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第8話 入城

 フィエルティアが家に帰り、正式に結婚の申し出を受けたことを父に報告すると、父はどこかホッとしたような表情を見せた。その顔を見た時、自分の決断はやはり間違っていなかったのだと思えた。

 夕食の席でジャックとシンシアにも今までの経緯と結婚が決まったことを話すと、一番喜んだのはシンシアだった。


「王子様と結婚だなんて、すごいじゃない!」

「そんなこと……」


 はしゃいだような声で言われ、フィエルティアは弱く首を振る。


「謙遜しないでいいのよ。これでアシュリー家は安泰だわ」

「第一王子か……。そんな方がいるなんて僕は知らなかった」

「王家に近しい者しか知らないことだったからな」


 ジャックは父に付いて城でも仕事をしているが、その兄でさえも知らなかったようで、驚きを隠せない様子だった。


「王家の親戚になれるなんて、思ってもみなかったわ。大手柄ね、フィエル」

「だが公にはできないからな、外で話してはいけないよ、シンシア」

「分かっていますわ、お義父様。それでも優遇はされるのでしょう?」

「そうなるとは思うが」

「今まで肩身の狭い思いをしてきたのだから、その苦労が報われたわ。フィエルはしっかり恩を返したわね。えらいわ」


 シンシアは褒めているのだろうが、フィエルティアは何も言えず曖昧に頷くだけだ。これが普通の結婚なら、少々傷付くような言葉でも受け入れられたかもしれない。けれどこれからのことを考えると不安の方が大きくて、上手に受け答えなどできなかった。


「大丈夫か? フィエル」


 こちらの強張った表情を心配してジャックが聞いてくる。フィエルティアはこれ以上心配を掛けてはいけないと慌てて笑顔を作った。

 今までずっと迷惑を掛けてきたのだ。最後くらい安心させてあげたい。


「平気よ、お兄様。ちょっと緊張しているだけ。結婚前って皆そういうものでしょ?」

「そうそう、他家に嫁ぐのって緊張するものよ。男性の方はよく分からないと思うけど」

「城に入るのはいつになるんだ?」

「荷物を纏めしだいすぐにでもと言われたわ」

「そうか……」


 少しだけ寂しそうな、複雑な表情の父に答える。そのやり取りに、本当にこれが現実なのだと、自分は結婚するのだと自覚が芽生え始める。


「寂しくなりますね、父上」

「そうだな……」

「あら、もうお二人ともしんみりしてしまうなんて、早すぎますわよ」


 二人の言葉にシンシアは苦笑しながらそう言うと、もう一度フィエルティアに顔を向けた。


「とにかく、良かったわね、フィエル。幸せになってね」

「ありがとう、お義姉様」


 それから3日掛けて荷物を纏めたフィエルティアは、皆に見送られて屋敷を出ると、城へ入ることになった。



◇◇◇



 馬車から降りたフィエルティアは、今までただセスに会いに来ていた時とは違い、もう帰ることはなく、これからここに住むのだという緊張を感じながら城を見上げた。


「フィエルティア様」


 名前を呼ばれて視線を向けると、ルイーズがゆっくりと近付いてくる。


「お迎えに上がりました」

「ありがとう」


 ルイーズは優しい笑みを浮かべて歩きだす。


「ご決心をされたのですね」

「ええ。これからよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願い致します。フィエルティア様」

「フィエルでいいわ。呼びにくいでしょ」


 不安な城の暮らしもこの優しいルイーズが一緒なら、どうにかなるような気がする。今のフィエルティアにはとても心強い味方だ。

 城の中はいつも通りの静けさだった。本来、王子の結婚相手が城に入るとなったら、相当な歓迎が用意されていたりするものだが、セスの存在も結婚も公表されることは決してないので、城の中は特別な雰囲気な何も感じない。

