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第36話 その後

 あれから城は大変な騒ぎだった。ベルツ侯爵の息の掛かった者たちが次々に捕縛され、その者たちからの聴取によって、ベルツ侯爵の様々な不正が明らかになりつつある。

 フィエルティアとセスはあの後、グラードの計らいで元々住んでいたセスの部屋に入った。セスの怪我はそれほど深くなく、手当てをすれば数日で完治するほどのもので、フィエルティアを安堵させた。


「フィエル様、髪飾りはどう致しますか?」

「え? あ、そうね……、この花の飾りでいいかな」


 鏡越しに聞いてくるルイーズに目線を合わせて返事をしたフィエルティアは、また鏡に映る自分を見つめる。

 いまだに少し慣れない。片目ずつ金色と銀色になった瞳は、瞳の中心に輝くような光の粒が見える。もう毛先を隠す必要がなくなったからか、ルイーズが金髪の毛先が垂れるように髪を編んでくれた。金髪の中に混じる銀色の髪もまた、光に反射するようにキラキラと輝いている。

 手袋を嵌めていない手を上げてみると、薄い桃色の蔦のような柄にバラが咲いているように見える。かなり素肌に近い色で、近くでよく見なければ分からない程度だ。


(全部、リルシュナのおかげね……)


 ずっとコンプレックスだった容姿が彼女のおかげで美しさに変わった。リルシュナは消せないことを謝っていたが、フィエルティアはこれで良かったと思っている。この模様を見ると母を思い出せるからだ。母が自分を守ってくれているのだと感じられて、とても穏やかな気持ちになれた。


(今頃、空の上でお母様とお話しているかしら……)


 そうだったら嬉しいと口の端を上げると、何も言わずルイーズも笑顔を見せた。


「なにをそんなに自分の顔を見つめているんだ?」


 ふいに鏡の中に映り込んだセスに驚き、フィエルティアがくるりと振り返る。


「セス! いつの間に? あ、庭から入ってきたのね?」


 セスは笑いながら軽い足取りで部屋を横切ると、ソファにドサリと座る。王子らしい格好のセスは、まだ少し見慣れない。けれど大人の、25歳のセスはもうすっかり見慣れたと思う。


「久しぶりに城にいるが、なんだか落ち着かない」

「大人の視線で初めて見るから、変な感じなんじゃない?」

「そんなものかな」


 フィエルティアはルイーズに「もういいわ、ありがとう」と言って席を立つと、セスのそばに歩み寄る。


「怪我はどう? 痛みはない?」

「大丈夫だ。心配ない」


 笑顔で答えるセスの隣に座ると、丁度扉からグラードの来訪を告げる声が掛かった。


「おはようございます、お二人とも」

「おはよう、グラード」

「おはようございます、陛下」


 グラードは少し疲れた雰囲気だったが、笑顔で部屋に入ってくると、そのまま向かいのソファに座った。


「よく眠れましたか?」

「はい、ぐっすり眠れました。ふかふかのベッドは久しぶりですから、少し寝坊してしまったくらいです」

「私のせいですね……」

「あ、そういう意味で言ったんじゃ……」


 しょんぼりとするグラードに驚き、フィエルティアが慌てて訂正しようとすると、セスがクスッと笑う。それに釣られるようにグラードも笑い、二人の笑顔にからかわれたのだと小さく息を吐いた。


「酷いわ。二人で、私をからかって」

「すみません、義姉上。そういうつもりはなかったのですが」

「陛下、その呼び方は……」

「呼ばせて下さい。あなたはもう私の義姉上なのですから」


 グラードにそう呼ばれ恐縮して言うが、グラードはやんわりと笑顔で断ってきた。


「グラード、取り調べは済んだのか?」

「はい。だいぶ手こずりましたが、ベルツがすべて話しました。彼は兄上の存在をかなり脅威に感じていたようです。兄上がいる以上いつか王座を揺るがすと。時の魔女が見せてくれた通り、ベルツの目的はやはりお二人の排除でした。国王暗殺の首謀者に仕立て上げ、合法的に抹殺することを考えていたようです」

「すべてはこの国の実権を手に入れるため、か……」

「私があまりにもベルツに頼ってしまっていたのがいけなかったのかもしれません。突然国を治めることになり、ベルツの言葉を鵜呑みにしてしまった……」


 グラードは悔しさを滲ませて話す。フィエルティアはその顔を見つめながら、どうしようかと思ったが聞いてみることにした。


「陛下、ラウラは……、ラウラはどうして?」

「ラウラ・ベルツは父親とは違う考えだったようです。あの時、あの場に娘がいることをベルツは知りませんでした」

「ラウラはセスと結婚したがっていました」

「ええ、その通りです。ラウラは父親が兄上を殺す算段であることを知り、それを阻止、また義姉上を殺そうと独自で動いていました」


 グラードの口からはっきりとラウラの行動の意味を知り、フィエルティアは眉を歪める。

 やはりあの時向けられた言葉は真実だったのだ。ラウラは自分を殺したいほど恨んでいたのだ。


「だがおかしくないか? ベルツは俺に国王暗殺の容疑を掛けていたんだろう? 万が一ラウラの計画が上手くいったとしても、罪人となるはずの俺とどうやって結婚するつもりだったんだ?」

