第10話 ラウラ
華やかなドレスを着た女性たちが途切れることもなくおしゃべりを続けているのを、ラウラは冷めた目で見つめていた。
何をそんなに話すことがあるのだろうか。噂話ばかり、飽きることもなくよく続くものだ。
城で開催されているお茶会にケヴィンと参加しているが、そばにいるはずのケヴィンはいつの間にかどこかに消えてしまった。きっと男同士で私のことでも話しているのだろう。
フィエルティアからケヴィンを奪って2ヶ月、もはや二人は公認の中だ。「間もなく婚約発表でしょ」と周囲から言われるほどだ。
(婚約か……)
もうそろそろ本当に決めなくてはいけない。あまりにも長引かせると何か問題があるのかと噂が立ってしまう。
それでもラウラは踏み切れずにいる。
フィエルティアの結婚を妨害するにはケヴィンを誘惑するしかなかった。あんな地味で普通の男、本当は絶対に付き合いたくない。それでもあの時はこれしか方法が思い付かなかった。
すぐに振るつもりだった。けれどそうしなかったのは自分にも焦りがあったからだ。もう18歳。ケヴィンを逃してしまったら、もはや結婚相手は自分で選ぶことができない気がした。
(私が伯爵家の三男に嫁ぐなんて……。なんてみっともない……)
ケヴィンと結婚しても伯爵夫人にはなれない。どうにか父親に良い職を斡旋してもらったとしても、社交界では確実にランクを落とすことになるだろう。
それが嫌で密かに父に何人か紹介してもらったが、まったく気に入る人はいなかった。全員地位は申し分なかったが、皆見た目や性格が受け入れられないものばかりだった。
(私の望む人がなぜお父様には分からないのかしら……)
侯爵の地位がある父親にとって、自分の望む男性を連れてくるなど造作もないことのはずだ。なにせ姉は王太子妃にまでなったのだ。王太子殿下は見目も美しく、この国の最も高い地位にいる。
自分はそこまで高望みはしていない。ただ自分に相応しい相手を要求しているだけだ。
「ラウラ様、何を浮かない顔をしていますの?」
「お茶が冷めてしまったわね。新しいのを入れさせるわ」
ふいに噂話をやめた周囲がこちらに顔を向ける。ラウラはすぐににこりと笑って口を開いた。
「ありがとう。ケヴィンがどこにもいないから心配で」
「あらぁ、やっぱりラウラ様でもそういうものなのね。男の方はすぐに羽が生えて飛んでいってしまいますもの、ちゃんと捕まえておかないと」
クスクスと笑いながら年下の女の子が扇を仰いだ。パタパタと飛ぶような仕草に周囲も楽しげに笑う。
「ケヴィン様はとても真面目な方ですもの、そんな心配いりませんわ。それにラウラ様に敵う女の子なんていませんわ」
「もうすぐ婚約ですもの、今が一番楽しいし、心配な時なのよね」
知った風な顔をして話す友人にラウラは「そうね」と笑顔で頷くと、ゆっくりと立ち上がる。
「ケヴィンを探してくるわ」
ラウラは笑顔のままでそう言い歩き出す。周囲に誰もいなくなったところで、表情を戻すと溜め息を吐いた。
「何が一番楽しい時よ。馬鹿馬鹿しい」
庭にはあちらこちらに散策を楽しむカップルがいる。それを避けるように城の中に入ると、なんとなく廊下を進んだ。
頭の中にはずっと『このまま結婚していいのか』という自問自答が続いている。
そうしてふと廊下の正面を見たラウラは、顔を顰めた。
「ロクサーヌ……」
高い天井のホールにはグラード王太子と並んで姉のロクサーヌの肖像画が飾られている。
金髪で青い瞳の華やかな美しさのある自分とは違う、茶色の髪と瞳の地味な姉。顔立ちも人並程度で、お世辞にも美しい女性とは言い難い。
そんなロクサーヌが姉だというだけで、王太子の妻になった。ただの順番の違いだけだ。たった2歳差で、自分ははずれを引いたのだ。
しばらくの間、肖像画を睨み付けていると、遠くから軽い足取りが近付いてきた。取り巻きの一人かと顔を向ける先に、なぜかフィエルティアを見つけた。
「フィエルティア? なぜここに……」
以前も確か城で会った。お茶会に招かれている訳でもないのに、なぜここにいるのだろうか。
フィエルティアはこちらに気付かず、キョロキョロと周囲を見回しながら歩いている。誰かを探しているようだ。
「何をしているの、フィエルティア」
