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第9話 家族

 城に入ってあっという間に1ヶ月が経った。日々は何事もなく穏やかに過ぎていく。

 フィエルティアの行動に厳しい制限はないが、それでもできる限り城の奥にいるように言われている。窮屈な幽閉のような暮らしは、辛いだけの社交界に出席するよりはましだと思えたが、それでも時間が経てば経つほど息苦しさを感じるようになった。

 セスの様子を四六時中見ていて分かったのは、セスの姿は本当にころころと変わるということだった。常に5歳ほどの姿だが、護衛のアンディと一緒にいる時は10歳ほどまで大きくなる時が時たまあった。本を読んでいると大きくなる時もあるが、それはかなり稀で、さらに時間もほんの一瞬とも思えるほど短い間だけだ。

 フィエルティアは一度だけ遠目に15歳ほどの姿を見たが、瞬きする間に5歳に戻ってしまい、結局はっきりとは見ることができなかった。

 国王と王妃は気にかけてくれているのか、足繁く部屋に顔を出してくれた。二人の優しさに慰められて、フィエルティアはどうにか城の暮らしに慣れようと頑張っていた。


「セスは我が儘を言っていないかしら」

「はい。とっても素直で良い子にしています」

「大人の姿にはなった?」

「いいえ……、それは一度も」


 少しだけ期待に満ちた表情で王妃が聞いてきて、フィエルティアは申し訳なく思いながら首を振る。


「そう……。あなたが来てくれて、もしかしたらと思ったけれど、そう簡単にはいかないわね」

「王妃様、セス様はなぜ呪いを受けたのでしょうか」

「それは……」


 王妃は困ったように表情を曇らせると、それきり黙ってしまう。


「……呪いはどうしたら解けるのでしょうか」

「分からないわ……。どうしたらいいのか、色々調べたけれど、何を試しても変わらなかったの」


 フィエルティアは諦めの色をにじませる王妃の顔を見て、それ以上質問を重ねることができなかった。


「ルイーズだけで不便はない?」

「はい、大丈夫です」


 違う話題を口にした王妃に、笑顔で頷く。


「本来はもう少しメイドを置きたいところだけど、皆セスを怖がってしまってね……。噂になっても困るし、もうずっとルイーズだけなのよ」

「そうだったのですか……」


 確かに部屋に出入りしている他のメイドを見たことがない。ルイーズが部屋の掃除や食事の世話まですべてこなしていて、不思議に思っていた。


「フィエルはセスを恐ろしく感じない?」


 恐る恐るという風に王妃に聞かれて、フィエルティアは笑顔で首を振る。


「自分に比べたら、まったく。セスは可愛いばっかりで、恐ろしいなんて全然思いません」

「フィエル……」


 王妃は憐れむような目を向けると、手を伸ばし両手でそっとフィエルティアの手を包み込んだ。


「あなたの姿だって私は恐ろしくないわ」

「王妃様……」

「赤い髪先も手も、美しく見えるわ」


 それが上辺だけの優しい言葉だったとしても、フィエルティアは嬉しかった。嘘だとしても、そんなことを言ってくれる人などいなかったのだ。


「ありがとうございます、王妃様」

「いいのよ。ああ、そうだわ。今日は夕食を一緒に食べましょう」

「陛下もご一緒ですか?」

「ええ。仕事が片付いたからフィエルたちと一緒に食事をしたいと言っていたわ」

「分かりました」


 王妃の言葉に、フィエルティアは笑顔で頷いた。



◇◇◇



 いつもとは違い城の表側にある食堂に案内されたフィエルティアとセスは、そこに見慣れない男性がいることに気付いた。


「ああ、そなたがフィエルティアか」


 がっしりとした体躯の50代ほどの男性はフィエルティアに冷たい視線を送ると、低い声でそう言った。


「は、初めまして」


 フィエルティアがぎこちなく挨拶をするが、それに答えることはなく男性は視線を逸らすと椅子に座る。

 家族だけの食事だと思っていたが、そうではないのかと疑問に思いながらフィエルティアも席に着く。そうこうしている内に王太子妃のロクサーヌが姿を現した。