「いえ、ラウラは自分がセスと結婚することになれば、父親は兄上を殺さず城で暮らせると思っていたようです」

「随分と都合良く考えていたものだな」


 セスが呆れたように肩を竦めて言うと、グラードも大きく頷く。


「あの……、ラウラの火傷はどうですか? 治りますか?」

「命に別状はありません。今は牢の中ではありますが、しっかり治療をさせております。ただ火傷痕は残ると医師が言っておりました」

「そんな……」


 ラウラの身体に燃え上がったあの炎は、確かに自分が出したものなのだろう。自分の意志とはまったく関係なく出てしまったとはいえ、それによってラウラの、女性の身体に消えることのない痕を残してしまったのは、酷く心が痛んだ。


「フィーが落ち込むことはない。すべてはラウラ自身が招いたことだ」


 セスはフィエルティアを慰めるように手を握り締める。グラードもまた同じように静かに頷くのを見て、フィエルティアは微かに笑みを作った。


「グラード、王妃は知らなかったのか?」

「ええ、さすがにベルツもロクサーヌは巻き込みたくなかったのでしょう。ただラウラの危うさも、父親の怪しい動きも薄々感付いていたようです。自分がもっと早く父も妹も止めるべきだったと、泣きながら謝ってきました」

「そうか……。処分はどうなるんだ?」

「ベルツは反逆罪ですので、死罪は免れません。直接的に動いていた部下も同様です。侯爵家は取り潰し、身内はすべて辺境へ送られます。王妃は……、王妃は、甘いとは思いますがしばらくの間、謹慎処分としました。頃合いを見て書類上はおじの公爵家の養女とする手続きを進めたいと思っていますが、どうでしょうか?」


 知らなかったとはいえ、父親が死罪となるのだ。その娘が王妃であり続けることなど通常なら許されないことだろう。廃妃となり身内と同じように辺境に送られてもいいくらいだ。

 苦しげな表情のグラードに、セスは笑って頷いた。


「いいんじゃないか、それで」

「兄上……」


 フィエルティアも大きく頷くと、グラードはホッとした顔をした。


「そう言って頂けるとありがたいです」

「ラウラは、ラウラも同じように辺境へ?」

「ラウラ・ベルツは、具合いが良くなり次第、辺境のリザーナ牢獄へ送られます」

「リザーナへ?」


 イグロスの北部にある重罪者のみが送られる牢獄だ。入った者は二度と生きては出られないと言われている。

 死罪とならなかったとはいえ、これから死よりも辛い日々が待っているだろう。

 フィエルティアはやるせない気持ちを言葉にすることができず、ただ口を噤むことしかできなかった。



◇◇◇



 ――それから1ヶ月後。謁見の大広間に貴族たちが集められた。

 壇上には国王の他に、着飾ったセスとフィエルティアが並んでいる。その姿に驚く者もいれば、怪訝そうに見る者もいた。

 セスは堂々としていたが、フィエルティアは衆目を集めているのがどうしても居心地が悪く、視線をさ迷わせる。はたと目が合ったのは壇上の下にいるアンディだった。

 アンディもまた騎士の最上位の服に着飾り、誇らしげな顔をしている。フィエルティアと目が合うと、安心させるように笑顔で頷いてくれた。


(しっかりしなくちゃ……)


 今までずっと陰に隠れるように生きてきた。でも今日は、今日からは、逃げも隠れもしなくていいのだ。

 胸を張れと自分に言い聞かせ、フィエルティアは前を向く。


「皆に集まってもらったのは他でもない。すでに噂で聞き及んでいる者もいるだろうが、王家の長年の呪いがついに解けた。知らぬ者もいるだろうが、私には兄がいる。聡明で優しく、いつも私を守ってくれた兄上だ。今日こうして皆に改めて紹介できることを嬉しく思う」


 セスが一歩前に出る。その顔は今まで見たどの笑顔よりも晴れやかだった。


「本来王位は兄上が継ぐはずだった。だが先王の急逝に伴い、私が王位を賜った。そしてこれからも私が王であることを兄上は許して下さった。兄上はこれから私の後見役として私を補佐していって下さる。それに伴い新たに公爵の称号を兄上に、また妃として今回大いに尽力してくれたフィエルティア・アシュリーには、勲章と共に妃殿下の称号を与えることとする」


 セスの隣におずおずと並んだフィエルティアを見て、大広間は割れんばかりの拍手と喝采に満ちた。

 それから勲章を受け取り壇上を降りると、貴族たちから次々に挨拶された。その中に、かつて婚約まで行ったケヴィンがいて、フィエルティアは一瞬驚いたが、笑顔で挨拶をした。


「久しぶりね、ケヴィン」

「フィエル……、僕、あの……」


 ケヴィンは酷くやつれて見えた。きっとラウラのことで色々とあったのだろう。

 だが同情することはなかった。


「ごきげんよう」


 フィエルティアは優雅に腰を落とし、笑顔でそれだけを言った。すぐに他の貴族に顔を向けまた挨拶を交わす。目の端で、肩を落として人垣に消えるケヴィンが見えたが、もうそちらに目を向けることはなかった。

明日で最終回です。昼頃投稿予定です。

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