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第31話 恨み

 部屋を飛び出した二人だったが、廊下の先で待ち受けていた複数の兵士にすぐに取り囲まれてしまう。


「下がってろ!!」


 セスの切羽詰まった声にフィエルティアは急いで柱の陰に隠れる。父の部下たちもすぐに合流してくれて乱戦となった。戦えないはずのセスもどうにか剣を振るっている。その勇ましい姿につい状況も忘れて見惚れていると、突然腕を掴まれた。

 ハッとして後ろを向くと、大柄な男が二人いて、あっという間にフィエルティアを捕まえた。


「いや!! 放して!!」

「騒ぐな! 行くぞ」

「セス!!」


 男の肩に担ぎ上げられてしまいフィエルティアは叫んだが、敵と戦闘中のセスは苦しい表情をこちらにちらりと向けるだけでどうにもできなかった。

 フィエルティアは男に担がれたまま廊下を進み、階下まで連れ去られてしまう。すっかり戦闘の喧騒から離れ、静かで真っ暗な部屋に降ろされると、フィエルティアは慌てて男たちから距離を取った。


「わ、私をどうするつもりなの……」


 腰にある短剣を震える手で引き抜き構える。


「ははは、そんな震えた手で戦えるのか?」


 男は馬鹿にしたように笑い、すらりと剣を引き抜くと、何の躊躇もなく剣を振り抜きフィエルティアの手から短剣を叩き落とした。


「あ!!」

「その勇気だけは褒めてやる」

「図太いだけよね、フィエルティア」


 暗闇から高い声がして顔を向けると、薄暗い階段から場違いなほど美しいドレスを着たラウラがゆっくりと下りてきた。


「ラウラ……」

「久しぶりね。まさかまたあなたとこうして会うとは思っていなかったわ」

「どういう意味?」


 ランプの灯りで見えたラウラの顔は穏やかだったけれど、真っ直ぐにこちらを見つめる目はまったく笑っていない。


「セス様の隣で笑うのは私よ。呪われているあなたが幸せになるなんてあり得ない」

「私は呪われていないわ!!」

「まだそんなことを……。あなたは誰からも愛されず、惨めに悲しく生きなくちゃだめなのよ。そうして一人で死んでいくの」


 ラウラの身勝手な言葉にフィエルティアは怒りが込み上げてくる。


「なぜなの……。なぜあなたはずっと私をそんなにも嫌うの? 私、あなたに何かした!?」


 子どもの頃出会った最初から、ラウラは敵意を剥き出しにしていた。会うことなんて社交界のパーティーくらいで、個人的に会うことなんてなかったのに。

 ラウラを傷つけるようなことなど一つもしていない。そこまでの親交もなかったのだ。


「何にも分かっていないのね、フィエルティア。あなたはあなたの存在そのものが悪なのよ」


 ラウラはそう言うと、隠し持っていた短剣を取り出した。フィエルティアは驚きよろけるように数歩下がる。


「本当はさっさと殺すつもりだったの。でも失敗した。あなたの逃げ足の速さには本当に嫌になる。でも、生かしておいて良かった。一つ、聞き忘れていたことがあるの」

「もしかして……、あなたが追手を……」

「今更? おめでたい人ね。まぁ、いいわ。さっさと質問に答えてちょうだい。セス様を大人に戻す方法を知っているわね?」

「何を……」

「知っているから今セス様は大人の姿なのでしょう? 大人のセス様と添い遂げるのは私なの。私と幸せになるの。さぁ、教えなさい!」

「知らないわ」


 フィエルティアが短くそれだけを答えると、ラウラの顔が醜く歪んだ。短剣を差し出し一歩ずつ近付いてくる。


「嘘よ。セス様はあなたといる時に大人になったじゃない。今までずっと子どものままだったのよ。あなたはセス様を大人にする方法を知っていたから、セス様に近付いたんでしょう!? なんて浅ましいの!! 呪われたあなたが、王子と結婚なんて出来る訳ないじゃない!!」

「知らないって言ってるでしょ!! 知ってたらこんな苦労しないわ!!」


 今までどれほど悩み、苦しい決断を自分に下してきたか、その胸を押し潰すような辛さが一瞬でよみがえりフィエルティアは叫んだ。

 ラウラはその言葉に、目を吊り上げ唇を噛むと、燃えるような憎しみの目をフィエルティアに向けた。


「役立たず!! ならあなたはもう必要ないわ!! いい加減死んでちょうだい!!」


 短剣を振り上げるラウラから逃げようとしたフィエルティアだったが、そばに立っていた男に背後から取り押さえられてしまう。身動きの取れない状況で、恐怖心が膨れ上がった。

