あの日のテレンス【ゲーム本編】
「私は、妹を甘やかし過ぎていたのかもしれないね。ここまで愚かな娘だとは思っていなかったよ」
私は溜息を吐きながら、目の前に立つ小柄な少女の髪をそっと撫でた。羽のように軽やかにウェーブを描く、朝焼けを輝かせる陽光のようなストロベリーブロンド。
今はそれが、しっとりと濡れている。
私の妹が、雨の降りしきる中で彼女の傘を払ったせいだ。
「そんな、テレンス様…。クラウディア様が私を疎ましく思うのは仕方ないのです。私があんまりにドジばかりするから…」
「リリィ、君はなにひとつ悪くなんてないんだよ。全ては君の愛らしさと天真爛漫さを一方的に羨み、こんなくだらない嫌がらせをしてくる妹が悪い。安心をし。私が妹に愚かしい軽挙妄動は慎むよう、じゅうぶんに注意するからね」
「あんまり、厳しく怒ったりしないでくださいね」
「君は本当に優しいね。君が私の妹であったなら、きっと私の人生は豊かだろう。…いや、妹にこのような想いを抱くわけにはいかない。私は君が妹でなくて、逆に幸せだったのかも知れないな」
「テレンス様…」
雨に濡れ、頼りなげに震えるリリィと、ふたりきりの温室。
私は彼女を優しくハンカチで拭いながら、この時が永遠に続けば良いと願う。
…あぁ、それにしても…愚妹に己の行いの悪辣さをどうやって知らしめてやろうか。今まで、あれほど大切に大切に育んできたというのに、この手酷い裏切り。あいつはきっと、リリィのせいで思い通りにならないと逆恨みしているのだ。
今まで甘やかしてきたツケが回ったのだろう。さんざん甘い顔をしてきた私が今更なにを言ったところで聞きはしないだろうが…それでも、これ以上リリィに害意を向けるというのなら、私も心を決めねばならない。
私はこれからも、この愛らしい陽光の天使とともにあることを望む。
それであればなおさら、彼女が安心して私の隣にいられるようにこの身を整えねば。
そう、リリィを傷つけることは赦さない。それが、血を分けた妹であっても容赦などしない。
手始めに、社交界からその姿を消そうか。
私もいつまでも妹のエスコートなどしていられない。妹が社交界に参加しないなら、私は気兼ねなくリリィをエスコートできる。
そのためには、公の場で手痛いミスをするよう仕向けるか。家名に傷は付かないが、本人の自信だけを喪失させられるものを。
プライドの高い妹のことだ。一度でも笑い者にされれば社交界からは自主的に遠ざかるだろう。
…あいつは、何故こんなことになったのかと私に問うだろう。
私は答える。「自業自得だ」と。あるいは、「己の行いには責任を取らねばならないのだ」と。
最期まで、妹に正義の教えを与えることこそ、私があいつの兄としてこの世に生まれた意味なのだから。
…数ヶ月後。
私は駆け込んできたメイドに案内され、裏庭へ降りた。
そこには、自室のテラスから身を投げたと思わしき妹の亡骸が横たわっていた。
広がる黒髪に隠され、ここからだと顔は見えない。
…ふと、妹の顔を全く思い出せなくなっている自分に気付いた。
えもいわれぬ恐怖に首筋を撫でられ、私はただ、立ち尽くす。