【書籍化】拝啓、未来の旦那様。殺された姉の子供を引き取ることにしたので、私との婚約を破棄してください。
『ヴォイド様。私はもう、貴方を愛し続けることができなくなりました』
窓から月明かりが差し込む薄暗い部屋で、私は自分が書いた手紙を読んで瞳を濡らしていた。
『さしあたりましては、五日後に王城で行われる建国パーティの夜。ヴォイド様は私との婚約を破棄なさってください。そしてできれば私を嫌ってください。私が貴方への恋心を諦められるように』
愛を紡ぐ手紙がラブレターだというのなら、別れを告げる手紙は何ていうのかしら。
そんな事を思いながら、一枚にまとめられた簡素な手紙をパサリと机に置いた。
「馬鹿ね、私ったら。たったこれだけのことを書くために、三日も掛けるだなんて」
机の上には、今書きあげた手紙の他にも、書き損じた手紙が山のように積み重なっている。
どの便せんも、私の筆跡でビッシリと文字が埋め尽くされていた。
その内容は、初めてヴォイド様と出逢った幼き日のことから、婚約関係になった今までのこと。
お茶会での思い出、彼から貰った手作りのブローチ。
初めての喧嘩と仲直り。
そんなたくさんの思い出を綴っていたら、一冊の長編小説みたいな量になってしまった。
「別れを切り出すために本なんて贈られたら……きっと彼なら私を笑うわね」
優しい婚約者の顔を脳裏に思い描きながら、私は悲しい笑みを浮かべた。
「叔母上……」
ここ数日、ずっと部屋に閉じこもりがちだった私が心配になったのだろう。
部屋の入り口から、こちらを覗く人影があった。
「あら、グレイ。どうしたの?」
姉の息子、グレイ。
十歳になったばかりの可愛い甥っ子だ。
彼はこちらの様子を窺うように、おそるおそる声を掛けてきた。
「叔母上……僕のせいで、大事な人とお別れしなければならないのですか……?」
「いいの。私は貴方のお母様にたくさん愛してもらったから。その愛を、今度は貴方に返す番なの。だからグレイは何も心配しなくていいのよ……」
私はそう言いながらグレイの元へ近寄ると、今にも泣きそうな彼を抱き寄せた。
栗色の柔らかな髪、優しそうな瞳。
もう二度と逢えないお姉様と同じ面影がある。
グレイの頭を撫でていると、視界の端に追記で書いた手紙が目に入った。
『これは私の予想ですが……先週の大雨の日、姉と両親は誰かによって殺されました。義兄の家から帰る馬車を盗賊に狙われたようですが、盗賊にしては偶然が過ぎています。私は唯一生き残った甥を引き取り、田舎に身を隠して余生を――』
(この事件を知れば、無関係な争いにヴォイド様を巻き込むことになる。そしてこの子も、間違いなく危険な目に遭わせてしまうわ……)
グレイは必死に私の服を掴んで、離さないようにしている。
母を奪われたグレイは、庇護者である私を失うのが怖いのだろう。
(大丈夫。何があっても、私は必ず貴方を護るわ……)
彼の体温を感じながら、ヴォイド様に宛てた二枚目の手紙は入れないことに決めた。
◇
建国パーティの当日。
私はグレイを連れて会場へと向かった。
王城に設営された会場には、王都に住む多くの貴族たちが子供から大人まで集まっている。
「叔母上……」
「グレイ。ここでは私を母と呼ぶのですよ。そして何が起きても、口を開かないこと」
「しかし、それでは……」
歳の割に、グレイは聡い子だ。
これから私がしようとしていることも察しているに違いない。
手を繋いでいる私の顔を心配そうに見上げている。
少し言い方が厳しかったか、と反省した私はその場で屈むと、彼と目線を合わせた。
「ごめんなさい。でもこれは貴方のためなのよ。私も頑張るから、グレイも協力してくれる?」
「……はい。母上」
「良い子ね、グレイ。時間が来るまでは、あちらで美味しいものでも食べていなさい」