こちらから近付き声を掛けると、フィエルティアは驚いて目を合わせた。すぐに脅えたような表情を見せる。その顔に満足すると、ラウラは口許に手を添えた。
「城でよく会うわね。偶然かしら」
「ぐ、偶然よ……」
「なぜ城にいるの? お茶会に呼ばれていないでしょ」
追及するような口調にフィエルティアは動揺しているようだった。だが少し待っても答えは返ってこない。ラウラは肩を竦めると、違う話題を口にした。
「噂は聞いた?」
「噂?」
「私とケヴィン、婚約するのよ」
笑顔でそう言うと、フィエルティアはあからさまに落ち込んだ顔になった。ラウラは笑いを噛み殺し続ける。
「あなたには少し悪いとは思っているの。でもしょうがないわよね。ケヴィンは私に首ったけですもの」
「そんな……」
フィエルティアの泣きそうな弱い声に笑みを深くする。さっきまでの嫌な気持ちが消えていく。
晴れやかな気持ちでフィエルティアの顔を見ていると、背後から走り寄ってくる音がした。
「ラウラ、ここにいたのか」
低い声に振り返ると、タイミング良くケヴィンが現れた。ラウラはさらに笑顔を深めると、隣に立ったケヴィンの腕に自分の腕を絡ませた。
「ケヴィン、探しに来てくれたのね。嬉しいわ」
「フィエル……、なんでここに……」
ケヴィンがフィエルティアに気付き、分かりやすく動揺する。その顔に内心で舌打ちしつつ、腕を引っ張るように身を寄せる。
「ひ、久しぶりね、ケヴィン……」
「フィエル、これは、あの……」
お互い目を合わせず、どもる二人を見つめながら、ラウラは少しだけ馬鹿馬鹿しい気持ちになった。
こんなに地味でどうしようもない二人に、自分が関わるなんてどうかしている。本来は言葉だって交わさなくてもいいはずだ。
「ケヴィン、フィエルティアも私たちの婚約披露パーティーに呼びましょうよ」
「え!? そんなこと、」
「フィー!!」
ケヴィンが少し怒ったような口調になった時、見知らぬ声が遮った。全員が驚いて廊下の先を見ると、15歳ほどの少年が駆け寄ってくる。
淡い茶色のふわふわとした髪に青い瞳、すらりとした体躯をしている。近付いてくるとその顔立ちの美しさに目を惹かれた。
「こんなところにいたのか、フィー」
張りのある涼やかな声。まだ青年になり切らない初々しさがありながらも、凛とした目元は強い意思を湛えているように感じる。
少年はフィエルティアの隣に立つと、その肩を抱き寄せた。
「セ、セス……?」
「うん。見当たらないから探しにきた」
「ええ?」
(セス、ですって……!?)
フィエルティアが呼んだ名前にラウラは衝撃を受けた。その名前を知っている。1年前に、同じ名前の子供に会った。同じ髪、同じ瞳の色の子供に。
(嘘よ……、そんな訳ないわ……)
1年前、ロクサーヌが結婚した後、私も同じくらいの身分の人と結婚したいと父にせがんだ。その時に、この国にはもう一人王子がいることを教えられた。
けれど紹介されて会うことができたのは5歳にも満たない幼児だった。さらにその姿は呪いのせいだと説明されて、心底嫌気が差した。呪いなんてフィエルティアで十分だ。そんなものを背負わされるなんてごめんだと、婚約はもちろん断った。
「私がセスを探していたのよ」
「そうなのか?」
戸惑った様子のフィエルティアだが、どこか幸せそうな笑みを見せてラウラは奥歯を噛み締める。
「もう行こう。部屋に戻ってお茶にしよう」
「え、ええ」
二人がこちらに背を向けて歩いて行くのを、身動きもできず睨み続ける。
「ラウラ、僕たちも庭に戻ろうよ」
「うるさい!!」
ケヴィンに声を掛けられ、ラウラは苛立ちを隠せず怒鳴った。
(なぜ私と会った時は、大人の姿を見せなかったの!? ずるいわ!! あの姿を見ていたら、婚約を断らなかったのに!!)
あまりにも悔しくて親指の爪を噛み締める。
あんなにも美少年なら、自分と並んだら最高に絵になるだろう。元の年齢の姿は、もしかしたら王太子よりも麗しいかもしれない。
(なぜフィエルティアとあんなに親しげにしているの? まさか婚約とか……。いいえ、まだ間に合うはずよ。お父様に言って、もう一度セス様に会えるようにしてもらわなくては……)
(あの王子は自分にこそ相応しい。絶対にフィエルティアには渡さない!!)
ラウラはそう決意すると、床を踏み鳴らすように歩きだした。




