第11話 企み
屋敷に戻り、執務室にいる父親の元へ急いで向かう。ノックをし、返事を聞かぬ間に部屋に入ると、父親に詰め寄った。
「お父様! お聞きしたいことがございます!!」
「仕事中だぞ」
低い声を出し、鋭い視線を送る父親に怯むことなくラウラは続ける。
「城でセス様に会いました。フィエルティアと一緒にいたわ。どういうことですの!?」
「ああ、会ったのか。あの二人は結婚することになっている」
「結婚!?」
「何を驚いているんだ。呪われた者同士お似合いだろう。王家にとっては散々な重荷だが、国王も王妃も乗り気だからな」
肩を竦める父親にラウラは苛立ち、手を付いていたテーブルを叩いた。
「私がセス様と結婚するわ!」
「お前は以前断っただろうが」
「あの時はそうだったけど、今は違うの!!」
「すでにフィエルティアは陛下に結婚を許されている。式はしていないが、実質結婚しているようなものだ」
「お父様はそれでいいの? フィエルティアは呪われているわ! 王家にまた呪いが降りかかるのよ!?」
ラウラが半ば叫ぶように訴えると、父親ははっきりと顔を曇らせた。
「それにフィエルティアがこのままセス様と結婚してしまえば、アシュリー伯爵は陛下の後ろ盾を得て増長するはず。それはお父様にとって邪魔なのでは? 私がセス様と結婚すれば、その心配はなくなるのよ。それにお姉様と私が子供を産めば、お父様の権力をさらに強固なものになるはずです」
権力を最も欲しがっている父親なら、こう言えば頷くだろうという勝算はあった。読み通り、難しい顔をして考えた父親は渋々だが頷いて見せた。
「分かった。どうにか国王に話をしてみよう」
「ありがとう、お父様!」
ラウラはパッと笑顔になると、父親の手を握り締めた。
これでもう大丈夫だとホッとした。後はセスと会って、国王と王妃にフィエルティアよりも自分の方が結婚相手に相応しいのだと思わせればいい。
それは簡単なことだ。ケヴィンの時と同じようにやればいい。元々自分の方がずっと格が上なのだ。フィエルティアに負ける要素は何もない。
「これで私も王家の一員だわ」
笑みを浮かべてラウラは囁くと、セスに会うために最高のドレスを選ばなくてはと自室に急いだ。
◇◇◇
数日後、約束通り父親はセスに会う段取りを付けてきてくれた。ラウラは最上級のドレスを着こみ、アクセサリーも化粧も完璧にして城へ向かった。
メイドに案内され城の奥へ進む。途中ロクサーヌの肖像画の前を通り過ぎたが、今は気持ちに余裕があるからか、笑みを浮かべて見上げられた。
(もしロクサーヌよりも先に、私がセス様との子供を産んだら、セス様が王太子になるかもしれない……)
元々セスが第一王子なのだ。その子供を産んだとなれば、それは正式な後継者ということだ。
(そうなれば、私が王太子妃……)
ラウラは姉が立つ壇上に自分が立っている姿を思い浮かべる。燦然と輝くティアラを頭に乗せ、腕の中には未来の国王を抱く姿を。
それはなんて自分らしく、相応しい姿なのだろうか。
もうすぐその夢が叶うと思うと、踊り出したいほど心は浮きたった。
「こちらでございます」
メイドが足を止めたのは、城の奥に続く扉だった。以前も来たはずだが、まったく覚えていない。
扉の中に入ると、しばらく進んだ先にまた扉があった。メイドに指示された通りにその扉をノックすると、中から女性の声がした。
一瞬フィエルティアかと思ったが、扉を開けて姿を現したのは、50代ほどのメイドだった。
「よくお越し頂きました。ラウラ様」
「あなたは?」
「わたくしはセス様の乳母で、ルイーズと申します」
「そう。セス様はどちらに?」
ルイーズを押し退けるように部屋の中へ入ると、ソファに座って本を読んでいる子供がいた。
「セス様、ラウラ様がお越し下さいましたよ」
「邪魔よ。あなたは下がっていなさい」
部屋に居座ろうとするルイーズを一瞥すると、ルイーズは驚いた様子で頷き部屋を出て行く。ラウラはそれを見送ってからセスに近付いた。
「セス様、お久しぶりにございます。ラウラです。覚えておいでですか?」
できるだけ柔らかい声でにこやかに言うと、隣に座る。セスは読んでいた絵本を膝の上に置いたまま、こちらを見上げてきた。
「お姉さん、誰?」
「ラウラです。以前、一度お会いしましたわ」
「覚えてない」
そっけない返事にラウラは顔を顰める。その表情に気付いたのか、一瞬怯えたセスに慌てて笑顔を見せる。
「私はラウラ・ベルツ。ロクサーヌの妹ですわ」
「ロクサーヌの?」
食い付いたセスにラウラはほくそ笑む。
「そうです。今日はセス様にご挨拶に来ましたの」
「挨拶? どうして?」
「セス様とずっと仲良くしたいと思って」
セスは不思議そうに首を傾げる。そんな様子にラウラは笑みを浮かべて顔を近付けた。
「セス様は大人の姿にはなりませんの?」
「大人? なぁに、それ」
「ほら、この間、フィエルティアと一緒にいた時、15歳ほどの姿だったではないですか」
キョトンとした表情のままセスは答えない。少しだけ苛ついたラウラだが、ぐっと堪えて笑顔のまま続ける。
「わたくし、あの姿が見たいわ」
「なに言ってるの?」
「元々セス様は25歳なのですよ。姿を戻すことはできるのでしょう?」
肩を掴んでこちらを向かせようとするが、セスは嫌がって身体を離そうとする。その嫌がる素振りにラウラはいらつきを抑えきれずつい力を込めてしまうと、セスはその手を振り払ってソファから飛び降りた。
「ラウラはやだ! 僕、フィーと遊ぶ!」
そう言って部屋を出ようとするセスの手を、ラウラは慌てて捕まえると引っ張った。
「フィエルティアよりもわたくしと仲良くしましょう」
「やだ!! フィーがいい!!」
考えることもなく答えたセスに怒りが沸いた。
「フィエルティアのあの手を見たでしょう!? 髪も足先も赤に染まっているのですよ!? あれは呪われている証拠です! あんな女をそばに置いてはいけません!」
「フィーのこと悪く言わないで!!」
そうセスが叫ぶと、扉が突然開いてフィエルティアが走り込んできた。そのまま抱きつくセスをフィエルティアは腰を屈めて抱き留める。
「大きな声が聞こえて……、どうしたの、セス?」
「なんでもないの! お外で遊ぼ!」
セスはフィエルティアの手を引っ張ると、部屋をさっさと出て行ってしまう。
一人取り残されたラウラは、あまりの屈辱に言葉もなく、爪が食い込むほど両手を握り締めた。




