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第7話 決意

「こんなところで会うなんて驚いたわ。お茶会には出席してないわよね」

「え、ええ……」


 ラウラはとても華やかなドレスを着ていた。今流行りの青色を基調にしたレースがたっぷり使われたもので、庭にいる誰よりも派手な様子だ。


「ねぇ、聞いてるかしら? 私、ケヴィンと正式にお付き合いしているのよ」

「……知っているわ」


 この場から一刻も早く立ち去りたかったが、ラウラは道を塞ぐように立ちはだかっている。ラウラを無視して通り過ぎることもできたが、シンシアの言葉が思い起こされてぐっと堪えた。

 ラウラの機嫌を損ねて、父や家族に迷惑を掛けてはいけないと自分に言い聞かせる。


「なんだか私たちとっても気が合うのよ。ケヴィンは優しいし、何でも言うことを聞いてくれるわ」

「そう……」

「もうすぐ婚約するかも」


 笑いながらも窺うようにこちらを見てくるラウラに、フィエルティアは唇を噛み締める。

 本人から直接言われてしまうと、現実を叩きつけられた気がして酷く胸が痛んだ。


「残念だけど、あなたのその呪われた姿を愛してくれる人なんていないわ。ケヴィンも本当は恐れていたもの。家にも迷惑だろうし、早く諦めて修道女にでもなった方が身のためよ」


 わざとらしい憐憫の眼差しを向けられ、フィエルティアは顔を歪める。涙が溢れて慌てて目に力を込める。

 こんなことで泣きたくなかった。泣いてしまえばラウラの思うつぼだ。


「婚約披露パーティーにはぜひ来てね。必ず呼ぶから」


 何も答えられなくなってしまったフィエルティアに、ラウラはそう言うと足取りも軽く去って行く。

 フィエルティアはその足音が聞こえなくなるまで、指先一つ動かせなかった。いつの間にか握り締めていたスカートが皺になっている。

 力を込めていた手をどうにか緩めると、気持ちも緩んだのかポロリと涙がこぼれた。歯止めの利かなくなった涙は後から後から溢れて止まらない。その場に座り込んで泣き続ける。

 ラウラはどうしてこんなにも刃のような言葉を言ってくるのだろうか。昔からそうだった。親しい訳でもなく、舞踏会で会うだけのような間柄なのに、目の敵にされて、いつも意地悪をされた。

 頭の中はぐちゃぐちゃだった。ラウラとシンシアの言葉がぐるぐると回る。父や兄の心配そうな顔も浮かんで、しばらくは動けなかった。

 どのくらい泣いていたのか、やっと涙が引いたフィエルティアは、よろりと立ち上がった。こんな情けない姿を誰にも見咎められなくて良かったとゆっくりと歩きだす。

 本当はもう家に帰りたかったが、セスとの約束を破る訳にはいかないと、仕方なくセスの部屋に向かった。



◇◇◇



 以前遊んだ庭にセスの姿はなく、廊下をそのまま進みドアをノックすると、ルイーズが顔を出した。


「いらっしゃいませ、フィエルティア様。……そのお顔は」

「気にしないで。セス様はいらっしゃるかしら」

「フィー!!」


 ルイーズに訊ねるよりも早く、部屋の奥からセスが走り寄ってくる。その勢いのまま抱きついてくるセスの頭を優しく撫でる。


「セス様、今日は何をして遊びましょうか?」

「あのね、今日はね……」


 こちらの顔を見上げたセスは言葉を留めると、子供らしくない神妙な表情をして見つめてきた。


「セス様?」

「フィー、誰かにいじめられたの?」

「いいえ」


 こんな小さな子供に心配を掛けたくなくて、笑顔で首を振るがセスの表情は変わらない。


「悲しいことがあったの?」

「セス様、」

「“様”ってやめて」


 ぴしゃりと言われて思わずフィエルティアは言葉を飲み込んだ。眉を歪めたままのセスにフィエルティアは膝を折ると、目線を合わせる。

 王子であると分かって敬語を使ったが、セスにはお気に召さなかったようだ。


「セス、でいい?」

「うん」


 こくりと頷くセスに、フィエルティアは微笑む。


「セス、心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫よ」

「……僕のせいで、いじめられたの?」

「え?」

「ホントは誰とも遊んじゃいけないって……、僕と遊んだから怒られちゃったの?」

「セス……」


 セスの自分のせいじゃないかと心配する心の優しさに、フィエルティアは傷付いた心が癒されていくのを感じた。

 城の奥に幽閉され、何年も寂しく暮らしながらも、ひねくれず優しい心根を持ち続けるセスに尊敬さえ覚える。


(私はいつも誰かを恨みたくてたまらないのに……)


