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第28話 母の正体

「お母様が魔女!?」


 フィエルティアが知っている母とは、隣国ルワイユ王国から嫁いできた貴族の娘だということくらいだ。どうして異国に来たのか、どうやって父と出会ったのか、今までいくら聞いても父ははぐらかしてきた。当時はただ恥ずかしいだけなのかとも思って、フィエルティアは深く聞かずにきた。


「そうだ。ルワイユ王国からやってきた魔女だ。フィーナはその魔女の力で殿下を治療したんだ」

「魔女って物語に出てくるような、魔法とか、そういう?」

「詳しくは私もよく分からない。フィーナは極力そういう力を使うことはしなかったしな」


 父の話を聞いてもいまだにフィエルティアは信じられない気持ちでいっぱいだった。

 フィエルティアの微かな母の記憶の中に、そんな不思議な力を見たというようなことはまったくない。


「……王妃様たちはお母様が魔女だと知っていたの?」

「確信はなかったようだった。ただルワイユ王国からそういう噂のある女性が私に嫁いだということは知っていたのだろう。だから一か八か、頼んだのだろうな」

「噂……。お母様はなぜルワイユ王国からこちらに来たの?」


 フィエルティアが昔から知りたかったことを聞いてみると、父は少しだけ口元を緩めた。


「フィーナは外交に来ていた父親のお供でこの国に来ていたんだ。私とは城のパーティーで知り合った。あの頃の私は、前の妻を病気で亡くし気落ちしていたのだが、フィーナには随分慰められた」

「まぁ、それがお母様との出会いでしたの」

「祖国で生き辛さを感じていたフィーナはそのままこの国に残り、私の妻になった。フィエルも生まれ、フィーナは幸せそうだったよ」


 これほど詳しく母の話をする父の懐かしそうな、けれど少し寂しそうな表情を見て、初めて父の母に対する感情を感じることができた気がする。


「ただ、フィエルが生まれた時、お前のことを酷く心配していた」

「どうして?」

「お前もまた、魔女だからだ」

「え……?」


 父が何を言っているのか、すぐには理解できなかった。フィエルティアは言葉を無くし、父を見つめる。


「魔女が産んだ娘は魔女になる。それは抗えない運命なのだとフィーナは言っていた」

「でも……、私には何も、何の力もないわ……」


 動揺してそう言うが、父は手を伸ばすとフィエルティアの肩に手を置く。


「お前の中には確かに魔女の力がある。だが魔女として生きるのはあまりにも辛くフィエルが不憫だと、産まれてすぐにお前の力を封じたのだ」

「お母様が力を封じた……」

「しばらくは穏やかな暮らしが続いた。だがフィエルが2歳の頃、フィーナが病に倒れた」

「待って。お母様が魔女なら病気は治せたんじゃないの?」


 セスの熱病を治したくらいだ。自分の病気も治せたんじゃないかと訊ねてみると、父は顔を歪めて首を振る。


「その時にはもう、フィーナは魔女の力は無かったんだ」

「魔女の力が無かった? どういう……」


 意味が分からず首を傾げたフィエルティアは、ふと嫌な考えが頭に浮かび言葉を止めた。


「まさか……、お母様の力を私が……私が奪ってしまったの?」

「フィエル、お前のせいじゃない。そんな風に思わないでくれ」

「いいえ! だって、私が産まれなければお母様は自分の病気を治せたんでしょ!?」

「フィエル、聞きなさい。フィーナはお前に感謝していた。そして謝ってもいた。お前を産み、魔女の力を失ったフィーナは、初めて普通の女性として生きる喜びを知った。けれどそれと同時に、お前に魔女の苦しみを押し付けてしまったと、いくら謝っても謝り切れないと言っていたんだ」


