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弔旗を掲げよイワン  作者: 南伽耶子
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クレムリンまで2000メートル

月も24日となれば少しでも春の足音が聞こえてくればいいものだが、ここモスクワには雪はないかわり、ひどく寒い。

モスクワの中心街を行き交う人々は、分厚いコートやダウンジャケット、マフラーや毛糸の帽子、フードで顔を覆い、ちらちらと手にしたスマートフォンを見ていた。

地下鉄の駅から上がって来るもの、建物の陰からぶらぶらと大通りに出てくるもの、みな憂い顔で携帯の画面を見ている。

表通りや建物の間には警備車両が止まり、武装した治安維持部隊が警戒を怠らない。

プーシキン広場のアメリカのハンバーガーチェーン・マクドナルドも人が大勢入っていたが、みなスマホと表通りを眺めているのだ。

なぜここに集まるのか。みな分かっていた。

今日、ロシアの軍隊が国境(そう、国境だ)を越えて隣国ウクライナに攻め入ったのだ。

一昔前なら国から供給される統制下の情報しかもたらされなかったろうが、今は2022年。一人一台以上スマートホンやデジタルカメラを持つ時代だ。

個人が撮った映像はあっというまにwebのうみに放流され、世界を流れる。そして世界中の人々の投網にかかるのだ。

ウクライナの人々が撮った爆撃される建物、銃撃される避難の車列、破壊された建物の中で押しつぶされた人々の遺体…それが世界、そしてロシア国内にも放たれた。

ロシアの人々は知っていた。

この『情報を得る自由』がどんなに脆く危なっかしく、そしてすぐに断ち切られるものか。

我々が人殺しの国家、国民になるなんてごめんだ。

その一心で人々は仲間を求め、繋がりを求め、同じように恐怖や不安に駆られる人を探して大通りへ繰り出したのだ。

春の日はすぐに沈み、北風の吹き付ける夜が来た。


通り一杯の人々は叫んでいた。

Нет войне!   Нет войне!

ニェットボイネ


既に政府から、無許可の政治行動への参加に対しては厳罰に処するとの布告があった。

だが市民は集まった。

一人の女性が黄色と青のウクライナ国旗を大きく広げて振る。戦争反対。叫び声が一人、また一人と加わり大きなこだまと化した。

すぐに迷彩服に身を固めた治安維持部隊が駆けつけ、女性を引っ張っていった。

たちまち周り中の人々がスマホを向け、動画を撮り、写真を李フルタイムで世界中に投げかける。

迷彩や黒の制服に黒いマスク、ヘルメット姿の警官たちが通りに立ちはだかり、人の壁を築いた。

アメリカの象徴のようなマクドナルドののイルミネーションが、にらみ合う市民と警官たちの頭上に輝く。

あちこちで声が上がった。

白い弔いの花束を抱え、人々に配る女性が逮捕された。

『no war』のプラカードを抱えた少年が、両手両足を抱えて連れていかれる。

「あなたたちは人殺しの味方なの!? 私たちはただ平和を願っているだけよ」

警官隊に食って掛かる老婆が、体を抱き上げられて連れていかれた。


人々は叫び、涙を流し、そして蹴散らされ始めたかのようにみえたが、また場所を変え、集まり、解散させられた。

「私はどっちにいたらいいの!? パパはウクライナ人なのよ!」


「я люблю мир 私は平和を愛する」

そう幼い手書き文字で描かれた、ヒマワリのプラカードを掲げた少女が、手を引かれ、警察車両に押し込められた。

その先に、初代秘密警察長官ジェルジンスキーの像が鎮座するルビャンカ広場、そして ロシア連邦保安庁FSBの建物がそびえている。


この日、モスクワのプーシキン広場に反戦を叫び集まった人々は2000人、治安維持部隊に拘束された人数は、モスクワ全体で1000人余。

ロシア全体では約58の都市で1820人が逮捕拘束され、収容施設で取り調べを受けた。


すぐ、外国人も例外ではなくなった。

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