 セスが子供のままだからずっと純真なのかは分からないが、比較した自分の心の醜さに嫌気が差す。


「セスのせいじゃないわ。ちょっと、ちょっとだけ悲しいことがあったの」

「ホントにホント?」

「ええ、本当よ」


 穏やかな声で頷いて見せると、やっとセスは安堵したような表情になった。それから小さな手を差し出すと、フィエルティアの手をギュッと握った。


「もしフィーがいじめられたら、僕が守ってあげるからね!」

「まぁ、本当に?」

「うん! 僕強いんだよ! いっつもアンディとお稽古してるんだから!」


 胸を張って言うセスに、フィエルティアは顔を綻ばせる。すっかり悲しかった気持ちは消え失せ、重苦しかった心は軽くなった。


「まぁまぁ、心強いお言葉ですこと。フィエルティア様、どうぞこれで目を冷やして下さいませ」

「ありがとう、ルイーズ」


 差し出された濡れたタオルを受け取り目元に当てる。赤く腫れた目元が冷えて気持ちいい。随分泣いたから仕方ないが、この顔は見せるべきではなかったなと、少し反省する。


「この頃、セス様はフィエルティア様のお話ばかりなのですよ」

「そうなの?」

「セス様は本当にフィエルティア様のことがお好きなんです」

「そうだよ! 僕フィーが、だーい好き!!」


 セスは大きな声でそう言うと、フィエルティアにギュッと抱きついた。その温かい身体と言葉にフィエルティアは微笑み、そっと小さな身体を抱きしめ返した。



◇◇◇



 それからフィエルティアは何度も城に通った。セスと一緒にいることは純粋に楽しかった。大抵は5歳ほどの姿のセスと、鬼ごっこやかくれんぼをした。セスは本当によく懐いてくれて、甥っ子たちよりもずっと親しくなった。

 時たま王妃も姿を現したが、結婚の話を持ち出されることもなく、強要するような言葉もなかった。穏やかにセスを見つめる目や、自分に対する労わりの言葉から、王妃に自分の母を重ね合わせることもあった。

 すっかりセスといることが当たり前のようになった頃、セスの部屋に突然国王と王妃が現れた。


「セス、元気にしているか」

「あ、父上!」


 気軽な様子で近付いてくる国王に驚きフィエルティアは慌てて立ち上がる。がっしりとした体格の国王は、少し強面で、鋭い目はあまりセスとは似ていない。けれど淡いふわふわの茶色の髪はそっくりだった。

 初めて近くで国王を見たフィエルティアは恐る恐る挨拶をする。丁寧にカーテシーをし顔を上げると、じっとフィエルティアを見つめてきた。


「そなたがフィエルティアか」

「は、はい。ご挨拶申し上げます」

「ああ」

「父上、今日はお仕事ないの?」

「ああ、セスの様子を見にきた」


 国王に抱き上げられたセスは嬉しそうにその首に抱きつく。その様子はどこにでもいる父と子の姿で、フィエルティアは少しだけ緊張が解ける。


「何度も来てくれてありがとう、フィエルティア」

「いいえ、王妃様」


 王妃は国王に抱かれているセスの頭を撫でながら微笑む。


「フィエルティアが来てくれるようになって、セスの癇癪がすごく減ったの。いつもここから抜け出そうとしていたけど、それもなくなって。とても感謝しているわ」

「そんな……」

「結婚の話は考えてくれたかい?」


 国王に優しく訊ねられて、フィエルティアは口を噤んだ。まだ答えは出ていない。セスとの結婚は、“結婚”という言葉だけで、実際は結婚生活とはまったく違うものだろう。

 永遠に子どものセスと共にいるということは、妻というより姉のようなものだ。家族としてただセスと共に暮らす。それで自分は幸せなのだろうか。


「セスと共に、この城で暮らしてくれないだろうか」

「陛下……」

「暮らしの保証はもちろんする。セスが大人に戻る可能性がないのなら、子供を望むことはない。セスの妻として、穏やかに仲良く暮らしていけばいい」

「そう、そうよ。ここなら、誰に蔑まれることもなく、静かに暮らしていけるわ」


 二人の静かな言葉にフィエルティアはそれぞれの顔を見つめる。真摯な瞳は、自分を心配する父とそっくりだった。


(お父様……)


「フィエルティア、セスと、いや、私たちと家族になってはくれないだろうか」


 その言葉は胸の奥にすとんと落ちてきた。こんなにも求められているのだと、初めて素直に気持ちを受け取れたような気がする。


「分かりました。私、セス様と結婚します」


 今まで悩んでいたことが嘘のように、フィエルティアはそう答えると、セスを見つめ微笑んだ。

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