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第22話 真実への道

 セスをベッドに寝かせると、フィエルティアはルイーズと食事の準備をした。この頃は少しずつ料理もできるようになって、簡単なものなら任せてくれるようになった。

 料理が出来上がってもセスは起きることはなく、結局ルイーズと二人で先に食べてしまうことにした。


「フィエル様のお作りになったスープ、とっても上手にできておりますね」

「やっとそれっぽくなったけど、まだお野菜は上手く切れないわ。不揃いで不格好だもの」

「いえいえ、料理は味です。これだけ美味しくできていれば、セス様も大満足ですよ」

「そうかしら」


 ルイーズの言葉に嬉しくなってフィエルティアは微笑む。二人で穏やかに会話をしながら食事を終えると、ゆっくりとお茶を飲みながらフィエルティアは正面に座るルイーズをじっと見た。


「ルイーズ、あなた“魔女の呪い”って知ってる?」


 ルイーズはハッとすると、明らかに顔を曇らせた。


「知ってるのね」

「はい……」

「なぜ今まで教えてくれなかったの?」

「それは……、あまりにも恐ろしく口に出すのも憚られることでした。誰にも話してはならないと先王と王妃様にきつく言われておりましたし……」


 ルイーズは苦しい表情でそう言うと、下を向いてしまう。

 フィエルティアはその顔を見つめながら、手を伸ばすとルイーズの手をそっと握った。


「私ももう王家の一員でしょう? ルイーズは私をセスの妻だと認めてくれたんじゃないの?」


 そう優しく言うと、ルイーズは深く頷いた。


「そうでございます。黙っていて申し訳ございませんでした」

「うん。知っていること、話してくれる?」

「……魔女の呪い、それは城の地下に眠る100年前に封じられた魔女のことでございます」

「城の地下に?」

「はい。セス様は地下にある魔女の墓に触れたようです。そのせいで魔女から呪いを受けたのです」

「なぜ城の地下に魔女の墓があるの?」

「詳しい事情はわたくしには分かりません。ただその魔女は100年前の国王に殺されたと言われています」


 ルイーズの説明にフィエルティアはしばらく無言になった。

 魔女についての詳細は王妃の日記には書かれていない。ルイーズの説明で少しだけ分かったのはいいが、呪いが解けるような手がかりはどこにもないように感じる。


「フィエル様はなぜ魔女のことをお知りになったのですか?」

「私は王妃様の日記を見つけて……」


 そこでふとルイーズならば王妃と自分の母の繋がりを知っているのではないかと思った。


「ねぇ、ルイーズ。セスが3歳くらいの時、熱病に罹ったことを覚えている?」

「え? ええ、よく覚えておりますよ」

「その時、私の母が城に呼ばれたらしいのだけど、それは知ってる?」

「フィエル様のお母様が? いいえ、知りません。……あの時はもうセス様は助からないと主治医が仰って、わたくしもただただ神に祈るしかなく絶望したのを覚えております」

「回復した時のことは覚えてる?」

「はい。主治医が驚いていたのを覚えています。セス様は運が良かったと」


 ルイーズの言葉に嘘はないだろう。一番そばにいるはずの乳母も知らないのなら、本当に極秘裏に母は呼ばれたということになる。

 フィエルティアはなぜか母のことがとても気になった。けれど思い出そうとしても自分の中に母の記憶はないに等しい。たぶん父や兄ならば知っているのかもしれないが、今のこの状況では聞くことはできない。

 魔女についても、母のことについてももっと知る必要がある、そうフィエルティアは強く感じた。



◇◇◇



 それから王妃の日記を読むことがフィエルティアの日課になった。魔女のことを調べることが一番の目的だったが、もう会うことができない王妃とまた会えたような気がしてとても癒された。

 とはいえやることはたくさんあり、家の仕事をする合間のことなのであまり読み進めずにいた。


「ルイーズ、水汲みに行ってくるわね」

「はい、お願い致します。フィエル様」


 桶を二つ両手に持って家の外にでる。周囲を見渡し人影がないかを確認してから歩きだすと、井戸の前に立った。

 どんよりとした曇り空は、今にも雪が降ってきそうだ。とても冷え切っていて寒かったが、フィエルティアは手袋を外しポケットにしまうと、縄の付いた桶を井戸に落とした。

 ずっと手袋をして生活してきたが、仕事をする時とても邪魔に感じていた。自分の赤い手を見てしまうといつも落ち込んでいたが、この頃はルイーズとセスしかいないからか、やっと手袋を外す勇気が持てて、徐々に手袋を外す機会が増えた。

