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教皇の真意

 神聖マーロ教国。

 女神ヘレナを主神として崇めるオリュンポス教を国教とし、その総本山となる大教会を首都ビザンに擁する宗教国家である。

 教皇をトップとした枢機卿団が事実上の国家運営を担っており、同様にオリュンポス教を主な宗教としている周辺国家にも多大な影響を与えると見なされている。


 今代の教皇には約10年前に即位したフリードリヒ三世が就任している。即位当時17歳だった教皇聖下は10年経った今でも周囲の役職者からすれば、まだ年若い教皇であり、一部の枢機卿達からは甘く見られることも仕方ないことではあった。

 その結果、本質を見誤り、甘く見たしっぺ返しが返ってくることもまた、仕方ない事なのだが。


「それで、その枢機卿(馬鹿)は、まだ教国の幻影(ミラージュ)を探していると言うことかな?」


「はい、教皇聖下。教国の幻影(ミラージュ)の所在をまだ掴めておらず、また王国では利用できる手足も少ないため、手詰まりとなっているようでございます。」


 その若き教皇は部下である異端審問室室長から王国で起こったトラブルとその後の報告を受けていた。


「どう転んでも構わないと思ったから、愚策だけど見逃してたんだけど。保身と利権にだけは熱心な人だったし、自分の利益優先とはいえ、少しは教国の為になる結果がでるかも!?と期待したのになぁ。まさかの成果なし、むしろマイナス?」


「お戯れを。」


「結果的に優秀な部下を失った君の方がショックを受けているんじゃないの?」


 異端審問室は教国の幻影ことユリアンが元々所属していた組織である。教義に反する様々な疑惑や行動の調査、介入と対策処置が主な活動であり、物理的にトラブルを解決する為には一定の実戦能力も必要となり部隊を整えていた。

 ユリアンは孤児出身であったが幼少から実戦部隊としての数々の秘技をその身体に叩き込まれ、元々適性があったのか早々に頭角を現した。若くして前線での活動が増えていき、教国のために周辺各国にまで出向いて様々な活動を行い、他国でも二つ名が轟く程の実績を上げていた。


「多少は名が知られるようになった腕利きとはいえ、所詮、現場の駒の一人であります。また誓約が解けた程度で教義から外れる行動を取る者などに真の重要案件を任せられるはずもなく、重用する事はあり得ません。」


「まあね。彼は心から忠誠を誓ってるようには見えなかったからねぇ。」


 室長は顔を伏せたまま僅かに眉を上げていた。教皇聖下はたかが現場の一審問官であるユリアンを知っていて、尚且つその本質に気づいていたらしい事に驚いたのだ。


「まあ、そろそろ反対派を潰すに良いタイミングになるからね。もう少し枢機卿(あの馬鹿)は泳がしていて良いよ。教国の幻影(ミラージュ)の脱退騒動に絡んでもう少し王国でやらかしてくれたら配下も連座で処分できるからね。」


彼の方(かのかた)の足掻きで、王国の聖女様に危険が及ぶのでは?」


 本気で心配してはいないが、実働部隊の長としては不測の事態に対する心構えを一応確認する必要があった。


「聖女ねぇ。君の部下、ああ元部下になったんだっけ?が、何だか面白い感じになって一日中側に付いてるんでしょ。彼も腕だけは確かだから大丈夫じゃない?それに王国側の護衛もしっかりと強化されてるみたいだし。」


「王国側での聖女様護衛強化の状況は、聖下にはまだ報告前のはずですが…。それでは王国の支部長から本部に来ている教会としての護衛増強依頼はいかがいたしましょうか?」


「王国支部にも武闘修道士ぐらいいるでしょ。でもまあ、そうだね、数人なら適当に見繕って送って良いよ。」


「御意に。」


 室長は未報告の情報も正確に把握し、更に深く洞察して判断を下している上司に対し、改めて畏敬の念を抱いた。何故知っているかなどと聞くことすら畏れ多い。彼は骨の髄まで教国の信者(狂信者)であった。

 尊敬する上司の指示を実行するために彼は音も立てず退出していった。





「枢機卿猊下。どうやら教皇側から新たにウェストフラン王国支部への護衛勢力として三名の武闘修道士が送られるとの情報を掴みました。内、一名をこちらの手の者で指名し組み込んでおります。」


 反教皇派の枢機卿の元には早速、聖女への護衛強化の情報がもたらされていた。


「そうか!でかしたぞ。もうミラージュだけには構ってられん。最悪、直接聖女への工作もそやつに担わせるのだ!わかったな!」


「委細、承知しております。こちらからの要員を張り付け、本部から余計な横槍や詮索が出ないように対処致します。」


 王国支部への護衛要員派遣に乗じて、教国の幻影に代わる自らの手駒となる工作員を自然に紛れ込ませる。普段は護衛として働かせ、いざという時に備えた要員配置を行っていた。


「聖女などと大袈裟な飾りが大きな顔をしているのも今のうちだ。我が国に貢献するならまだしも、他国に居てそこで慈悲を与えているだけなのなら、せいぜいワシらの為に役立ってもらわんとな!」


 少なくとも教国上層部の一部では、長年続いた平和が悪い方へ作用しているようだった。

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