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第17話 新しい生活

 ベッドに入って目を閉じると疲れからかすぐに眠気が落ちてきて、フィエルティアはあっという間に眠りに落ちた。

 それから目を覚ましたのは昼を過ぎてからだった。


「フィー、起きたぁ?」


 ベッドからちょうど出た時に、扉からセスが顔を出した。

 いつもと変わらない様子のセスに、フィエルティアは笑顔を見せ頷いた。


「寝坊しちゃったわね」

「今ね、ルイーズがスープ作ってるんだよ!」

「まぁ、ホント?」


 ルイーズは食事も作れるのかと驚きながら、それなら着替えは自分でやらなければとフィエルティアは目に入ったクローゼットを開けた。

 そこには自分の着ていたドレスが2着ほどあったが、手に取ってみると背中にくるみボタンが並んでいるもので、到底一人では着られそうにないと感じ、フィエルティアはドレスを戻すとその隣にあった街の娘たちが着るような簡素なものを手に取った。

 一人で着替えなどしたことがなかったが、やり方を知らない訳ではない。いつもメイドがしてくれる手順を思い出しながら寝巻きを脱ぎ、自分で着けられる簡単なコルセットを着けると、どうにかドレスを着た。


「軽い……」


 ごてごてとした装飾もなく、軽い生地を使っているからか、毎日着ているドレスなどよりよっぽど軽く感じる。

 髪を一括りに纏め、クローゼットの中にあった手袋を嵌め鏡の前に立った。どうにか身支度を整えられたと確認すると、ずっと眺めていたセスに向き直る。


「お待たせ、セス。お腹空いたでしょ?」

「うん。ペコペコだよ」


 ベッドの上でごろごろしていたセスに手を差し伸べると、セスはぴょんと起き上がって手を握った。

 そのまま手を繋ぎかまどのある部屋に行くと、室内は温かい空気と良い匂いに満たされていた。


「良い匂いね、ルイーズ」

「フィエル様、お起きになられたのですね。あら、お着替えもご自分で?」

「どう? ちゃんと着られているでしょ?」


 ルイーズの前に行き、くるりとその場で一回転してみせると、微笑ましいものを見るような優しい笑顔でルイーズはうんうんと頷いた。


「髪は後で結って差し上げますね」

「私一人でも結えるかしら?」

「簡単に纏められる結い方がありますので、それをお教え致しますわ。とにかく腹ごしらえを致しましょう。セス様も待ちきれない様子ですし」


 すでに椅子に座ってワクワクした顔でこちらを見ているセスを見て、二人は笑い合うと食事の準備を始めた。

 ルイーズの作ったシンプルな野菜のスープは、優しい味がした。何より出来立ての温かさにフィエルティアもセスも目を輝かせた。


「こんな質素なスープで申し訳ありません」

「なに言ってるの。こんなに美味しいスープ、飲んだことないわ。私は料理はまったくできないし、ルイーズがいてくれて助かったわ」

「料理は手順さえ覚えれば誰でもできるものですよ」

「私もやってみたいわ」

「僕もやってみたい!」


 セスが元気よく手を上げる。その顔を見てフィエルティアは少し考えてから声を掛けた。


「セス、あなた、なぜ私たちがここにいるか知ってる?」

「ううん、わかんない」

「そっか……」


 少しくらいは何かしら記憶に残っているかもしれないと思ったが、やはりそう簡単なものではないらしい。あの恐怖を覚えていないのならその方が良いのかもしれない。

 殺されてしまうかもしれないなんて脅えながらこの森で過ごすのは、子供には辛過ぎる。


「少し不便かもしれないけど、しばらくここで暮らすことになったの。だからアンディが帰ってくるまで3人で助け合って頑張りましょうね」

「うん!」


 セスのあどけない笑顔と返事にフィエルティアはルイーズと目を合わせると、しばらくは黙っていようと小さく頷き合った。

 食事が終わり、セスは本棚にあった読んだことのない絵本に興味が湧いたのか、大人しく読みだしてくれた。それを確認すると、フィエルティアは食器を片付けているルイーズに声を掛けた。


