第29話 侵入
助力を決めた父の行動は早かった。3日後には城に入れる手筈を整えた。フィエルティアは父がこれほど行動力のある人だと思わず驚いた。文官である父はいつも穏やかで、争い事などは無縁の人だと思っていたが、人はやはり見掛けだけでは判断できない。
母のこともかなり勇気のいる決断だったろう。妻と娘の秘密を一人で守り抜いてきたことを考えても、改めて尊敬せずにはいられない。
深夜に近付く時間、身軽な格好になり出掛ける準備をし始めると、セスはあっという間に25歳の姿になった。それを見つめていたフィエルティアはどうにも我慢できず立ち上がった。
「私も行くわ!」
「ダメだ。何度も言っているだろ。フィーはルイーズとここにいるんだ」
父が来てから何度も言っているが、セスは一向に首を縦に振ってくれない。それでもフィエルティアは負けずに言い続ける。
「一緒に行かせて! 魔女の呪いが本当なら、私が役に立つかもしれないじゃない!」
「危険すぎる。どうなるか分からないんだぞ」
「分かってる。でも地下に、魔女の墓に行くなら私も一緒に行きたいの」
「俺は剣も使えない。今まではどうにかなったが、敵の真っ只中に行くんだ。守り切れるか分からない」
「守ってもらうつもりなんてないわ。私たち夫婦でしょ? 助け合わなきゃ」
フィエルティアが必死でそう言うと、セスは動きを止めた。睨み付けるような目をこちらに向けてきて少し怖かったけれど、それでも目を逸らさずにいると、根負けしたように大きな息を吐いて肩から力を抜いた。
「結構頑固なところがあるんだな、フィーは」
苦笑しながらセスはそう言うと、テーブルの上にあった短剣を差し出した。
「その格好で行く気じゃないだろうな?」
「す、すぐ支度する!」
短剣を受け取ったフィエルティアは、慌てて自分の姿を見下ろし言った。ルイーズに手伝ってもらい男装になると、腰に短剣を差す。
「本当に行かれるのですか?」
「うん。セスだけ行かせる訳にはいかないもの」
「フィエル様……」
心配そうなルイーズに笑顔を向けると、椅子に座る。
「邪魔にならないように髪を纏めてくれる? 私じゃまだできないわ」
「無理は絶対にしないで下さいね。危ないようなら必ずお逃げ下さい」
「分かってるわ。無茶なんてしない。またルイーズの美味しいスープが食べたいもの」
鏡越しににこりと笑って見せると、ルイーズは心配をありありと湛えた目で、それでもどうにか笑顔を作って頷いてくれた。
そうして間もなくして姿を現したアンディは、部屋に入るなりフィエルティアの格好を見て驚いた。
「まさか奥方様もご一緒に?」
「ええ、行くわ。足手まといにならないように頑張るから」
「そういうことだ」
セスが付け加えるように言うと、アンディは戸惑った様子ではあったが頷いた。
3人は黒いマントを羽織り、闇に紛れて移動を開始した。兵士が遠目に見えたが、大通りに近付くことはせず、下町の古びた家を縫うように進んだ。
どこから城に入るのかと思いながらフィエルティアは必至に二人に付いて行くと、城の裏手側、いつか城を出る時に使った通路のそばへ辿り着いた。
「ここ……」
「懐かしいな」
「逃げた時のこと、覚えているの?」
「ぼんやりとな」
物陰に潜み、アンディが駆けて行くのを見守りながら話していると、すぐに近くの家から数人が近付いてきた。
こちらに近付いてくると、フードを下ろしたのは父でフィエルティアは安堵して立ち上がった。
「お父様」
「フィエル! お前も来たのか」
「ええ」
父は一瞬何かを口にしようとしたが、言葉を発することなく小さく頷くだけだった。
「今日はこの通路が手薄になっている。今なら城の中にまで入れるでしょう」
「どうやったんだ?」
「街で騒ぎを起こしました。兵士の多くはそちらに回っている。残った守備の者は、すでに片付けてあります」
父の手際の良さにセスもフィエルティアも驚いた。お互い驚いた表情で目を合わせる。
「すぐに異変には気付かれます。お急ぎを。国王は私室におられる。そこまでの道は確保してあります」
「分かった。行こう」
暗い通路に入り、ぼんやりとした灯りの中を数名の護衛と共に走り続ける。数か月前はこの場所を死に物狂いで走り抜けた。外へ向かって逃げるために。けれど今度は、その道を使って、城へ戻ろうとしている。
それがなんだか妙な気分だった。あのまま逃げ続ける運命なのかと思っていた。何の力も頭脳もない自分が、運命を切り開くためにまたここへ自分から戻ってくるなんて思いもよらなかった。
(セスのおかげなのかもしれないわ……)
一人ではこんな勇気は持てなかっただろう。セスがそばにいてくれるから、不思議に勇気が湧いてくる。どんな逆境も乗り越えられるんじゃないかと、今では思える。
「あちらです」
父が指し示した方向には、大きな扉があった。扉を守る兵士二人が気付くが、こちらの護衛に音もなく倒される。
バタバタと倒れる二人を見てフィエルティアは驚いたが、アンディも父も平然と扉に取り付いた。
「お早く!」
「あ、ああ」
王の私室の扉を、セスがノックする。中からすぐに「入れ」と声がして、アンディが扉をゆっくりと開いた。
「どうした、何の用……」
正面の大きな執務机に座っていたグラードが顔を上げると、声を途切れさせた。見開いた目は失望の色をありありと映していた。