 仕方ないことだと分かっているが、フィエルティアは少し寂しく感じた。

 いつもの城の奥に通じる扉を抜け、セスの部屋に入ったフィエルティアは、そこにいつもはいない人数が集まっていることに驚いた。


「陛下」

「よく来たな、フィエルティア」

「皆様にご挨拶申し上げます」


 セスを膝に乗せ、ソファに座っていた国王を中心に、王妃、王太子、そして王太子妃までが揃っている。

 顔だけはすべて知っていたフィエルティアは慌てて腰を深く落とし挨拶をする。


「不束者ではありますが、これから末長くよろしくお願い致します」

「ああ、こちらこそ、セスをよろしく頼む」


 穏やかな国王の声に顔を上げると、嬉しそうに微笑む王妃と目が合った。


「セスの弟のグラードと、妻のロクサーヌよ」

「フィエルティアです。よろしくお願いいたします」

「アシュリー伯の娘だとか。よく兄上と結婚することを決めてくれたな」


 グラードは金髪に茶色の瞳をしていて、王妃の血が強く出ているようだったが、目の形はセスとそっくりだった。きっとセスが大人の姿になればこんな風になるのでは思えた。


「わたくしがお願いしたのよ。フィエルティアならきっとセスの力になってくれると思ったの」

「父上と母上が了承しているのなら、私に異存はありません」


 グラードの表情は平静のままのように感じる。だがその隣に座る王太子妃のロクサーヌは、眉を歪めていた。

 その目はラウラと同じ恐ろしいモノを見る目つきだった。


「フィー! 僕とずっとここに住んでくれるってホント!?」


 ぴょんと国王の膝の上から飛び降りたセスが走り寄る。フィエルティアは優しく笑って頷く。


「ええ、本当よ」


 セスにはまだ結婚という概念は分からないのだろう。ただ嬉しそうにしているセスにフィエルティアは手を伸ばす。

 小さな手を握り締めて目線を合わせる。


「私とずっと一緒にいてくれる?」

「うん!!」


 キラキラした目をまっすぐに向けて頷くセスに、フィエルティアは笑みを深くする。


「結婚式のことだけれど」


 王妃の言葉にまさか結婚式を考えてくれていたとは思わず、驚いて顔を上げる。


「セスがこの姿じゃしょうがないでしょ? だからもし、大人の姿になったらそのタイミングで、城の中にある礼拝堂で挙げるというのはどうかしら」

「いいのですか?」

「もちろんよ。いつになるか分からないけど、折角だもの。素敵なウェディングドレスも用意しましょう。ね?」

「王妃様……」


 王妃の優しさにフィエルティアは涙が出そうだった。呪われた娘だと婚家で疎まれて暮らすよりずっといい。国王も王妃も自分を心より歓迎してくれている。それが本当に感じられて、フィエルティアは決断して良かったと思えた。


「今日はささやかだけど、家族でお祝いしましょう」


 それで結婚の挨拶は終わりだった。全員が部屋を出て行くと、フィエルティアはやっと息を吐いてソファに腰を下ろした。


「お茶をご用意しましょうか」

「ええ、ありがとう」

「フィー、フィーが知らない場所、教えてあげる。こっちに来て!」


 セスに手をぐいぐい引っ張られて腰を上げたフィエルティアは、一緒に廊下に出ると歩きだす。


「この先にねぇ、小さなお部屋があるんだよ」

「なんのお部屋なの?」

「いろんなおもちゃがいっぱい置いてあってねぇ」


 セスと話をしながら歩いていると、廊下の先で話し声が聞こえて足を止めた。セスが不思議そうに見上げてくる。


「グラード様、知っていらしたんですか? フィエルティアが嫁ぐこと」

「いや……」

「あの姿を見たでしょう? あの娘はセスと同じように呪われているわ。セスには丁度いい相手かもしれないけれど、王家にこれ以上の災いが降りかかったらどうするのですか!?」

「ロクサーヌ、仕方なかろう。兄上に嫁いでくれる者などそうそういないのだから」

「だからってフィエルティアだなんて……。あんな恐ろしい姿……、そばで見ていられませんわ」


 二人の会話にフィエルティアは足が竦んだように動けなかった。今まで散々言われた言葉だけれど、何度聞いても辛く悲しい。

 国王や王妃がなぜかすんなりと受け入れてくれたから少しだけ忘れていられたけれど、やはり他人から見れば怪物のように怖ろしい姿なのだ。


「フィー?」

「セス……、私、少し疲れちゃったわ。お菓子を食べない?」

「うん、いいよ」


 フィエルティアが小さな声でぽそりと言うと、何かを感じ取ってくれたのか、セスは頷いてくれた。

 セスの小さな手に縋るように、ギュッと握り締めて歩く。ほんの少しの幸せな気持ちが掻き消え、今はまた悲しみと不安に苛まれ、フィエルティアは唇を噛み締めた。

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