 水の重みを感じながら、両手で縄を手繰っていると、ふいに背後から腕が伸びて縄を掴んだ。

 大人の腕にルイーズかと思って振り返ったフィエルティアは、間近に大人のセスがいて目を見開く。


「セス!」


 さらに驚いたことに、セスの姿は17歳ほどの少年だった。見たことのない年代にフィエルティアは戸惑い思わず身体を硬直させる。

 自分よりも少し高い身長に、大人になりきっていない少年らしい姿は、とても瑞々しい様子で、少し生意気そうな目は、25歳の落ち着いた雰囲気とはまた違う印象だった。


「これを引けばいいのか?」

「あ、いいの。私がやるわ」

「いい。僕がやる」


 慌ててフィエルティアが手を出そうとすると、セスはその手をそっと離させ、力強く水桶を引き上げた。


「さすがね。あっという間に終わっちゃった。ありがとう」

「……毎日、大変だろう」


 落ち込んだようなセスの表情に気付き、フィエルティアはにこりと笑う。


「そんなことないわ。やったことないことばかりで楽しいわ」


 気に病んでほしくなくて明るい口調で言ってみるが、セスの表情は変わらなかった。

 フィエルティアはしょんぼりとした顔を見つめている内に、どうにか慰められないかと手を伸ばそうとして手袋をしていないことに気付き、慌てて手を引っ込めた。

 両手を背中に回し手を隠すと、セスはその隠した手を探るように見つめる。


「その手……」

「あ、えっと、ごめんね。すぐ手袋するから」

「君のその手や髪の色は生まれつき?」


 真っ直ぐに投げかけられた質問にフィエルティアは固まる。いつかこんな風に訊ねられてしまうことを覚悟していたはずだった。けれどいざその時になると、やはり他の人と同様に、嫌われてしまうのではないかという恐怖が胸に広がって身が竦んだ。


「そうだと思う……。気味が悪いわよね……」

「周囲から色々言われたんじゃないか?」

「うん……。小さい頃から私は呪われてるって言われ続けてきたわ」


 小さな子どものセスはこの手をあまり気にするそぶりを見せたことはなかった。初めて出会った時、『イチゴみたい』と言ったくらいで、その後指摘されたことはない。だからもしかしたら大人のセスにも『気にしないよ』と言ってもらえるんじゃないかと期待していた。

 セスの顔が見られなくて下を向いたフィエルティアは、背中に隠した手をギュッと握り締める。


「君はどう思う?」

「私は……、父は絶対に違うといつも言っていたわ。私もそれを信じてた。でも……」

「でも?」


 フィエルティアは少しだけ言い淀んだが、続きを話した。


「あなたに会って、考えは変わった」

「僕?」

「うん……。呪いなんて現実に存在しないと思ってた。でもあなたの姿を目の当たりにして、この世界には私の知らない不思議なことが本当にあるんだって思い知った。だから……」

「君も呪われてる?」


 その言葉に頷くことはできなかった。ただ黙って下を向いたままでいると、セスが手を伸ばして背中にあったフィエルティアの手を引っ張った。


「あ……」

「本当に真っ赤だね」


 じっと見られるのが恥ずかしくて手を引こうとするが、セスはしっかりと握って放そうとしてくれない。


「手足も髪も綺麗に赤に染まってる」

「綺麗? 私にはいつも禍々しく見えるけど……」

「そうか? フィーは色白だから、ほら、手首に向かう内に赤が徐々にグラデーションになって、手首は綺麗なピンク色だ」


 ゆっくりと指先で手の甲をなぞられて、フィエルティアは顔を真っ赤にした。

 思わず見たセスの顔が思いの外近くて、余計に動揺する。


「君もつらい人生を歩んできたんだね」


 優しく手を握ったままセスはそう言うと、悲しげな目をしたまま穏やかに微笑んだ。


「呪いは確かに存在する。だけど飲み込まれてしまう訳にはいかない。君も僕も真実を知らなければ」


 決然としたセスの言葉に、長い間背負いきれなかった重い苦しみが、少しだけ軽くなった気がした。

 セスとなら、もしかしたらこの呪いを断ち切れるかもしれない、そう思える。


「そうね……、その通りだわ」


 フィエルティアは頷くと、セスの手をそっと握った。


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