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第27話 アシュリー伯爵

 それから数日は不安とはよそに平和な時間が過ぎた。街の喧騒にも徐々に慣れ、フィエルティアは窓から見える活気ある街の様子を見る余裕もできた。

 城下町に移動すると言われた時は絶対すぐに見つかってしまうと思ったが、今のところ兵士や不審な行動を取っている者を見掛けることはなく、周囲に怪しまれることもなく過ごしている。

 セスはまた年齢が少し上がったように感じる。もう10歳以下の姿になることはなく、15歳ほどの姿をうろうろとしていることが多かった。それが何を意味しているのかは分からないが、きっと自分たちを守ろうとして大人になろうとしてくれているのだろうと、フィエルティアは勝手に思っていた。


「フィエル様、お洗濯をしまったらお茶にしましょう」

「ええ、ありがとう」


 ルイーズに声を掛けられ返事をしたフィエルティアは、手を伸ばして窓の外に続くロープに手を掛ける。

 冬の高い青空を見上げてから、洗濯物が乾いたかを確かめる。


「良かった、よく乾いてる」


 このところ曇り空が多くて、夕方になっても洗濯物が渇いていないことがあったので困っていたが、今日はよく乾いていてフィエルティアは笑みを作った。

 ロープを手繰り洗濯物を一枚ずつ回収する。森の中の生活も街での生活も、狙われることがなければフィエルティアにとっては快適なものだった。

 生活するのは毎日大変だけれど、こんな暮らしも悪くないと思い始めていた。貴族として何不自由なく育ったけれど、こうして毎日食事を作り、洗濯や縫物をして、忙しくしているのも苦ではない。

 今までの生活よりもずっと充実しているようにも感じられる。


(グラード様の誤解が解けて、セスの呪いも解けたら、城の奥深くに暮らすのではなく、どこか静かなところで暮らしたいな……)


 洗濯物を畳みながら籠にしまうと、1階にはもうセスの姿があった。今日は20歳ほどの年齢で過ごしている。だいぶ実年齢に近い姿なので少し緊張してしまうが、フィエルティアはいつものように隣に座った。

 ルイーズが入れてくれた紅茶を飲みながら、ちらりと見るとセスの表情はいつもよりも穏やかな印象で、フィエルティアは少し疑問に思っていることを聞いてみようと口を開いた。


「ねぇ、セス。私、ずっと気になっていたことがあるのだけど」

「なんだ?」

「森の中で襲われた時、セスが一番最初に気付いたでしょ? あれってどうして分かったの?」


 あの時、セスは森の中を近付いてくる敵をいち早く感知した。暗闇の中、音もなく忍び寄る敵をどうやって知ったのか、フィエルティアはずっと不思議だった。


「俺にもよく分からない。そう感じたというしかないんだが、敵が近付いてくるのが見えたというか、何というか……」


 珍しく歯切れの悪い言い方をするセスに、自分でもよく分かっていないことは窺い知れる。それでも直感にしても的確過ぎて、普通ではないように感じる。


「セス様は昔から不思議にそういう勘が働くことがございました」

「勘?」


 ルイーズの言葉にセスも不思議そうに首を傾げる。


「王妃様が突然お部屋にお越しになる前にそれを察知したり、お天気を当てたり」

「本当か?」

「はい。わたくしも最初は偶然だと思っておりましたが、大抵は当たっていたので、たぶんそういう不思議な力がおありなのだと思っておりました」

「へえ……」


 フィエルティアがセスを見ると、まだ信じられないという目で見つめ合う。


「それって呪いと関係あるのかしら」

「さぁな……、だが自分でコントロールしていない以上、過信して頼ることはできそうにないけどな」


 敵の接近が分かればだいぶこちらが有利になると思ったけれど、そう簡単な話でもないのかとフィエルティアは肩を落として「そうね」と小さく頷いた。



◇◇◇



 数日後、眠りに落ちて随分経った頃、階下で扉の開く音がした。フィエルティアが目を開けると、目の前に25歳の姿のセスが起き上がった。寝る前は15歳だったので驚いたが、目の合ったセスが口許に人差し指を立てるのを見て声を出すのを慌てて止めた。

 静かな足音が階段を上がってくる。古い木の軋む音に、フィエルティアが怯えてセスに身を寄せると、セスが左手で守るように抱き寄せてくれる。空いている右手に剣を持って構える。