 誰の助けもない、セスも父もそばにいない。もうだめだと思う心の裏で、死にたくないと激しく思った。

 その瞬間、胸に届く寸前の刃が燃え上がった。


「きゃあ!!」


 叫び声を上げるラウラのドレスも髪も燃え上がる。


「お嬢様!!」

「ぎゃあ!! 熱い!! 助けて!!」


 フィエルティアが呆気に取られて呆然と見ている中、床に倒れのたうち回るラウラの身体の火を、男二人が必死に消そうとしている。

 そうしてやっと火が消えた時、ラウラのドレスは半分以上が燃え尽き、素肌のあちこちが火傷になっていた。長かった髪も首元まで燃え縮れてしまっている。顔半分も火傷をしたのか、真っ赤に爛れていた。


「ああ……、顔が……熱い……痛い……」

「お嬢様、すぐに手当てしなければ!」

「フィエルティア……、化け物……、あなた……化け物よ……」

「わ、私……、私じゃ……」

「何が呪いじゃないよ!! その姿が何よりの証じゃない!!」


 ぼろぼろと涙をこぼしながら叫んだラウラの言葉に、フィエルティアは自分の姿をゆっくりと見下ろした。

 いつの間にか解けていた髪が視界に入る。その毛先だけだったはずの赤色が、肩辺りまで染めている。


「嘘……」


 愕然として髪を持ち上げたその手も肘まで赤色になっていて、フィエルティアはあまりのことに狼狽した。


「な、なんで……? 今までこんなこと……」


 赤く染まった髪も手足も、変わることなどなかった。突然、赤色の侵食が深くなって激しく動揺してしまう。


「殺して……、フィエルティアを殺して!!」

「お嬢様、そのままでは……」

「うるさい!! 早く……、うぅ……」


 男たちは苦しむラウラを心配する余りこちらに手を出してくるようなことはしない。フィエルティアは混乱する中で、それでもラウラのことも気になってその姿を見た。

 ラウラは全身が火傷で痛々しかったが、死にそうなほどではないように感じる。すぐに医者に見せればどうにか大丈夫だろうと思っていると、ラウラの剥き出しになった足に火傷とは違う、青い痣が膝から腿に掛けて大きく広がっているのが見えた。


「その痣……」


 フィエルティアが呟くと、ラウラがハッとして足を隠そうとした。


「あなたも私と同じような痣が……」

「違う!!」


 激しく否定したラウラは、震えながら憎しみの目をフィエルティアに向ける。


「私は呪われてなんていない!! これは違う!!」


 必至に叫ぶラウラの顔は、怒りと焦りが綯い交ぜになったような複雑な色が見えた。

 フィエルティアは完璧だと思っていたラウラに、同じような痣があったことに驚いた。


「どうして……? そんな痣があるなら、私のこと理解してくれたって……」

「理解? 笑わせないでよ! 私とあなたが同じな訳ないでしょ!? 化け物のあなたを理解する人なんていないわ!! ましてや幸せになろうとするなんて、それこそお笑い種だわ!!」


 痛みを忘れたように言葉を吐き捨てるラウラの剣幕に押され、フィエルティアはよろめくように一歩下がる。


「あなたはいつだって私より不幸でいなくちゃいけないのよ!! いつまでも皆に蔑まれて私を安心させてよ!!」

「ラウラ……、あなた……」


 フィエルティアはぶつけられたあまりにも酷い言葉に顔を歪めた。なんて理不尽で身勝手な思いなんだろうか。それでもほんの少しだけ分かる気もする。

 自分よりも不幸な人を見つけると、どこか安堵する。自分はまだましだと、だから大丈夫なんだと自分に言い聞かせることができる。けれどその感情が醜く意味のないことだということも分かっているから、結局空しくなってそんな自分が嫌いになるのだ。


「なによ……、その目……。まさか私に同情してるんじゃないでしょうね……。やめてよ……。あなたになんて私の気持ちが分かる訳ない……」

「ラウラ、私、」

「もういい……。もういい!! さっさとあの女を殺して!!」


 狂ったように叫んだラウラの勢いに気圧されるように立ち上がった男がフィエルティアを見る。


「悪いな。お嬢様を早く医者に見せなければいけないんでね」


 床に置かれていた剣を拾い上げた男がじりじりと近付いてくる。フィエルティアはまたしても窮地に陥り、逃げようとするが足が竦んで上手く動かない。


「や、やめて……」


 弱い声でそう言ってみたところで、男は何の感情もない目をフィエルティアに向け剣を振り上げる。


「フィー!!」


 恐怖に負け目を閉じたフィエルティアの耳にセスの声が聞こえ目を見開くと、そこにセスが走り込んできた。

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