そして。
「許すも許さないもないでしょう。町を騒がせる悪漢が一網打尽になっただけで、私達には何事もなかったのですから」
顔を揃えた面々に、私は呆れる。
と、言うか。
「それより、ファリオ。貴方、女の子を泣かせるなんて、どういうつもり?」
「え、いや~」
「全て計画の内なら、私の無事など決まりきってるじゃない!何できちんと説明して、安心させてあげないの!」
「だってまだ、そっちのチームが作戦通りいってるかわからなかったしぃ」
「テレンス兄様が計画して、エルネストが護衛を務めるのだから、失敗するわけがないでしょう」
「「…っ!クラウディア!!」」
(えい、兄と犬!左右から抱きつくな!)
リレディ家のサロン。
兄から「計画」の一部始終を聞き終える頃にファリオとリリィが合流し、気の利くメイド長は速やかにアフタヌーンティーを用意した。
揃っているのはテレンス兄様、エルネスト、ファリオ、リリィ、そして私。
ファリオとは、『魔女の未来視』以降初めての対面となる。
兄様に聞いたところによると、ファリオはこの3ヶ月、ゲームの本筋通りに、リリィと交流していたそうだ。
それはリリィに一目惚れしたからではなく…未来視から完全に外れた行為を取る事で、別の誰かがリリィに夢中になったり、全くの想定外が起こる可能性を潰す為。
そして、起こるかもしれないエンディングをファリオルートのみに限定する事で、何かあっても対応しやすくなる為だ。
すると想定通り、今日の事件が起きた。
リリィを監視していたマーロウさんが、リリィの不穏な動きを察知したことで発覚したのだ。
マーロウさんはアンリエーレに報告し、アンリエーレはテレンス兄様を呼んで情報を与えた。テレンス兄様はそれをファリオとエルネストに共有する。
テレンス兄様からリリィの動きについて聞いたファリオは、彼女のやろうとしている事を理解した。
強制的にファリオのトゥルーエンドを発生させようとしている事。
本来、クラウディアが悪漢を遣って計画するはずの『リリィ誘拐計画』を、リリィが自演自作で行おうとしている、と。
ファリオから前もってこのパターンでクラウディアに起きる未来を聞いていたテレンス兄様とエルネストが、計画の先回りをしたのだ。
リリィの誘拐で捕らえ漏れがないよう、事前に憲兵を揃える。ファリオはリリィを確保。
クラウディアを襲うであろう悪漢の頭目を討つため、エルネストが御者として同行。直接的にはテレンス兄様がクラウディアの安全を図る。
犯人側に人死にが出ても、後始末は全てマーロウさんがどうにかしてくれる手筈になっているらしい。
うん。これ、多分ファリオから未来視を聞いた時点から、テレンス兄様が確実に悪漢の頭目を殺る気で準備してる…。
(マーロウさん何から何までありがとうございます。お仕事増やしてごめんなさい)
この屋敷に着いた時、私の無事を知らされず、道中ではファリオから不安を煽りに煽られた様子のリリィは、既に泣きじゃくって過呼吸寸前だった。
私の無事な姿を見た途端、えづく程の号泣になり、本当に過呼吸を起こして倒れたので、慌てて玄関ホールの花瓶から花を引っこ抜き、花瓶に顔面を押し当てられた程だ。それはそれは可哀想な有り様だった。
ファリオの隣にちょこんと座ったリリィはやっと落ち着いた様子だが、目も腫れてるし、水分が抜けきってしょぼんと草臥れてしまっているように見える。
「リリィさん、お茶をどうぞ?とっても美味しい茶葉なのよ」
これは早急に水分を摂らせなければ、と使命感に燃えて必死に人の良さそうな笑顔を向けるが、リリィは俯いたままだ。
「……ごべんなざい」
泣き過ぎて、鼻も詰まっている。すかさずメイドが使い果した鼻紙の箱を片付け、次の箱を用意した。
「謝らないで。私の方こそ、ずっと謝らなくてはいけないと思っていたのだから」
「……」
「未来視、というものらしいの。今後起こる出来事を、幻視するのですって。私はたくさん自分が死ぬ光景を視たし、その影響で彼らも同じものを視ていたらしいの。…多分、リリィさんも同じものを視ているんだろうなとわかっていながら、仲間はずれにしてしまったわ」
「……びらいじ?」
「たくさん、視たでしょう?彼等と恋に落ちた場合の、未来の自分を」
「…」
「貴女が幸せを手にすると、何故か必ず私が死ぬ事になっていたの。貴女と私の未来は表と裏だから、同じ幻を視ていたはず。貴女は幸せを。私は死を」
「……え、でも…それは、ゲームの…」
「ここでは全部、現実よ。貴女は生まれた時からリリィだし、死ぬまでリリィのまま」
「……どうりで、誰も私を好きになってくれないはずよね。ゲームじゃ、ないんだもの」
リリィの呟きに、胸がぎゅっと痛む。
都合のいい乙女ゲームでもなければ、自分が愛される未来など来ない。そういう諦めの響きだった。
「…別に、好きじゃないとは誰も言ってなくない?」
心なしか拗ねたような口調で、リリィの隣に座るファリオが割り込んできた。私と目が合うと、口をへの字にして肩を竦めて見せる。
(あー、そうなんだ?)
私は思わずニヤケてしまった口元を隠す。
「……?」
俯いてたリリィが、不思議そうにファリオを見上げた。
「…自分が白鳥になれると信じてパタパタ羽根をばたつかせてるアヒルなんて、可愛いに決まってるじゃん」
「こら!」
照れるとすぐ茶化して誤魔化すから、誠意がないとか軽薄だとか言われるのだ。
「…ア、ヒル…」
リリィの目に、またジワァと涙が滲む。
(ほら嫌味だと勘違いされた!)
う、と一瞬詰まったファリオは、面倒臭そうに天を仰いでから、テーブルに置かれた茶菓子のチョコレートを摘む。それを、強引にリリィの唇に押し込んだ。
「?!」
「はい、反省会おしまい!次はティータイムだよ」
驚くリリィにウィンクして、自分の指についたチョコレートをペロリと舐める。
目の前でそんなチャラい間接キスを決められたリリィの顔は、みるみる赤くなった。
私の左右では、エルネストが「うわぁ」とドン引きした声を漏らし、テレンス兄様は「ふん、愚かな男だ」と呆れている。
私は笑った。
…きっと、何処からか見ているマーロウさんが、すぐにこの結末を王子2人に伝えるに違いない。