 緊張感が漂う中、足音が扉の前で止まると、小さくノックの音が響いた。


「殿下、アンディです。就寝中に申し訳ありませんが、急ぎお話したいことがございます」


 よく知るアンディの声に二人は肩から力を抜き安堵の息を吐く。ベッドから下りセスが扉を開けると、アンディだけではなく、その後ろにフードを被った人がいた。

 暗がりの中でフードを脱いだその人の顔を見てフィエルティアは息を飲んだ。


「お父様……?」

「ああ、フィエル」

「お父様!!」


 フィエルティアはあまりの驚きと嬉しさで声を上げると、父親に抱きついた。


「フィエル、よく無事でいてくれた……。よく頑張ったな」

「お父様……、お父様……」


 優しく頭を撫でてくれる父の大きな手に涙が溢れる。自分ではこの状況に慣れたつもりでいた。けれど父親に会ってどれほど無理をしているか気を張っていたか分かった。


「奥方様、アシュリー伯爵、下へ参りましょう。そちらでゆっくりとお話を」

「そうだな。フィエル」

「は、はい……」


 優しく促されフィエルティアは涙を拭うと階段を降りる。そっと振り返ると、セスが優しく微笑んでくれる。その顔に笑い返しまた前を向くと、下ではすでにルイーズがお茶の用意をしてくれていた。

 全員が薄明かりの下、テーブルに着くと父が話し出した。


「先王が逝去されてグラード殿下が国王に即位した後、城で陛下が襲われたのを知っていますか?」

「グラードが? 誰に?」

「それはよく分かりません。調べてはおりますが、誰の犯行だったかはまだ……。城の中が妙に物々しい雰囲気になって、心配になった私はフィエルとの面会を陛下に申し出たのですが、良い返事は頂けませんでした。いつまで経っても返答がないことに不審に思い密かに調べれば、すでに殿下もフィエルも城内にはいないと分かりずっと探しておりました」


 父が探していたと知りフィエルティアは嬉しくてまた少し涙が滲んだ。見放された訳ではなかった。ちゃんと自分を、自分たちを心配してくれている人がいるのだと分かり、胸がいっぱいになった。


「妙な輩が私を監視しているのも分かって上手く動けなかったのですが、アンディが知らせを寄越してくれて助かりました。私の力だけでは探し出すことはできなかったでしょう」

「お父様……」

「アシュリー伯、あなたを危険に晒したくないと思っていたのだが、結局助けを求めてしまった。不甲斐ない私を許してほしい」

「殿下……」


 申し訳ないと顔を曇らせるセスに、父は穏やかな顔を向ける。


「殿下。大人の姿になられていて驚きました。アンディから聞いておりましたが、娘を守って戦ったとか。呪いのある身で、よくぞ娘を守って下さいました。こちらこそ感謝致します」

「いや……」


 お互いを思いやっている言葉にフィエルティアは笑みを作ると、セスの手をそっと握った。


「ね、私が話してもいい?」

「もちろんだ」

「お父様、私、お父様にお聞きしたいことがあるの」

「聞きたいこと?」


 こちらに目を向けた父にフィエルティアは頷き続ける。


「セスが3歳の時、熱病を患ったのを覚えている?」

「どうしてそれを……」


 明らかに父の顔色が曇る。フィエルティアはテーブルに置かれた王妃の日記を差し出した。


「王妃様の、前王妃様の残された日記に書いてあったの」

「日記……」

「そこにはお母様がセスを治したと書いてあったわ。これってどういうこと?」

「なぜそれを知りたいんだ」


 話すのを渋るような父の様子だったが、フィエルティアは構わず続けた。絶対に聞かなければいけないという意志で父の目を強く見つめる。


「不思議なことがたくさんあるのです。お母様のこと、セスのこと、そして私のこと。でも全部、繋がっているような気がするのです」

「フィエル……」

「セスの呪いを解きたいの。そのためには知らないといけないのです」


 セスの手を握り締める。辛い現実が待っていたとしても、きっと乗り越えていける。今ならそう思える。


「……お父様、私も呪われているの?」

「違う!」


 父は今までと同じように強く否定した。けれどどこか諦めたような、納得したような表情になると、一度気持ちを落ち着かせるように大きく息を吐いた。


「フィーナが殿下の熱病を治したのは本当だ。この国の最高の医者が匙を投げ、もう手の施しようがないと言われていた。藁をもすがる思いで、先王と王妃様はフィーナを呼んだんだ」

「お母様はお医者様ではないわよね?」

「ああ、違う」

「ではなぜ?」


 父は一瞬言葉を止め眉を歪めた。それからじっとフィエルティアを見つめて一言言った。


「フィーナは、魔女だ」

「え?」


 父の言葉にその場の全員が息を飲んだ。

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