第32話 魔女の墓
フィエルティアに振り下ろされた剣を受け止めたセスは傷だらけだった。それでも必死にフィエルティアを背後に庇うと、男の剣を押し返した。
「ご無事ですか、奥方様!!」
複数の激しい足音と共にアンディたちが階段を駆け下りてくる。そのままの勢いで男二人をあっという間に倒してしまうと、父がフィエルティアを抱きしめた。
「フィエル!! 怪我はないか!?」
「はい! 大丈夫です!」
「この方は、ベルツ侯爵のご令嬢では……。酷い火傷だ、早く手当てしなくては」
アンディが床に倒れているラウラを見つけ膝を突く。ラウラは限界だったのか気を失っているようでピクリとも動かない。
「ベルツ侯爵の娘? まさか娘まで使って……。ベルツ侯爵め」
父の低い声にフィエルティアは何も言えず口を噤む。アンディは着ていたマントを脱ぐとラウラの身体を覆うように掛けた。
「殿下、今の内に逃げましょう。増援が来ては大変です」
唐突に静かになった室内で、セスは部屋の奥を見つめている。フィエルティアは微動だにしないその後ろ姿に近付くと、そっと腕に触れた。
「セス、大丈夫?」
「ああ」
こちらに顔を向けたセスは小さく頷くとフィエルティアの肩に腕を回した。
「アンディ、明かりを付けてくれ」
「明かりを?」
「目的地はここだ」
セスの指示で部屋に明かりが点されていく。暗くてよく分からなかったが、この場所が奥に長く続く広い空間だと分かった。その景色を見てフィエルティアはやっと自分がいる場所がどこかを思い出す。
「ここ……、もしかしてお墓がある……」
「ああ。フィー、その姿はどうしたんだ?」
突然訊ねられて、フィエルティアはハッとするとセスから離れた。慌てて手を背中に隠す。
「こ、これは……」
自分の姿が変わってしまったことを思い出したフィエルティアは少しずつセスから遠ざかる。ラウラが火傷をしたのもたぶん自分のせいだろう。それが知られてしまったらセスはどう思うだろうか。
「痛いところとかないか?」
「え、ええ……」
「ならいい。おいで、奥に行こう」
セスはあっさりとそう言うと手を差し伸べる。セスの顔は穏やかなままで、フィエルティアを忌み嫌うような素振りは見えない。
フィエルティアは安堵して詰めていた息を吐くと、おずおずとセスのそばに近付き手を握る。
「何があるか分からない。俺のそばを離れるなよ」
「うん……」
ギュッと手を握られて、フィエルティアはその温もりに口の端を上げる。ただこれだけの触れ合いだけど、そばにいていいのだと、許されていると感じて嬉しさが溢れた。
「殿下、我々もご一緒しても?」
「ああ」
アンディと父が後ろに付いてくる。広い空間は奥に行くとまた暗闇に沈んでいたが、その真ん中にポツンと墓が置かれていた。背の高さほどの墓には何かの模様が彫られている。墓碑銘はない。アンディが明かりを照らしてくれると、床にも同じように模様が彫られている。
「夢で見た通りだわ……」
墓を見つめて呟いたフィエルティアは、セスの手が震えていることに気付いて顔を上げた。真っ青な顔のセスが片手で顔を覆っている。
「セス! 大丈夫!?」
「大丈夫だ……」
弱い声で返事をするセスは今にも倒れそうだ。アンディもその様子に気付きそばに寄る。
「殿下」
「大丈夫だ。ここに来れば何か分かると思ったが、どうにもなりそうにないな」
セスは墓にそっと触れ呟く。グラードとの和解が失敗し、呪いを解くこともできないとあれば、もはやここにいる意味はない。すぐにでも逃げなければ、また兵士に囲まれてしまう。
残念に思いながらも今は生きることが最優先だと、セスに「ここから出ましょう」と言おうとした時、階段を降りてくる激しい足音が地下に響いた。
あっという間に剣を持った兵士たちが走り寄りこちらを取り囲む。
「このようなところに逃げ込むなど浅はかですな、殿下」
ゆっくりと後ろから姿を現したベルツ侯爵が笑いながら言ってくる。
「笑っている暇があるなら娘を助けた方がいいぞ。死にはしないだろうが、だいぶ重症だ」
「な!? なぜここにラウラが!? お、おい!! 娘を助けよ!!」
部屋の隅に倒れたままのラウラの姿を見つけたベルツ侯爵は驚き、慌てて部下に命じる。
(ラウラがここにいることを知らなかった? じゃあ、ラウラは単独で動いていたというの?)
父親の命令でもなく、ただフィエルティアへの憎悪を募らせて自分の意志で行動を起こしたのか。それはもう執念に近い。
ベルツ侯爵の部下がラウラを介抱している。それを見てフィエルティアは安堵した。これでラウラはきっと助かるだろう。もし死んでしまうようなことがあれば、フィエルティアは自分を決して許すことができないだろう。
「兄上、なぜここに……」
兵士に守られながら階段を降りてきたグラードは、こちらを見ると怪訝そうに眉を歪めた。
セスを守るように父の部下が周囲を固める。けれど多勢に無勢だ。明らかにここを切り抜けることはできそうにない気がして、フィエルティアはハラハラとした気持ちでセスの背中に回る。
「こんなところに来てどうなるというのです、兄上。どんなことをしても呪いは解けませんよ。私もさんざん調べたんです」
「グラード、お前は呪いを受けた時のことを覚えているのか?」
「それは……」
セスの質問にグラードの顔色が明らかに変わった。フィエルティアはグラードの顔を見ている内に、夢で見た幼いグラードを思い出した。
ぼんやりとしか覚えていない夢の内容を思い出そうとして、なんとなくそばにあった墓に触れる。
その瞬間、すぐそばから若い女性の声が聞こえてきた。
「久しぶりに賑やかだと思えば、またお前たちか。王子たちよ」
空間に高い声が響き渡ると、墓から強い光が放たれた。あまりの眩しさに手で光を遮ったフィエルティアは、その光の中から金と銀に光り輝く美しい少女が現れるのを見た。




