策謀と錯誤
新しい展開です。
「それで教国の幻影とはまだ連絡が取れんのか!?」
ウェストフラン王国から遠く離れた聖マーロ教国の首都ビザン。その一角で、反教皇派と見做されている枢機卿が従者に向かい叫んでいた。
「はい。一度、ウェストフラン側に拘束はされたものの、その後の調べでも犯罪を証明する決定的な証拠は出なかったので程なく解放されたとの報告だったのですが…それ以降の情報がありません。本人との定期連絡も途絶えたままです。」
「本人から連絡が無いとはどういうことなのだ!奴らには皆誓約がかかっているのだろう!?こちらの指示に反した行動は出来る訳がなかろう!何故連絡がつかんのだ。」
「その筈なのですが…」
従者も困惑したように返事していた。
反教皇派の思惑では、先日のウェストフラン王国での王太子も参加する卒業パーティーで聖女への襲撃を企て、教皇及び擁護する勢力に痛撃を与えるはずだった。
他国の聖女を臆面もなく容認している教皇やその支援派閥には動揺を与え、偶然聖女を手にして調子に乗っているウエストフラン王国の信頼感低下、更に彼の国の王族と公爵側との間に疑心暗鬼を生じさせる等、幾重にも謀略を施した上、実行者を歴代最高傑作と言われている教国の幻影を配するという、万全にも万全を期した策だったはずだ。
万が一の失敗も無いと確信していたのだが現実は、襲撃は未然に防がれ、王国内の不和も起こせず、更には襲撃犯までが行方不明になるという、何一つ成果のない、むしろこちらの責任を問われかねない失態になる最悪の結果だった。
「あれから王国支部から何も連絡が無いのか?」
枢機卿はイライラしながら何か手掛かりはないものか、と部下を問い詰める。
「はぁ…王国支部にも再三確認しているのですが、責任者はコンスタン司教ですので、こちらの都合だけで派手に動くわけにもいかず。親善団もほとんどが帰国の途についております。調査は進んでおりません。」
「チッ、あやつは腰抜けの中立派だったか。この大事な時に日和見連中ごときに邪魔されるとは忌々しい。」
本国では教皇派、反教皇派と対立して権力闘争を行っているが、他国の支部では現地の布教や各国の上層部との対応など、本国並に権力闘争に耽っているわけにもいかない。自然と中立な立場でいる者が多いのであった。
「何としても教国の幻影と連絡を取るのだ、いいな!」
枢機卿に厳命された部下は、頭を下げるしかなかった。
「ちょっとそっちの端、押さえてくださーい!」
朝の礼拝を終えて、今日は孤児院の手伝いに来ていたミツキは、だいぶガタがきている物干し台の修理を手伝っていた。たまたま聖女を訪ねてきティエリ伯爵も一緒に。
「こっちも押さえてもらって良いですか?ストー…ユリアンさん」
ちゃっかりそこに教国の幻影も混じっていた。最近では見慣れた光景だ。
「ねぇ、聖女様、直った?」
「うん、これで大丈夫だよ。やっぱり大人が手伝うと早くて安心だね。しっかり直ったよ。あと、ミツキおねーちゃん、でしょ!」
へへーと笑いながら孤児院の洗濯係の女の子が走っていく。彼女はこれから洗った洗濯物を干す仕事が残っている。
「ティエリさん、ユリアンさんありがとうございました!」
「いや、私はたまたま近くに来たついでに、そう、古代文明の文献について意見を聞きたくて立ち寄ったのだから構いません。」
史跡分析官リーダーのティエリ伯爵は相変わらず仕事だと言い張ってミツキの元に頻繁に顔を出していた。
これで実際、文献の解析が以前と比較して大幅に進んでいるという、一概にサボっているとも言えないのが周りから苦笑されながらも見守られている理由だった。
同僚のユベルト準男爵に言わせると単にヘタレというものらしいが。
「ユリアンさんも…」
ミツキが振り向いてお礼を言おうと思ったが既に彼の姿は無かった。基本姿を見せず神出鬼没なのだ。ミツキの呼びかけに対しては簡単に出て来るのであるが。
ミツキがキョロキョロと周りを探していると、反対側から声がかかる。
「ミツキ様、本日は午後から王都騎士団への訪問となります。昼食は早めにお願いしますぞ。」
「あ、司教様。わかりました、もうちょっと孤児院のお手伝いやったら行きますね。」
コンスタン司教が教会の方から歩いてきて、ミツキに声をかけた。
司教は最近、聖女様の周囲に本国で有名な組織の人物のカゲがチラついている事に気付いてはいた。その人物がある方面では特に有名で教国の切り札的存在だったことも。
最初は司教も彼の目的が分からず扱いに困っていたが、最近では完全に過保護な護衛ポジションで問題なしと認識していた。
更に教会関係者が居るときには姿を現さないようにしていることも察していた。先日の皇太子の接触は緊急事態だったのだろう。あれ以来まともにその姿を見る機会はほぼなかった。
自分は中立派であるため彼らを能く使うような状況ではなく詳しくは無いが、あの手のものが自由意志で動いている事には疑問を覚えていた。しかし本国からの正式な指示も無い。
王国支部の自分の部下に対して、本国側から非公式に何かを探りに来ている連絡は来ているようだが、司教は我関せずを貫いていた。
せっかく小康状態を保ってるのだ。これ以上の面倒事は勘弁して欲しいといつも以上に神に祈るのだった。