食事が集まっているテーブルを指差してそう言うと、グレイは素直にコクンと頷いた。
まだパーティは始まったばかり。
公爵であるヴォイド様は、もう少し後になってからご来場されるはず。
「さて、もう一つの問題だけど……」
姉を殺した犯人だと思しき人物との接触は、極力避けておきたい。
一番疑わしい義兄は、喪に服してパーティに参加しないと思うけど……。
「うそ、どうして義兄様が……まさか、お姉様が死んだことを知らないとでもいうの?」
私の期待は呆気なく裏切られてしまった。
ちょうど会場の入り口から、義兄であるピエッタ侯爵が若い第二夫人を連れてやって来るのが見えたのだ。
「――チッ。どうしてアイツが……」
義兄もフロアに立っていた私に気付いたようで、眉間に皺を寄せながらこちらへ向かってくる。
第一夫人である私の姉を喪ったばかりだというのに、こちらに配慮する様子なんて微塵も感じられない。
「久しぶりだな、シェリル。相変わらずお前は地味な恰好を……せっかくの華やかな宴を台無しにする気なのか?」
「ご無沙汰しております。ピエッタ卿。お元気そうでなによりです」
「……ふん。嫌味にも顔色一つ変えんとは、相変わらず面白味のない女め。貴様のような女が婚約者とは、ヴォイド卿も見る目がないようで実に嘆かわしい。まぁいい。お前にはもう用はない。早く失せろ」
自分からこちらへ向かってきておいて、早く失せろとはどういうことなのかしら。
話すことが無いのなら、最初から来ないで欲しかったのだけど……。
――そして私を前に、この態度。
やはり、姉のことは何も知らないらしい。
(この男は姉を別宅に押し込んで、もう何年も会っていなかった……どうやらグレイの話は事実だったようね)
便り一つ寄越さなくなった姉を心配し、私の両親が密かに調査をしていた。
おそらく両親は、別宅に居たお姉様とグレイを連れて帰ろうとしたところを、誰かに狙って襲われたようね。
(妻に逃げられるという醜聞を恐れた義兄が、強盗に見せかけて殺したのかとも思ったけれど……違ったのかしら)
ピエッタ卿の態度は何かを隠していたり、嘘をついているようには見えない。
とすれば、次に疑わしいのは……ピエッタ侯爵の隣でニヤニヤと嗤っている、この女。
「本当に醜い一族ですわね、アナタ。あの女と一緒で、愛想がなくて不細工で、女としての魅力に著しく欠けた出来損ないだわ」
「おい、ジェリア。お前と違って、あんな夜もつまらん女の話なんて止めたまえよ。ククッ……」
「…………」
……驚いたわ。
怒りが頂点を越えると、人って逆に冷静になれるのね。
今目の前にいるのは、決して義兄なんかじゃないわ。
グレイの父親でも、私の家族でもない。心の醜い、人の皮を被ったただのクズだ。
でも私のことは何と言われようとも、別にいいわ。ただ心配なのは……
(お願い、グレイ。今は戻って来ないで……)
この人でなし共に、グレイを会わせたくない。
いっそ婚約破棄のことは後回しにして、今日のところは帰った方が良いかもしれない。
――よし。さっさと話を切り上げて、グレイと一緒に帰ろう。
「それでは、私は他に用が――」
「ん? あそこにいるガキは……」
そう口を開きかけたところで、先に義兄たちに気付かれてしまった。
しまった、と思いながら視線の先を振り返る。
そこにいたのは、やはりグレイの姿。彼は手に皿を持って、ちょうどこちらへ戻ってくるところだった。
「母上! 見てください、こんなに美味しそうな子羊のローストが……って、あれ……?」
グレイは私の後ろに立っている人物を見て足を止めた。
「グレイ、今は離れていなさい」
「おい、シェリル。このガキ、今お前のこと……母上って言ったか?」
「……え?」
「たしかに、顔はお前そっくりだな……間違いない」
(嘘でしょう!? 父子なのに、義兄は自分の息子の顔さえ分からないっていうの!?)