「お父様、いらしてたのね」

「ああ、陛下に夕食を誘われてな」


 男性がロクサーヌの父親だと分かってフィエルティアは驚いた。ということは目の前の男性はベルツ侯爵で、ラウラの父親ということになる。

 ならばラウラとケヴィンのことも承知しているだろう。そう思うと、暗い気持ちが胸に広がるのを感じた。


「ああ、もう二人とも来ていたのか」

「あ、父上だぁ」


 セスが嬉しそうに声を上げた途端、ベルツ侯爵は顔を顰める。その嫌悪するような表情を見てしまい、フィエルティアはベルツ侯爵がセスをどう思っているか一瞬で理解した。


(ベルツ侯爵はセスや私のような者を忌避している人だわ……)


 国王や王妃があまりにも優しく受け入れてくれたから忘れていたが、これが普通の反応なのだ。得体の知れない呪いなど、誰だって怖ろしい。そばになどいたくないだろう。

 ベルツ侯爵はラウラと同じように、攻撃的な感情を持っているように感じ、フィエルティアはこちらから話し掛けたりはしないようにしようと心に決めた。

 すぐに王妃や王太子も姿を現し、表向きは穏やかに食事が始まった。


「陛下、セス様の呪いを解く方法はまだ分からないのですか?」

「ああ、色々と調べてはいるんだがな」

「困ったものですな。呪いを解いてから、まともなご令嬢と結婚でも良かったのでは?」


 とげのあるベルツ侯爵の言葉にフィエルティアは下を向く。ここで反論などできる訳もないので、ただ黙って聞き流すしかない。


「フィエルティアならセスを支えてくれると思ったのだ。セスもよく懐いているしな」

「それは同類同士で共感でもしているのでしょう。新たに呪いを抱え込むなど、王家に災厄が訪れたらどうするのです」

「まぁまぁ、そう言ってくれるな。王家に災いなど起きていないだろう? 国も潤い国民も元気に暮らしている。ベルツは何をそんなに心配しているんだ」


 国王の宥めるような物言いに、ベルツ侯爵は大きな溜め息を吐く。


「娘に子が出来ぬのは呪いのせいではないのですか?」

「お父様!」

「ロクサーヌが嫁いでもう1年です。今年20歳になる。すぐに子ができても良さそうなものなのに……」


 ロクサーヌが顔を真っ赤にして咎めると、助け舟を出したのは王妃だった。


「そんなに焦る必要はないわ。ロクサーヌは健康で、まったく身体に問題はないのですもの、すぐに良い知らせはありますよ。孫の誕生は確かに待ち遠しいものだけど、急かすものではないわ」

「そんな悠長な……。跡取りを産むことは最も大切な王太子妃の仕事でしょう。何か問題があってできないのであれば、それを取り除くのは当たり前のことです」

「二人のことは我々に任せてくれ、エルンスト。決して悪いようにはならないから」


 国王の言葉にまだ文句が言い足りないようで、ベルツ侯爵はぶつぶつと続けていたが、それから王太子が財政に関する質問をすると得意げに話し始め、居心地の悪い空気はどうにか消え去った。

 やっと食事が終わり解散となって、フィエルティアはセスと手を繋いで城の奥へ歩き始めた。結局セスは一言もしゃべらなかったことに気付いて、もしかして具合いでも悪かったのかとセスを見下ろすと、いつもよりも頭の位置が高いことに気付いた。


「セス?」


 自分の腰の辺りのはずの頭の位置が、肩の辺りにある。まさかと思い足を止めて顔を覗き込むと、そこには10歳ほどの少年の姿になったセスが、怒った表情で床を睨み付けていた。


「僕、侯爵は嫌いだ」


 怒りや悔しさをにじませて呟かれた言葉に、フィエルティアは痛いほどセスの気持ちが理解できた。けれどどう慰めていいか分からない。上辺だけの慰めの言葉など心に響かないことを自分はよく分かっている。

 

「セス……」


 フィエルティアはセスをそっと抱き締めると、優しく背中を撫で下ろした。

 そうすることしかできなかった。

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