第12話 説得
セスに拒絶されたラウラは、怒りが収まらぬまま誰もいなくなってしまった部屋を出た。セスを取り込むことが難しいとなったら、次はどうしたらいいのか。頭に血が上った状態のまま考えていると、来る時に見たロクサーヌの肖像画が目に入った。
(そうよ……、そうだわ。こんな時こそ、ロクサーヌを利用しない手はないじゃない)
ただただ鬱陶しいだけの存在の姉だが、王太子妃である以上自分の役に立つはずだ。
ラウラはフッと口の端を上げて笑うと、ロクサーヌの私室に足を向けた。何度か父と共に訪れたことがあるロクサーヌの私室に到着すると、入口を守る騎士に声を掛ける。
本来は前もって許可が必要だが、入口の騎士は父の息が掛かっている。顔を見るなり笑顔で扉を開けてくれた。
「ロクサーヌ、ちょっといい?」
「ラウラ? 突然どうしたの?」
ロクサーヌは部屋にある豪奢なソファに座りお茶を飲んでいた。ラウラはずかずかと部屋を横切ると正面のソファに座る。
「お父様と来たの?」
「違うわ、一人よ」
「あら、城に一人で? 珍しいわね」
「雑談なんてどうでもいいわ。それよりロクサーヌは王妃様とよく午後にお茶を飲んでいるわよね」
「そうよ。よく知っているわね」
「今日はその予定はないの?」
「今日? どうだったかしら」
ロクサーヌは小首を傾げメイドを呼ぶ。のんびりとした口調で訊ねるのをイライラと待っていると、メイドは笑顔で頷いた。
「今日は植物園でお茶をするご予定です」
「ああ、そうだったわ。王妃様が育てたお花が咲いたので、それを見ながらお茶をするのだったわ」
「分かった。ならそこに私も付いて行くわ」
「え?」
「いいでしょ?」
セスに直接気に入られる必要なんてない。結婚は家同士の問題なのだ。最後は国王と王妃に許可を得なければいけないなら、最初からそちらを攻める方がいいに決まっている。
「突然そんなこと言われても……」
「私がいて困ることなんてないでしょ。たかがお茶じゃない。王妃様だって私がいた方が話が盛り上がって楽しいと思うわよ」
おっとりとした姉は気の利いた楽しい話題など自分から話したことはない。いつだって自分が話の中心にいて、皆の注目を集めていた。
「王妃様と何か話したいことがあるの?」
「ロクサーヌには関係ないでしょ」
「もしかしてセス様のこと?」
何の事情も知らないと思っていたロクサーヌの指摘に、思わずラウラは顔を顰める。
「何でロクサーヌが知っているの?」
「お父様から聞いたわ。あなたがセス様と結婚したがっているって。どういうこと? ケヴィンと結婚するんじゃなかったの? セス様とのことは以前断ったじゃない。心変わりしたの?」
「うるさい! あなたに関係ないでしょ!?」
ごちゃごちゃと質問されてラウラは声を上げた。後ろに控えているメイドが驚いた表情をしている。その顔を見てラウラは一瞬沸き上がった感情をどうにか抑えた。
「……王家を心配して考え直したのよ。呪われたフィエルティアがセス様と結婚なんて、ロクサーヌだって嫌でしょ?」
「それは……」
「私がセス様と結婚すれば、ロクサーヌも安心でしょ?」
静かな声でそう言うと、ロクサーヌは少し考えてから小さく頷いた。
「ラウラの考えは分かったわ。セス様とフィエルティアの結婚はすでに決まっていることだと思っていたけど、お父様が動いているならそうじゃないのかも。それなら私も応援するわ」
「じゃあ、」
「ええ。王妃様には連絡を入れておくわ。午後のお茶に一緒に行きましょう」
「ありがとう、ロクサーヌ!」
ロクサーヌの物分かりの良い笑顔に、ラウラは心の中で嘲笑した。ロクサーヌを操るなんて簡単だ。いつだってこうやって上手く丸め込んできた。
王妃もきっと大丈夫だ。何度か会った時の印象では、ロクサーヌと同様、おっとりとした優しい感じだった。
ラウラはこれでかなり勝率が上がったことを確信して、さっきまでの焦りと怒りを消し去った。
◇◇◇
