第5話 結婚の申し込み
「結婚って……、セス様はまだ5歳ほどでしょう? ご冗談を……」
王妃はもしかして慰めてくれているのだろうかと思ってそう言うが、王妃はやんわりと首を振る。
「冗談ではないわ。まだ二回しか会っていないのに、こんなことを言うのは早いと思いけど、セスを見ていて直感したの」
「ま、待って下さい! 本当に結婚のお話をされているのなら、あまりにも年齢が離れすぎていると思うのですが……」
まだ冗談を言っているのではと疑いながらも、王妃の本気の顔に慌てて言葉を遮る。
フィエルティアの言葉に王妃は真剣に頷き、一度ルイーズとおもちゃで遊んでいるセスに視線を向けた。そうしてまた視線を戻すと、王妃は一呼吸置いてから口を開いた。
「年齢は丁度いいわ。セスは25歳だから」
「……は?」
今度こそフィエルティアは失礼な声を上げてしまった。何を言っているんだと、王妃をまじまじと見つめる。
王妃は真面目な顔と声で続ける。
「セスはああ見えて25歳なの。ある呪いによってあんな姿になっているのよ」
「呪い!?」
王妃の驚きの言葉にフィエルティアは思わず声を上げる。
「信じられないかもしれないけど、本当なのよ」
「そんな……」
呪いなんてフィエルティアは存在しないと信じていた。お伽話に出てくる魔法の話と同じだ。そんなものは夢物語で、真実ではない。呪いが存在すると認めてしまうことは、自分が呪われていると認めてしまうようで嫌だった。
髪や手足が真っ赤に染まる、そんな病気なのだと、自分に言い聞かせていた。いつかは治るかもしれないと。
「あ、アンディだ!」
王妃の言葉を受け止めきれず混乱していると、セスが楽しげな声を上げて外へ駆け出した。外には騎士の格好をした男性が立っていて、セスが近付くと膝を突く。
「護衛を務めているアンディよ。子供の頃からずっと一緒にいるの。セスより1歳年上で、仕えてもう18年になるわ」
アンディはその場でこちらに向かって挨拶をした後、セスと遊び始める。それを目を細めながら見つめる王妃は、話し続ける。
「セスは7歳の時、呪いを受けたの。永遠に時が定まらない呪い」
「時が定まらない?」
「そう。セスは時の流れに取り残されている」
どういう意味かよく分からずフィエルティアはセスを見た。短い木の棒を持ってアンディと戦いごっこのようなことをしているセスが、少しだけ勇ましい声を上げる。
その姿がぼやけたように見えた瞬間、セスの身長がみるみる内に伸びた。驚きに声も出ずフィエルティアは立ち上がる。
アンディと遊びながら、セスの姿が10歳ほどの少年へと変化していく。少年らしい快活な声がこちらにまで届いた。
「セスはああして姿が定まらず、ころころと姿を変えるの」
「姿を変える……」
その言葉にフィエルティアはハッとし、さきほどベンチに座っていた男性のことを思い出した。今思い返してみれば、あの男性はセスにとても似通っていたように感じる。
「私……、さっき見たような気がします。大人の姿のセス様を……」
「そう。大人の姿になることは滅多にないわ。なったとしてもほんの一瞬なの。大抵は子供の姿ね」
「そうなのですか……」
ゆっくりと椅子に座り直し頷くが、まだ信じられない思いだ。視線の先にいる10歳ほどの少年はこちらに気付くと、手を振ってくる。
フィエルティアが何もできないでいると、王妃がにこやかに手を振り返した。
「セスはもう25歳よ。本当なら結婚し、子供がいてもおかしくない。あなたとならきっとセスも喜ぶはずよ」
「……なぜ私なのですか?」
「あの姿を見て皆逃げ出していく。呪いが怖いのね。以前、年相応の子をセスに紹介したことがあるけど、上手くいかなかったわ」
「でも私は……」
「あなたならセスを恐れたりしないでしょう?」
そう言われても答えられる訳がなかった。あまりにも突然で、何も考えられない。
「すぐには答えられません……」
「もちろんよ。家に帰ってゆっくり考えてちょうだい」
「はい……」
そう答えると、王妃は安堵したように笑顔を見せた。
庭を見ると、また5歳の姿になったセスが、アンディに肩車されて笑っている。その無邪気な笑顔を見つめ、フィエルティアは小さく溜め息を吐いた。