第30話 対面
「グラード」
「誰だ? まさか……、兄上?」
「ああ、そうだ」
セスがゆっくりと部屋に入るので、フィエルティアもその後ろに付いて歩く。広い私室の中にはグラードの姿しかない。父もその部下たちもいるので、今のところそれほど恐怖は感じなかった。このまま上手くグラードと話すことができれば、危惧していたような戦闘は起こらないだろう。お願いだから上手くいってとフィエルティアは心の中で祈った。
グラードが驚きセスを凝視する。それから父とフィエルティアに視線を送り、大きく溜め息を吐いた。
「アシュリー伯爵に唆されたのですか?」
「なんの話だ?」
「兄上、私は幼い頃から兄上の代わりに王太子として努力してきました。仕方なかったとはいえ、弟の身で王になることを良く思わない者もいる。だから必至で政務をこなしている。皆に失望されないように、国民に認められるために。なのに、今更兄上は王座を欲するというのですか!? 大人の姿になれたからといって、国を治めるということがどんなことかも知らない兄上が!!」
「グラード、何を言っているんだ」
「私を殺したからといって呪いは解けないでしょう!? 大人の姿を維持できるのですか? まさか子どもであっても王になれるとお思いか!?」
グラードの強い言葉に全員が呆気にとられた。何を言っているのかさっぱり理解できない。
「待って下さい! 何か誤解しておられます! セスは、」
「まさか殿下直々に乗り込んで来るとは思いませんでしたよ」
フィエルティアが呆然とするセスの横で説明しようとすると、突然隣室に続く扉が開き、そこからベルツ侯爵が現れた。一緒にバラバラと兵士たちも入ってくる。
「兄上! このようなことおやめ下さい! 今なら引き返せます!!」
「だから何のことだ!?」
セスが声を荒げると、兵士たちは剣を引き抜きこちらを取り囲むように展開していく。唐突に物々しくなった雰囲気にフィエルティアは驚いたが、父を見ると冷静な表情で腰の剣を引き抜いた。
「殿下。何の知識も教養もなく、王座に就くことはできません。弟君に王座を譲ることはご不満でしょうが、国王陛下のお命を狙うなどあってはならないこと。反逆罪です」
「俺がグラードの命を!? 何を馬鹿な!! お前たちが俺の命を狙ったんだろうが!!」
苛立ちを隠さず怒鳴るセスに、グラードはゆっくりと立ち上がる。
「兄上、落ち着いて下さい」
「殿下、ここまで安全に到着できたのは陛下のご配慮です。外で争えば騒動になり、殿下の反逆が表沙汰になってしまう。ここなら私と陛下のみで収めることができる。今ならまだ間に合います。どうか素直に投降し我等の指示に従って下さい」
(どういうこと!? これって私たちがグラードを殺そうとしているってことになってしまっているの!?)
フィエルティアは混乱してしまった。どんな行き違いがあったらそんなことになってしまうのだ。セスは国王の座なんて一度も望んだことはない。そんな素振りも見せたことはないのに、なぜグラードたちはそう思い込んでいるのだろうか。
「俺は王になりたくてここに来た訳じゃない。グラード、お前と話がしたくて」
「アシュリー伯爵が中々の手練れを用意したようだが、ここには五万と兵士がいる。逃げることはできませんよ。抵抗するならやむを得ない。少しばかり痛い目に合うことはご覚悟下さい。やれ」
ベルツ侯爵の声と共に兵士たちがじりじりと間を詰めて来る。セスは苦しそうに顔を歪め、それでも剣を引き抜く。
「フィー、離れるなよ」
戦いが避けられないと判断したセスの言葉に、フィエルティアは恐怖に身体を強張らせた。
まったく上手くいかなかった。楽観的に考えていた訳ではなかったけれど、こんな酷い結末になるなんて想像もしていなかった。
フィエルティアは愕然として身体が上手く動かせなかった。腰に短剣はあったが、剣に触れることも出来ず立ち尽くす。
「グラード! 俺は王座なんていらない! 呪いが解けても、お前が王なんだ!!」
「戯言を!! 早く捕らえろ!!」
セスの叫びも空しく、ベルツ侯爵の激しい檄が飛ぶと、兵士たちが一斉に襲いかかってきた。
「殿下!!」
アンディがすぐさまそれに反応し、近くの兵士の剣を払い除けると、セスの前に出た。
「殿下!! フィエル!! 逃げるんだ!!」
父の激しい声にハッとすると、セスが突然手首を掴み走り出した。
「行くぞ!!」
「はい!!」
フィエルティアは心を奮い立たせ返事をすると、足に力を込めて全力で走った。