 父の強い言葉に涙が溢れてくる。手を強く握られてフィエルティアもその手を握り返した。


「結果的にフィーナは病気で命を落としたが、最期までお前を恨むようなことは無かった。ただお前の幸せだけを祈っていたよ」

「お母様……」

「フィーナを亡くし辛かったが、フィエルが元気に育ってくれて、私はそれだけで癒されていた。だがしばらくして異変が起こった」

「異変?」

「お前の髪の先が赤く染まってきたんだ」

「え!? 私のこの髪は生まれつきじゃないのですか!?」

「ああ。お前は元々綺麗な金髪だったんだ。それが徐々に毛先が赤くなりだした。手足の先まで燃えるような赤になってしまった時は驚いたよ」


 フィエルティアは父の言葉にどうにか自分の記憶を探ってみたが、自分の髪が普通の金髪だったことなどやはり思い出せない。


「なぜ赤くなってしまったのかいまだに理由は分からない。赤い髪色はフィーナに似ていなくもないが、それにしても手足まで赤くなるのもおかしいしな」

「お母様は茶色の髪だった気がするけど……」

「本当は赤い髪だったんだ。ずっと隠していたがな」


 家にある母の肖像画は、茶色の髪で描かれている。母にはたくさんの秘密があったのだ。それを何も知らずに見過ごしていたのが悔しい。

 もっと長く一緒にいられたら、きっと母の苦しみを癒すこともできたかもしれないのに。


「お前のためを思ってフィーナは魔女の力を封じた。だが結局、お前は辛い人生になってしまった。本当にすまない……」


 父は沈痛な面持ちでフィエルティアに謝った。その苦しそうな顔を見て、フィエルティアは弱く首を振る。


「お父様、そんな風に謝らないで下さい。お母様はきっと最善を考えてこうしてくれたのです。お父様もお母様も私の幸せを一番に考えてくれている。それは十分分かっています。他人からどれほど酷いことを言われても、お父様が私を守ってくれていたから、私はこれまで挫けず生きてこられたのです」

「フィエル……」


 一気に色々なことが分かって胸がいっぱいになっていたフィエルティアは、そういえばずっと自分と父だけが話し続けてしまっていたと、隣のセスを見て驚いた。

 セスは真っ青な顔でぶるぶると震えていた。ルイーズが隣で心配そうに背中をさすっている。


「セス!? どうしたの!?」

「だ、大丈夫だ……。魔女の話を……」


 フィエルティアは苦しそうなセスの様子に、少し前、子供の姿だったセスに魔女のことを聞いた時のことを思い出した。

 あの時もセスは酷く脅えていた。


「セス、苦しいなら聞かない方が……」

「いい。アシュリー伯爵、フィーの母親から私の呪いの事を聞いてはいないか?」


 酷く具合いの悪そうなセスは、それでも震える声で父に訊ねた。


「殿下、城の地下にある墓のことを知っていますか?」

「ああ」

「あれは魔女の墓です」

「魔女の?」

「ええ。100年前、王家が殺した魔女の墓です」

「王家が殺した?」

「フィーナが言っていました。城の地下には悲しい魔女が眠っていると」


 父の言葉にセスは苦しそうに目を閉じ項垂れる。限界を感じてフィエルティアはセスを抱きしめた。


「セス」

「大丈夫だ、フィー……」


 ゆっくりと顔を上げるセスの顔はもはや色もなく、冷や汗が額を流れ落ちる。父も心配そうにこちらを見ている。


「殿下、アンディに事情は伺いました。城に戻りたいとお考えだとか」

「ああ……」

「私がご助力致します」

「だが……、かなり危険だ……。失敗すれば、命も……」


 父は穏やかに笑うと、手を差し伸べセスの腕に触れた。


「お忘れですか? 殿下は娘の夫。もう私の息子なのです。息子を助けぬ親などいません」

「アシュリー伯爵……」


 優しさが滲む父の声に、セスは申し訳ない様子でフィエルティアを見る。目を合わせたフィエルティアは同じように笑って頷いた。


「皆で乗り越えましょう」

「フィー……」


 フィエルティアがそう言うと、セスは少しだけ考えた後、決意をした目を父に向け、一言「頼む」と告げた。

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