耳を疑うような発言が私の耳に飛び込んだ。
ピエッタ夫妻はグレイを見ても、自分の子供だと気付いていない様子だった。
「はっ、傑作だな!! お前は婚約者というものがいながら、他の男と子供をこさえていたのか? ははは、ヴォイド卿が見たらなんていうだろうな! 不貞で打ち首か!?」
「……やめてください、グレイが怯えています」
グレイもまさか自分の事を認識していなかったとは思わず、驚きに目を見開いている。
――このまま二人を同じ空間に居させるのは良くない。
咄嗟に私の影に隠し、ピエッタ侯爵の視線から遮った。
「しっかし、良かったなぁシェリル。貴様みたいな女でも、抱いてくれるような物好きな野郎がいてよぉ。お前の姉なんか、二度と誰にも抱かれることはねぇのにな!」
「……ピエッタ卿。私の姉に対するその無礼な発言を、今すぐ訂正してください」
「良いじゃねぇか、ケチらずに教えてくれよ~。お前はどんな手を使ったんだ? 色目か? それとも金か?? って、貧乏伯爵家にそんな金はねぇよな! クハハハ!!」
格好のネタを掴んだとばかりに、義兄はますますヒートアップしていく。
周囲の客たちも、何事かとチラチラ視線を向けてくる。
どうしよう、この状況をどう切り抜ければいいの……。
「――僕の母上を悪く言うな!!」
「あぁ!? なんだ、ガキ。侯爵様である俺に歯向かう気か?」
「グレイ、下がっていなさい!!」
後ろに隠しておいたはずのグレイが、ピエッタ卿の前に飛び出してしまった。
涙で濡れた瞳で、自分の父親をキッと睨んでいる。
「黙ってなんかいられるものか! 僕の母上たちは優しくて綺麗で、素敵な女性だ!!」
「グレイ……」
小さな身体で、必死に私を護ろうとしてくれている。
それが嬉しくて、私の視界が滲んでいく。
「んなこと知るかよボケ! ……ん? そういえばグレイってどこかで聞いたような」
「ちょ、ちょっとアナタ……」
「あん? なんだよ。お前も見てみろよ、コイツにそっくりで不細工な……「卿の言う“コイツ”とは、私の婚約者のことか?」……え?」
震えるグレイを連れて逃げ帰ろうとしたところで、私の前に新たな人影が現れた。
それは幼い頃から知る、大きくて頼りがいのある背中だった。
「ヴォイド様……どうして……」
「すまない、シェリル。一刻も早くキミに会おうと急いだのだが、遅れてしまった」
こちらを首だけで振り返るヴォイド様は、いつものにこやかな顔を見せてくれた。
そして視線を私からさらに下げた。
「グレイ……と言ったか? キミの言う通りだ。シェリルは魅力にあふれた女性だよ。昔から今も、これからもずっとな……」
ヴォイド様はそう言うと、ポンとグレイの頭に手を置いた。
そして再びピエッタ卿を威圧のある視線で睨んだ。
「卿は他人の婚約者を貶すのがご趣味のようだが、私はそのような下品な真似をする輩が嫌いなんだ。陛下もいるこの場には相応しくないし、今すぐ退場してくれないかな」
「ちょっ、お待ちください!! 俺はただ、そいつのことを言っただけであって……!」
慌てふためくピエッタ卿は、私を指差して言い訳を重ねている。
ヴォイド様はそんな義兄の姿を見て、深い溜め息を吐いた。
「ピエッタ卿。実は先日、私の婚約者の姉が不審な死を遂げてな……」
「そ、それは御愁傷さまで……え? 婚約者の姉?」
言葉の意味を理解した義兄が私の顔を見る。
私には姉は一人しかいない。残念ながら、亡くなったのは貴方の妻のことですよ。
「私の方で調査を進めたところ、どうやら何者かに殺されたようなのだ。嘆かわしいことに、とある貴族の別邸からの帰りに、な」
そこまで言ってようやく気が付いたのか、義兄はガタガタと身を震わせていた。
「ち、違う……俺はそんなこと知らないぞ……」
「であろうな。知っているのなら、こんなところにのこのこ現れまい。それに――」
ギロ、と音が出そうなほど殺意の篭もった視線を、ピエッタ侯爵の隣りにいる人物へ向けた。
「ゴロツキを雇って貴族を襲わせるような女を、自分の側には置かないだろうな」
顔面蒼白になっている第二夫人は、首をブンブンと振って否定する。
「……お前、俺に黙って裏でそんなことを!?」
「わ、私は……やっていませんわ……!!」
「正妻の座を確実とするために、長男のいる第一夫人が邪魔だったのだろう? あぁ、すでに実行犯は捕らえてある。あらかたやった事は吐いているし、証拠も押さえている……無駄な抵抗はやめるように」
今にも逃げ出そうとした二人を前に、ヴォイド様が右手を上げる。
するとあらかじめ控えていたであろう、武装した衛兵たちが現れた。
「お、おい!? どうして俺まで拘束する! 俺は関係ないぞ! コイツが勝手にやったことだ!!」
「言い訳は結構。ゴロツキ共はピエッタ卿が関与した、別の依頼も証言したぞ。……さぁ、さっさと連行しろ!!」
「やめろっ、俺は侯爵なんだぞ!!」
「放しなさいよっ! あ、アナタ~っ!!」
悲鳴を上げながら、会場の外へと連れて行かれるピエッタ夫妻。
そんな彼らを、パーティの参加者たちは冷ややかな目で眺めていた。
あぁなってしまっては、侯爵と言えど罪からは逃れられまい。
「……二人とも、行こうか」
ヴォイド様は消えていくピエッタ卿の後ろ姿を一瞥すると、元の笑顔に戻った。
「ヴォイド様……あの、私は……」
手紙はたしかにヴォイド様へ届けてもらったはずだ。
公爵という立場のあるヴォイド様なら、お願いした通りに私を婚約破棄してくれるはず。
ハプニングはあったけれど、あとは予定通りに――。
だけど彼はグレイの手を握りしめる私を見て、少し困った顔をした。
「――兄上、少しいいだろうか?」
「ん? なんだヴォイド。ようやく私の出番か?」
(……兄上?)
