血糊の付いた包丁を振り回し、天に向かって叫ぶ男。

 警官らしき人間が組み付きどうにか抑え込もうとしているものの、男はそれに対して一切の反応を示すことなく、ただひたすら叫び続けている。


 黒山剛は高校生だ。青春真っ盛りの高校生活を全力で楽しんでおり、つい先程までも普段通り通学している最中あった。

 そんな中に、駅の改札で突如として人混みの中から飛び出してきたのがこの狂乱した男。

 男は一直線に黒山へと接近し、その手に持った包丁で黒山の腹を突き刺したのだ。それも一度きりでは無く、執拗に何度も何度も、確実に殺せるように。

 おかげで、男が引き剥がされた時には黒山の内臓の悉くがズタズタに引き裂かれており、もはや黒山の命に助かる見込みなど無いことは、誰の目から見ても明らかであった。


 黒山は何とか男が叫んでいる内容を聞き取ろうとしたが、改札はもう既に悲鳴と怒号が飛び交う阿鼻叫喚の地獄と化しており、男の声は掻き消されて殆ど聞き取ることが出来ない。

 仕方が無いので、黒山は聞いたところでどうせ碌なものではないと諦めた。

 そこでふと黒山は、滅多刺しにされ血が溢れ出しているであろう己の腹に意識を向けてみる。

 先程まであれほど苦しめられていた腹の痛みは和らぎ────というか感じなくなっており、それに気付いた黒山は急激に冷えてゆく自分の体を自覚した。


 それと同時に襲い来る、凄まじい眠気。黒山はそれに己の死を感じ取った。

 黒山の脳裏に両親の顔が過ぎる。しかし、黒山はこの状況に対し、ほんの少しも希望を見出すことが出来なかった。

 全てを諦めた黒山は両親に心の中で謝るとゆっくり目を瞑り、抗う事なくそれを受け入れる。

 どこか心地の良い浮遊感が体を包み、そのまま意識を手放して─────

 

 













