第3話 招待状
それから数日、フィエルティアは何もする気もおきず、ただただぼんやりと日々を過ごした。社交シーズンで、毎夜どこかで舞踏会やサロンが開かれていたが、それに顔を出す勇気などさらさらなく、引き籠もるだけがフィエルティアにできることだった。
本来なら婚約発表をし、周囲に祝福され、ケヴィンと幸せな時間を過ごしているはずだった。だが現実は、地の底のように陰鬱な気持ちを抱え、ただ一人惨めに庭を見つめている。
(新しく誂えたドレス、どうしようかな……)
ケヴィンと一緒に舞踏会に出席する時に着ようと思っていたドレスは、今までの自分なら絶対に選ばない華やかな色のもので、今になってはまったく意味のないものになってしまった。
フィエルティアは大きな溜め息を吐いて立ち上がる。庭を散策でもして、少し気持ちを切り替えようと決めたところで、部屋にノックの音が響いた。
返事をして入ってきたクレアが手紙を差し出す。
「お嬢様、お手紙が届きましたよ」
「手紙? 誰から?」
「お城からのようですが」
「お城?」
クレアの言っている意味が分からず首を傾げながら封筒の裏を見るが、差出人の署名はない。
「郵便ではありませんよ。城から直接届けられたんです」
「直接? なにかしら……」
城から直接手紙が届いたことなどなかったフィエルティアは、それがどういう意味かよく分からなかったが、とにかく中を見てみようと封を開けた。
文章の最後に目をやると『ルイーズ』と名前が書かれている。
「ルイーズ……、あ、あの時の……」
フィエルティアは舞踏会の夜に出会った少年とその乳母を思い出した。その乳母の名前がルイーズだったと記憶しているが、その乳母が私に何の用だろうと首を傾げる。
――突然のお手紙をお許し下さい。先日、舞踏会の夜に、お会いしたセス様を覚えておいででしょうか。
あれからセス様はフィエルティア様のお話ばかりをされ、また会いたいと何度も口にされます。
人見知りのあるセス様にとってはとても珍しく、フィエルティア様に興味を持たれたようです。
そこで大変ぶしつけとは存じますが、またセス様に会いに来て頂けないでしょうか。
セス様のご両親もぜひにと望まれております。
ほんの少しの時間でも構いません。ぜひご考慮して頂き、返答をお願いしたいと存じます。
ルイーズより――
「まぁ……」
フィエルティアは書かれた内容を一読して思わず小さく声を漏らした。あの辛い城での出来事ばかり思い出していて、セスとのことをすっかり忘れていた。
今思い返してみれば、酷いショック状態だった自分がどうにか落ち着きを取り戻せたのは、セスが優しく声を掛けてくれたからだ。
そのセスがまた会いたいと思ってくれているなんて思ってもみなかった。
「クレア、お父様はお部屋にいる?」
「はい、書斎におられるかと」
「そう」
誰にも会いたくなくて引き籠もっていたけれど、セスの愛らしい笑顔を思い出したら、自然に腰を上げていた。
手紙を手にしたまま書斎に向かう。ノックをするとすぐに中から低い声で返事が聞こえた。
「お父様、今よろしい?」
「ああ、フィエルか。どうした?」
大きなデスクで書き物をしていた父が顔を上げ笑顔で頷く。
「お父様はお城に住んでいるセスという男の子を知っていらっしゃいますか?」
「セス様? なぜお前が知っているんだ?」
父が驚いた様子で訊ね返してきたので、持っていた手紙を差し出すと、事の顛末を話した。
話を聞きながら手紙を読んだ父は、少し難しい顔をしてフィエルティアを見る。
「なぜセス様と会ったことを黙っていたんだ?」
「黙っていたつもりはないんです。すっかり忘れていたというか……、それどころじゃなかったですし……」
叱られたような気がして言い訳めいた事を言うと、父は小さく溜め息を吐きながら手紙を返してきた。
「セス様は、確かに城に住んでいるが、あまり公にはされていないんだ」
「公に? 王族のどなたかのお子様ではないのですか?」
城にいるのだからそう考えるのが普通だろう。遠い親戚を預かっているとか、そういうことだろうとフィエルティアは勝手に考えていたが、父の難しい顔を見る限りもっと複雑な事情がありそうだ。
「私の口からは言えん。詮索するような事でもないしな」
「そう、ですか……」
「会いに来てほしいと手紙に書かれているが、どうするんだ?」
「お父様が許して下さるなら、行ってあげたいと思うのですが。お父様にご迷惑が掛かるようならお断りします」
「迷惑ではないが……。セス様はいつもお寂しい日々を送っているからな……。お前が行って少しでも慰めになるのならそれもいいかもな」
父は穏やかな顔でフィエルティアを見ると、そう言い笑った。
それからフィエルティアが返事の手紙を書いて城へ送ると、数日後、入城する日が決まった。
◇◇◇
城の奥へと案内されながら、フィエルティアは煌びやかな城の内装を見上げる。基本的に城には舞踏会以外であまり入ったことがないので、昼間にこれほどじっくりと中を見たことがなかった。
それも今歩いているのは城の奥、本来は王族以外は入れないエリアだ。壁に飾られた歴代の王族たちが描かれた絵画などをつい目で追いながら歩いてしまう。
「フィエルティア様、この先はわたくしはご案内できませんので、お一人でお進み下さい」
突然話し掛けられて、フィエルティアは異国のものだろう複雑な形の壺を見ていた顔を慌てて戻す。目の前には大きな両開きの扉があって、メイドはどうぞとその先を促した。
「そ、そう。分かったわ」
案内がなくて迷わないかしらと思いながら扉を開くと、今までの華やかな廊下の様子とは明らかに違う、落ち着いた内装が目に入った。
見送るメイドにちらっと視線を送るが、メイドは笑顔のまま静かに見つめ返してくるだけだ。フィエルティアはしょうがなく前を向くと歩きだした。
廊下には今まであったような金の装飾や派手な色合いはどこにもない。クリーム色の壁紙には可愛らしい花柄の模様があり、シャンデリアの代わりに素朴なランプが吊るされている。
牧歌的な様子さえ感じる内装を眺めながら進むと、左手に庭が現れた。開け放たれたドアからは心地良い風が入ってくる。高い塀に囲まれているが、木々が生い茂り、可愛い花が方々に咲いている。その美しい様子に惹かれるように古びたレンガの飛び石に足を乗せると庭に出た。
少し開けたところはあるが、低木や高い木にだいぶ視界は遮られている。かくれんぼにはもってこいの場所に、もしかしたらセスがいるのではとフィエルティアは思い足を進めると、木々の合間に人影を見つけた。
(セスかしら?)
そう思う先で、ベンチに座る姿が大人であることに気付いた。自分と同じような年齢の男性が足を組んで本を読んでいる。
声を掛けようかと思ったが、王族ならもしかして失礼になるかしらと思い止まる。
「フィー!! 来てくれたの!?」
男性から視線を逸らした瞬間、高い声が聞こえた。驚いて顔を戻すと、男性が座っていたベンチの方からセスが駆けてくる。
そのままぶつかるように足に抱きついたセスを見下ろし笑顔を見せたフィエルティアは、もう一度ベンチに視線を送る。
(見間違いかしら……)
誰かが歩き去った様子はない。
「セス、誰かと一緒にいた?」
「うん。ノノと一緒にいたよ」
フィエルティアの質問に、セスはにっこりと笑い胸に抱き締めていたクマのぬいぐるみを差し出す。
久しぶりの可愛らしい姿にフィエルティアは釣られるように笑みを見せるとセスを優しく抱き締めた。