ヴォイド様が話し掛けていた方に視線を向ける。
そこに立っていたのは、ヴォイド様によく似た顔つきの男性だった。
「へ、陛下……!?」
それはこの国でもっとも権力のある人物。
ヴォイド様の兄である国王陛下だった。
そんな偉い方が自分の真後ろに居たとは思わず、私は挙動不審になってしまった。
緊張で足が震えそうになるのを必死に抑え、涙目でヴォイド様に助けを求める。
そんな私の背中に手を当て、ヴォイド様は「大丈夫だから」と耳元で囁いた。
「私とシェリルの婚約についてですが、今回の件で何か問題はありますでしょうか?」
「ん? 何も問題はないな。馬鹿な侯爵など無視して、お前の好きにすればよい」
「ではこのまま、結婚まで予定通りに」
「あぁ、そうするといい。これでようやくお前も落ち着くだろう……」
二人とも私を置いて、ウンウンと頷いている。
私は国王陛下と公爵の会話に口を挟むわけにもいかず、ただただヴォイド様の服の袖をグイグイと引っ張っていた。
「ただ王である立場から言わせて貰えばだな。血の繋がらない者が弟の跡継ぎになってくれれば、王の後継者で揉める可能性が減って私は助かるんだがな! ははは!!」
「……ありがとうございます、兄上」
「え? え??」
目の前で何の会話をしているのか分からず、私はグレイと一緒に目線をキョロキョロとさせてしまう。
ヴォイド様が私を婚約破棄するって話ではないの……?
国王陛下は興味深そうに私とグレイを見て、目を細めている。
まるで値踏みされているようでくすぐったい。
「……これがヴォイドの言っていた初恋の女性か。お前が惚れるのも分かる気がするな」
「兄上には渡しませんよ」
「ははは。お前を怒らせたら、本気で王位を簒奪されそうだからな。そんなことはしないさ……結婚式は盛大にやると良い。美味い酒を持って、私も駆けつけるからな」
陛下はバンバンとヴォイド様の肩を叩くと、大笑いしながら会場の中へと去っていった。
「まったく……兄上はもう少し、使う言葉を選んでほしいのだが……」
「あ、あの……ヴォイド様? 私がお手紙で申し上げたことは……」
私がグレイを引き取るのであれば、婚約関係は解消しなければならない。
ヴォイド様は陛下に、その報告をするのかと思っていた。
「そんなことを私が許すとでも!? あの手紙を読んで、私がどれだけ心を痛めたか……すぐに馬を走らせ、キミに何が起きたのか、調査をさせたよ。証拠を固めるのに少し時間が掛かってしまい、ここへ来るのが遅れてしまったが……」
拳を握りしめながら、掛かった苦労を語るヴォイド様。
嬉しい……私の為に、そんなことをしてくれていたなんて……。
「……それで、その子がシェリルの姉上の」
「グレイです。私に残された、唯一の家族です……」
「ほう……その歳で母親を亡くしたとは気の毒に」
私と手を握ったままの少年を、愁いの帯びた瞳で見つめる。
ヴォイド様もグレイと同じ頃にお母様を亡くしているから、その気持ちは分かるのだろう。
「たしかに母上を失った時は悲しかったです……でも、僕にはシェリル母上が居ます」
「グレイ……」
私の左手をしっかりと握りながら、私を見るグレイ。
もう私を母上と呼ぶ必要はないのに、彼は引き続きそう呼んでくれている。
「僕の母上はこうしてまだ生きています。シェリル母上は僕を産んでくれた母上と同じく、僕を愛し、護ってくれました。顔も声もソックリだし、何より同じ匂いがします」
ヴォイド様は一瞬だけキョトンとした顔をして、すぐに笑顔で答える。
「そうだな、シェリルとはそういう女性だ。母としても素晴らしいだろう」
「はいっ!!」
(ちょっと待って、どうして私の公開処刑が始まっているの!? 恥ずかしいったらありゃしないじゃない……!)