 ────どうなってやがる、畜生が。


 回想を終え盛大に舌打ちをしつつ、ダアトは腰から剣を引き抜き盾を構える。

 ずしん、ずしん、と地面を揺らしながら、それは棍棒を担いで現れた。

 緑色の肌に包まれた、ダアトの4倍はある巨大で筋骨隆々な肉体。

 禍々しく煌めく黒い角を額から生やしたそれは、自身の身の丈程の岩すら軽々砕く、人間など足元にも及ばない正真正銘の化け物。

 即ち『人食い鬼』こと、オーガである。


「■■ッ!!」


 ダアトの姿を捉えたオーガは、その巨大な一歩でダアトとの距離を一瞬にして詰め、一切の容赦なくその棍棒を振り下ろす。

 ダアトはその致命的な一撃を盾で受け、力の方向を横へと逃がすことで棍棒の軌道を逸らした。

 真隣で地面が爆裂し、無数の土塊がダアトへと襲いかかる。

 だが、オーガとの戦闘中にそんな事へと気を回している暇は、ほんの刹那も無い。


 流れるように滑らかな動作で、ダアトは剣を振り上げる。

 ダアトの持つ剣は所謂『魔剣』の類だ。剣身の放つ淡い光がその証拠。

 魔法の掛けられた剣は性能に差こそあれど、どれも例外なく通常よりも鋭く、丈夫で、軽い。

 鋼鉄ですら切断を可能とする逸品で以って、ダアトはオーガの伸びた腕目がけ、全力で剣を振り下ろした。


「ッ……!これでも無理か……!」


 しかし、それでもオーガの剛腕を切り落とすことは叶わなかった。

 人間の何倍も太く、そして硬い骨に阻まれ、剣は腕の中程でピタリと静止している。

 だが、腱の何筋かは切れたらしい。オーガは握力を失い、棍棒を取り落とした。


「■■■■■■■■■■■■■ッッ!!!」


 オーガは悍ましい悲鳴を上げ、腕を滅茶苦茶に振り回す。

 技など一欠片も無い、まるで子供のような稚拙な攻撃だが、それの動作の主がオーガであるのならば話は別。ほんの少し掠るだけでも重傷は免れない死の嵐だ。


 ダアトはそれを大きく飛び退いて避け、そのまま距離を取る。

 その際、ダアトの視界にオーガの血で染まった『魔剣』の剣身が映った。

 いくら『魔剣』と言えど、血脂による切れ味の低下は抑えられない。

 ダアトは鋭く剣を振り、べったりと付いた血脂を払う。


「■■■■■■■■■■■■■■■■────ッッ!!」


 そして、その間に体勢を立て直したオーガが激昂し、雄叫びを上げながらダアトに突っ込んで来る。

 凄まじい速度で迫り来る、ダンプカー以上の圧倒的な質量。『破城槌』とも称されるそれは、過剰なまでの破壊力と殺傷力を兼ね備えた、オーガにとっての『最強の一撃』だ。

 その威力は、かの最強種たるドラゴンですら回避を選択する程。

 もしこれに人間が正面から当たったのならば、文字通り木っ端微塵だろう。


 しかし、そんな圧倒的なまでの『暴力』を目の前にしてもダアトは冷静だった。

 深く腰を落とし、視覚を研ぎ澄ませて、虎視眈々とタイミングを窺い────…………


「■■■ッ!!?」


 跳躍。

 体を捻り、オーガの股の間を抜けて突進を回避する。

 そのまま空中で『魔剣』を振るい、オーガの踵の上────アキレス腱を切断した。


「■ッ!!?■■■■■■■■■■■■ッッ!!!!!」


 勿論、そんなところ切られてしまっては、走る事は愚か歩くことも不可能。

 着地したオーガの足が、嫌な音を立ててねじ曲がる。

 一気にガクンと落ちる速度。伴って発生する凄まじい慣性。

 抵抗などできるはずもなく、オーガは轟音を響かせて転倒した。

 突如として口の中に広がった草と土の味に、オーガの思考が白く染まる。


「…………■ッ!!?」


 当然、ダアトはその隙を見逃さない。

 素早くオーガの背中に飛び乗ると、その無防備な首筋に剣を突き立てた。


「■■■■■■■■■■■ッ!!?■■■■■■■■■■■ッ!!!?」


 身を捩り、必死に抵抗するオーガだったが、時既に遅し。

 ダアトは全霊の力で以って、オーガの首をへし折った。


「■■■ッ■ッ……■……!」


 飛び出さんばかりに目を見開き、ゴボゴボと血の泡を吐きながらオーガは絶命する。

 ずしんと地面に沈み込み、3回ほど痙攣するとその身体も完全に静止した。


「……はぁ、本ッッッ当に、どうなってやがる」


 ダアトは大きく溜息を付き、オーガの死体の前で項垂れる。

 

 転生者であるダアトは、転生特典か何かは分からないが、とある『祝福』を授かっていた。

 教会の大司教様曰く、『試練の祝福』。

 なんでも「大成せよという神からの思し召し」とのことだが、ダアトはそう思わない。


 こんなものは『祝福』では無く、『呪い』だ。

 実際、ダアトはこの『呪い』のせいで幾度となく命の危機に瀕している。

 ゴブリンの退治をしようとしたら巨大なゴーレムが出て来たこともあるし、盗賊の捕縛をしようとしたら邪教団との戦闘になったこともある。

 勿論、これだけでなく他にも無数にそんな事が起こった。

 今回だってそうだ。


 何度も何度もこんな稼業は辞めたいとは思ったが、色々な機密を知らず知らずのうちに握らされてしまったせいで、冒険者を辞めることも出来ない。

 これも全て、この『呪い』のせいなのだろう。

 仕方がないので、今日もダアトは『呪い』を背負い、ギルドへの帰路に着く。

 明日は休みがいいな、なんて儚い思いを抱きながら。


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