前を向く
(結果的に、良かったの…かも? )
自然に、兄様と距離を取れた気がする。
なんだかホッとしながら、ベーコンにフォークを刺す。
あとは、俺様王太子・ハインリヒとの婚約話の事前回避。…これは父が昨日帰ってない様子なので、内々で片付けるなら今夜以降となる。
昨日のハインリヒの様子から、今日はなんらかのタイミングで捕まる可能性がある。どんな話をされることやら。
そして、わんこ系騎士・エルネスト。昨日兄様に適当にあしらわれてたけど、何やら相談があると言っていた。今日はきちんと相手しないとならないだろう。むしろ、すんなりリリィへの恋煩いを相談してくれれば良いのだが…。
「馬車の用意ができております」
メイドに声をかけられ、私はティーカップを置いて立ち上がった。
昨日は、想定外のプロローグ開始でかなり動揺してしまったけれども、もう大丈夫。
余程の事でもなければ、エンディングが確定するのは3ヶ月後。今日明日で全てどうにかする必要はないのだ。
…今回、主人公リリィの攻略を見守るのは、エンディングまでを把握している「私」。今までと違い、攻略対象キャラの言動の変化に心惑わされる筈もない。
(だって「私」は、端から彼等の愛情など欲してないのだから)
欲しいのは、ただひとつ。
このループの、終わりだけ。
「クラウディア!」
学院の門前に馬車を横付けし、御者として伴った護衛兼任の執事見習いに手を添えて馬車から降りる。
途端に、見慣れた赤毛が駆け寄ってきた。身構えかけた執事見習いも、知っている顔の登場に肩の力を抜く。
「エルネスト、ごきげんよう」
まともに挨拶もできない駄犬ににっこり微笑んで見せると、エルネストはキリリとした眉を情けなくハの字にした。
「おはよう…あの、昨日の続きなんだけどさ」
「ええ、お約束した通り、お話は伺うわ。お昼でいいのかしら?」
「…っ! うん!」
パアッと顔を輝かせ、エルネストはトンと自分の胸を叩く。「わかった、了解」というときに彼が必ずやる仕草だ。本来、騎士団の敬礼のポーズなのだが、幼い頃から騎士に憧れ真似ているうちに癖になっている。
脳筋かつ犬。属性としては一番わかりやすい攻略対象だが、エルネストはクラウディアを嫌悪するのではなく改心させようと悪手に出る傾向があるので厄介だ。
「改心」すべき原因そのものが、概ね不幸なすれ違いが生んだ、勘違いの産物なのだから。それは、エルネストの意図するところではなく、結果的にクラウディアを死に追いやる羽目になる。
そんな彼は、ネット上で「正義厨」と呼ばれていた。
己の正義を絶対的な価値観だと思い込み、その枠から外れた行いを「正義の名のもとに、善意から」正そうとする、ある意味会話ができないタイプ。
ネット住民界隈からとてつもなく嫌われていたのは言うまでもない。
ゲームを進める上ではエルネスト攻略ルートの会話選択肢が一番単純だったからこそ、私がこのループに突入した時の最初のエンディングがエルネストルートだったのかもしれないなぁ、とぼんやり思った。