「そういうわけで、シェリル」
「は、はい!」
「あらためて、私と結婚してほしい。勇敢で賢いグレイという息子と一緒に、温かな家庭を築こう」
「……えっ?」
視線をヴォイド様とグレイの間に彷徨わせるも、二人とも笑顔しか返してくれない。
「で、でも私と結婚なんてしたら、貴方の立場が……」
「さっきの兄上との会話を聞いていただろう? 国王陛下のお墨付きがあるんだ。誰が反対するんだい?」
「だけど私は地味な顔で、女としての魅力も……」
「「そんなことはない!」」
自分を否定するような言葉を呟くと、二人して同じセリフを叫んだ。
「愛嬌のある可愛らしい女性だし、キミは誰よりも心の美しい女性だ。自分よりも他人の幸せを願える優しさを持っている」
「母上は弱き者を護る強さも持っています! さっきも、まるで王国の騎士のようでした!」
「二人とも……恥ずかしいから大声で叫ぶのはやめて!!」
まだ周りに人がたくさんいるのに……!!
随分と過大な評価をされているような気もするけど、大好きな人たちが褒めてくれるのはとても嬉しかった。
さっきの義兄とのやり取りは逃げ出したいほどに大変だったけれど、頑張って良かったと思えるわ。
「それに母上の部屋にあった手紙には、ヴォイド様との想い出がたくさん書かれていました! 母上もヴォイド様のことが大好きなんですよね!?」
「ちょっ、グレイ! 貴方、アレを勝手に読んだの!?」
悪びれもなく、元気よく頷くグレイ。
彼に悪意はまったくないのは分かっているので、私も怒るに怒ることができない。
それよりも今の私の顔は真っ赤で、今にも燃え上がりそうだった。
ヴォイド様が「それは良いことを聞いた」と嬉しそうにしているけれど、私は恥ずかしくて彼の方を見れなかった。
「へぇ~? キミ、私のことを『好き』だなんて今まで言ったことがなかったのに。そんなに私を想ってくれていたのかい?」
「そ、そんなことは……」
「手紙の端から端まで、ビッシリと愛の言葉が書いてありました!」
「グレイ、もうやめて……」
「ふふ、そうか。ビッシリだったか……」
ヴォイド様は今まで見たこともないほどに、口角をニヤ~と上げて笑っている。
穴があったら今すぐ入りたい。
むしろこの場で墓穴を掘って、墓標を突き刺したい。
「嬉しいよ、シェリル。なおさらキミのことを手放すわけにはいかなくなった」
「良かったですね、母上!」
周囲で様子を窺っていた他の貴族たちも、含み笑いをしながら私たちに拍手を送っている。
これではもう、逃げ出すことも叶わなさそうだ。
もう死ぬしかない。
「これからは三人で、新しい想い出を作ろう」
「……分かりました。でも手紙の件はもう無しです。帰ったらすぐに燃やしますからね」
私はヴォイド様が差し出してくれた手を握る。
左手には小さな騎士を。
この日、私はめでたくも新たな家族を二人も手に入れたのであった。
――――――
――――
――
結局、私の手紙を燃やすという願いだけは叶わなかった。
ヴォイド様とグレイの手で私の手紙は編纂され、一冊の物語となって世に公表されてしまった。
のちにその本は演劇にまでなり、民に大人気の演目となるのだが……それはまた別のお話。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
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押してくださると作者の今後の励みになります(´;ω;`)
新連載を始めました!
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