4.?
「今回だけは見逃してやろう。二度とここらに顔を出すなよ」
ホワイトの言葉に、明け方スミス屋敷のそばで捕まった男は何度も頭を下げると、ドアの隙間から滑り出るように姿を消した。
誰もいなくなった部屋の中で、
「……さて、どうしたものか」
つぶやいたホワイトが、頭の後ろで手を組んで椅子の背にもたれかかる。
目の前の質素な保安官のデスクの上では、男から取り上げた証拠の品が――見たこともない大きさの宝石がついた、美しいブローチが輝いていた。
昼前にデボラと話したときには、途中で説明を遮られてしまったが、実はあの話には続きがあった。
何も持っていないように見えた件の泥棒だったが、捕らえたあとで入念な身体検査を行ったところ、やつは肌着に縫いつけたポケットの中に獲物を隠し持っていたのだ。
「……」
机の上のそれを手に取ったホワイトが、窓から入る午後の光にかざして眺める。
大粒のサファイアが飾られた、古風なデザインのブローチ。デボラの言っていた、祖母の形見の品で間違いないだろう。
だが、同時にこれは、持ち主であるデボラによって、決して自分の部屋から盗み出されてなどいないと断言された代物でもある。
デボラと彼女の婚約者ジェラルド、それに、ひと癖ありそうなメイド。今日の捜査で話を聞いた三人が三人とも、口では「何も知らない」と言いながら、保安官である自分に何か隠しているようだったが。
「――やれやれ」
ためいきをつくと、保安官は人のよさそうな顔に苦笑を浮かべた。
「仕方がないな」
武骨な指が、見た目よりも素早く動いた。
まばゆい宝石が、瞬きする間にくたびれた上着の内側に収められる。
「――おかげでカーラの薬代も、ベスの嫁入り支度も間に合いそうだ」
長年の労働で日に焼けた顔の中で、ホワイトの細い目が鈍く光った。
ほとぼりの冷めた頃、離れた土地のその手の店にこれを持ち込めば、目玉が飛び出るほどの値段がつくに違いない。
さっき逃げ出したあの男を除けば、例のブローチがここにあることを知る者はない。それどころか、スミス屋敷に泥棒が入ったことすら、この先明るみに出ることはないだろう。
娘に甘いスミスと妻が、デボラの嘘に気づくとは思えない。
長年の友人であるスミスに隠しごとをするのはしのびないが。
宝石の一つや二つなくしても気づきもしないような銀のスプーンをくわえて生まれてきた間抜けより、喉から手が出るほど金を欲している勤勉な貧乏人の方が、よほどこのブローチの持ち主にふさわしい。
神様だってきっと、そうお思いになるだろうさ。
――元々、ここには存在しないはずの物ならば。
深いしわの刻まれたホワイトの口元に、ゆっくりと笑みが浮かぶ。
――偶然みつけた自分が手に入れたところで、誰ひとり文句をいう者もないはずだ。
なにしろ、あれほど自分が尋ねたにも関わらず、今日あの屋敷で会った誰もが口を揃えて言ったのだから。
泥棒など、出なかったと。
【 了 】