午後になってロクサーヌと植物園に行くと、美しいガラスの温室に通された。そこには各地から集められた美しい花が咲き乱れていて、甘い匂いに満ちている。
ラウラは王妃を待ちながら、どう話をしようかと考えを纏めていた。そうしてそれほど時間を待たず王妃が現れた。
「お待たせしたかしら、ロクサーヌ。ラウラ、久しぶりね」
「王妃様、ご健勝で何よりでございます。ご挨拶にお伺いいたしました」
「突然で驚いたけれど、来てくれて嬉しいわ」
王妃は朗らかにそう言うと、優雅に椅子に座る。それを待ってラウラも席に着くと、王妃に笑顔を向けた。
「そういえばセスとの面会は今日だったわね。どうだった?」
「楽しくお話できました。とても利発で、可愛らしい方ですね」
「そう、それは良かったわ。フィエルが来てくれてから、少しずつ人見知りがなくなってきているの。ラウラも家族みたいなものだもの、仲良くしてほしいわ」
王妃の言葉にラウラは一瞬考えてから、意を決して口を開いた。
「王妃様、わたくし考えたのですが、やはりセス様のおそばにはフィエルティアではなく、わたくしがいた方が良いのではないでしょうか」
「え?」
王妃の驚いた顔を見つめながら、ラウラはにっこりと慈悲深い顔で笑って見せる。
「お姉様と共に我がベルツ家が全力で王家をお支えしていきたいのです。昨年はまだわたくしも未熟で、王家のことが理解できずにいましたが、今は違います。わたくしならきっと陛下や王妃様をお助けできると思うのです」
「まぁ、ラウラ……。あなたの王家を支えたいという気持ちはとても嬉しいわ」
ラウラは王妃の言葉や笑みでだいぶ好印象を与えたと感じ、さらに言葉を畳み掛ける。
「フィエルティアではあまりにも荷が重すぎると思います。あの子は社交界にもあまり出ず、いつも陰に隠れているような性格です。この先、セス様が大人に戻られた時、妻として上手く補佐できるとは思えません」
「あなたは本当に頭の切れる子ね。ロクサーヌも王太子妃としてとても頑張ってくれている。二人がいれば王家は安泰だわ」
「では!」
「でもね、やはりセスの結婚相手には、フィエルが良いと思うの」
「なぜですか!?」
「セスがとても気に入っているからよ。あの二人なら穏やかに仲睦まじく暮らしていけると思うの」
そんなことでとラウラはカッとなったが、ぐっと堪えて怒りを鎮める。
「でも、フィエルティアは呪われています。いつか大きな災いになります。そんな者を王家に入れてはいけません」
諭すようにラウラがそう言うと、王妃は神妙な顔で考え込んだ。
これでどうにか説得できたかもしれない。ラウラはそう思い固唾を飲んで答えを待つ。
王妃はラウラとロクサーヌにそれぞれ視線を合わせ、それからまた少し考えるとやっと口を開いた。
「そう、そうね。本当にフィエルが呪われているならそうかもしれない。でも私はフィエルを信じたい。あの子なら、セスを救ってくれるかもしれない」
なぜ王妃がそれほどフィエルティアに入れ込むのか理解できない。あんな恐ろしい姿の者を信じる要因なんて一欠片もないはずなのに。
ラウラは動揺してそれ以上何か言おうとしても、上手い言葉が出てこなかった。
「セスのことはフィエルに任せてみようと思うの。ありがとうね、ラウラ。気にかけてくれて。噂ではどなたかと良い仲なのでしょう? 王家のことは気にせず、幸せにおなりなさい」
優しく言った王妃に、ラウラは引き攣った笑みを向けるしかない。
(どうして、こんな……)
理解できない。自分こそ正しい事を言っているはずなのに、王妃は間違った感情だけでフィエルティアとセスを結婚させようとしている。
お茶を飲み終わり、王妃もロクサーヌも部屋に戻ったが、ラウラだけはその場を後にできずにいた。悔しさが募り、足が動かない。
「絶対にフィエルティアには渡さない……。幸せになるなんて許さない……」
幸せそうにセスの隣で笑うフィエルティアの顔を思い出し、ラウラは呟く。
まだできることはある。必ず阻止すると心に決め、重い足をやっと動かした。