「私も手伝うわ」

「そんな! 片付けなどわたくしが致しますので、休んでいて下さいませ」

「手伝わせて。どのくらいここにいるのか分からないんだもの。私も働かなくちゃ」

「フィエル様……、フィエル様は不思議な方ですわね」

「不思議? 私が?」


 ルイーズは笑顔で頷き皿を重ねる。フィエルティアもコップを持つと、一緒に水場に向かった。


「フィエル様はこんな状況でも、とても前向きに見えます。普通こんなことすぐには受け入れられません。貴族として育った方が、こんな小さな小屋に押し込められて、しばらく暮らせと言われても納得できないのが普通でしょう」

「そうかしら……」

「ましてや自分から働くなど決して口に致しませんよ」


 ルイーズにそう言われてそんなに変なことを自分が言っただろうかと考える。

 こんな状況で自分が何もしないでいる選択などあり得ない。そう考える自分は変なのだろうか。


「変かしら……」

「いいえ。人としては正しいと思います。フィエル様がそういう御方で良かったと、わたくしは今心底神に感謝しておりますよ」

「ルイーズったら」


 お茶目な口調でそう言うルイーズに、フィエルティアはクスクスと笑いを漏らす。

 ルイーズも一緒に一しきり笑うと、桶を手に取った。


「では、労働をご希望とのことですので、共に水汲みに参りましょうか」

「水汲み?」

「さきほど確認して参りましたが、この小屋の水は裏手にある井戸から汲まなくてはならないようです」

「まぁ、井戸?」

「やってみますか?」

「ええ!」


 フィエルティアも桶を持って食材などが置かれている部屋に向かう。そこに小さな裏木戸があって、ルイーズは静かにその扉を開くと、しばらく外を窺った後こちらに振り返った。


「人影はありません。大丈夫だと思います」


 ルイーズの後についてフィエルティアも外に出る。ひんやりとした冷たい空気が頬を撫でてフィエルティアは肩を竦める。森は静まり返っていて、動物さえも見当たらない。

 何の気配もないことに胸を撫で下ろしたフィエルティアは、目の前にある古井戸に視線を移した。石で組んだ丸い井戸の中を覗き込む。


「やり方は知っておりますか?」

「えーと、紐で吊ってる桶を中に落とすのよね?」

「そうです」


 ルイーズは井戸の縁に置かれた縄で結ばれた桶を井戸に落とす。少し間を置いて下の方からバシャンと水音がすると、今度は縄を引っ張り出す。

 井戸をもう一度覗き込むと、水がたっぷり入った桶が徐々に上がってくる。手の届くところまできて桶の持ち手を掴むと、ぐんと重みが腕に伝わった。

 こんなに重いものを持ったことがないフィエルティアだが、腕をプルプルさせながらも持ってきた桶に水を移し替える。


「水って重いのね」

「田舎ではまだまだ井戸が主流でしょうし、中々骨の折れる仕事ですわね」

「次は私にやらせて」


 ルイーズの見様見真似で同じように桶を井戸に落とすと、縄を引っ張る。桶を直接持つよりもずっと重さを感じて、フィエルティアは足を踏ん張った。

 身体全体で縄を引っ張るが、中々桶の姿が見えない。それでもルイーズの倍の時間を掛けて引き上げると、ルイーズが水を移し替えてくれた。


「お疲れ様でございます。お寒いでしょう。中へ入りましょう」

「これから毎日しなくちゃいけないのよね……」


 フィエルティアはこの程度で疲れ切ってしまった自分を情けなく思いながら呟く。


「大丈夫でございますよ。わたくしがやりますので、心配なさらないで下さい」

「そうじゃないの……。私、生活するためのこと、何もできないんだなって。ルイーズがいなかったら、きっとセスと二人で途方に暮れていたわ」

「フィエル様……」

「水汲みも、料理も洗濯も、全部教えてね。頑張って覚えるから」


 フィエルティアがそう言うと、ルイーズは持っていた桶を置き直し、フィエルティアの手を握る。


「きっとすぐに解決します。少しの辛抱でございますよ」


 ルイーズの慰めの言葉に、フィエルティアは母を思い出した。もしここに母がいてくれたなら、きっとこんな風に励ましてくれたに違いない。

 ルイーズがそばにいてくれて良かったと、自分こそ神に感謝しなくてはいけないと、心の底から思ったフィエルティアなのだった。

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