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第34話 時の魔女

「あなた、私のこと、知ってるの?」

「ああ、知っているとも。火の魔女、フィエルティアよ」

「あなたも魔女よね?」

「そうだ。我は“時の魔女”リルシュナ。100年前、国王に殺された馬鹿な魔女だ」


 魔女――リルシュナは自嘲するように口の端を歪める。


「国王に? どういうことだ?」


 セスの質問にリルシュナはすぐに答えることはなかった。妙な沈黙が広がり、全員が見つめていると、やっとリルシュナが口を開いた。


「なに、大層な話ではない。昔、この国の王子と我は恋をした。けれど国王はそれを許さなかった。我は罠に嵌りあえなく殺され、ここに葬られた。ただそれだけの話だ」


 あっさりとした内容だったが、口調は暗く重かった。決して吹っ切れてなどいないと分かる。


「リルシュナ……、あなた今でも苦しんでいるのね……」

「魔女とは大抵そういうものさ」

「リルシュナ、呪いを解いてくれない? あなたが呪いを解いてくれれば、グラード様の誤解も解けるし、私たちも幸せに生きていける」

「幸せか。お前はセスと一緒で幸せなのか?」

「ええ、幸せよ」


 そうはっきりと答えると、リルシュナは頷きセスを見た。


「セスよ、お前は火の魔女と共にいて幸せか?」

「ああ」


 ただ一言頷いたセスに、フィエルティアは状況を忘れて幸せを感じた。初めてセスのはっきりとした気持ちを聞いた。自分だけの独りよがりではなく、ちゃんとセスも自分のことを想ってくれているんだと嬉しくなった。


「な、何をぐだぐだと意味のないことをしているんだ!! もういい。早く捕まえろ!!」


 突然ベルツ侯爵が話しに割って入った。戸惑う兵士たちは、それでも「やれ!!」と再度ベルツ侯爵が声を上げると、じりじりと動き出す。


「邪魔をするな、怯える者よ」


 リルシュナが低い声で静かに言った瞬間、ベルツ侯爵と兵士たちの動きがピタリと止まった。


「この騒動の首謀者が一体誰なのか、真実を見せてやろう」


 そうリルシュナが言うと、周囲が突然闇に沈んだ。そうしてその中に浮かび上がってきたのは、ベルツ侯爵がどこかの部屋で私兵に何かを言っている風景だった。


『グラードは私室に籠っている。絶対に正体は知られるな。適当に襲う振りをして、頃合いを見計らって逃げるんだ。あくまで襲う振りだけだ』

『はい、閣下』

『セスの部下だと匂わせるんだ、いいな?』

『はっ』


 場面は暗転すると、また違う場面が映し出される。そこには怒りで顔を真っ赤にしたラウラが映っていた。


『セス様とフィエルティアはどこに行ったの!? なぜ見つからないの、お父様!!』

『今探している。お前は黙っていろ!』

『早く私の前にセス様を連れてきて!!』

『お前が口出しすることではない!』

『もしセス様を傷付けるようなことがあれば、絶対に許さないんだから!!』

『ラウラ! いい加減に黙らんか!!』

『殺すのはフィエルティアだけよ!! セス様は私と結婚するんだから!! 絶対殺さないで!!』


 フィエルティアはラウラの剣幕に眉を歪めた。いっそ狂気にも思えるほどのラウラの様子は、目を背きたくなるほどだった。

 また場面は変わる。


『アシュリー伯爵の動きがおかしい。あちらから仕掛けてくるかもしれない。もし城に来るならばこちらのものだ。今度こそセスを殺し、国王暗殺の首謀者に仕立て上げるぞ』

『お嬢様にはなんと』

『あれのことは放っておけ。ロクサーヌさえいれば良いのだ。グラードはもはや私の手足も同然だ。後はセスを殺せば盤石だ』

『分かりました……』


 ベルツ侯爵と話している男性が、ラウラと共にいた者だとフィエルティアは気付いた。ラウラは父親の行動を知り、単独で城に乗り込んだのだろう。

 すべての企みが、ベルツ侯爵によって引き起こされたのだと思うと腹立たしくてならならない。


「まさか……、ベルツがすべてを……なんということだ……」


 呟いたのはグラードだった。呆然と光景を見つめたまま、悔しそうに顔を歪める。


「この国を自分のものにしたかったのだろうな。そのためには娘を利用し、国王を騙し、セスを亡き者にしようとした。浅はかな企みだ」

「私は……、ベルツの言うことを真に受けて……、兄上に……」


 ガクンと跪いたグラードは、肩を震わせ両手で顔を覆う。


「いつか兄上が記憶を取り戻して、呪いが私のせいだと分かったら……。弟でありながら王太子になり、あまつさえ国王になった私を許しはしないだろうと……。ただただ私は怖かったのです……」

「グラード……」

「ベルツに私を襲ったのが兄上だと言われた時、どこかで安堵していました。これで公然と兄上を遠ざけることができると。国王の座は安泰になると……」

「お前、そんなことを思っていたのか」


 懺悔を述べるグラードにセスは肩を竦めて笑うと、小さく溜め息を吐いて歩み寄る。それからそばに座りグラードの肩を優しく叩いた。


「俺は本当にお前を恨んじゃいない。あの時、俺が選択したことは正しかった。だって俺はお前の兄なんだから。お前を守れて、俺は自分を誇りに思う」

「兄上……」


 グラードが涙でぼろぼろになった顔を上げる。見つめ合ったあった二人は、穏やかに笑って抱き締め合った。


「美しき兄弟愛だな」

「良かった……。セスとグラード様が仲直りできて……」


 リルシュナの優しい声にうんうんと頷きながらフィエルティアが涙を拭う。


「時の魔女よ」


 気持ちを立て直したのか、落ち着いた声でグラードがリルシュナに話し掛ける。


「なんだ」

「兄上の呪いを解いてはくれまいか? 過去に起こったことはもうどうにもならないが、私にできることがあるなら何でもする。だからお願いだ」


 グラードの言葉にリルシュナが静かな目を向ける。その目には憎しみも恨みも見えないような気がしたが、フィエルティアは何を言われるのかと固唾を飲んで見守った。


「呪いはもう消えかけている」

「え!?」


 リルシュナの言葉に、その場の全員が驚き声を上げた。

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