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違和感

「本日より、トロイゼル男爵家ご息女、リリィ様がご一緒されることとなります。みなさま、淑女として家名に恥じぬ振る舞いを」


(…ゲーム開始の日だったか)


 教師に連れられ、幾度となく私の前に現れてきたストロベリーブロンドの娘が教室に入ってきた。

 そのニコニコと無害そうな笑顔を見て、ほんのりと違和感を覚える。


(何かしら)


 違和感の出どころがわからず眉をひそめていると、リリィがまっすぐ私に視線を合わせてきた。


「リリィ・トロイゼルといいます。皆さま、どうぞよろしくお願いします!」


 私から目を逸らさぬまま、更ににっこりと笑みを深めるのを見て、違和感の正体に気付く。


(ゲームでは、転校初日のリリィはガチガチに緊張しているはずなんだわ。…なんだか妙に余裕綽々じゃない? )


 学院は、リリィが貴族階級となり初めての社交の場となる。

 まだ、ゲームの開始直後のチュートリアル。

 スキップできるリリィの登校初日モノローグパートで、さんざん「はぁ~緊張する~」「き、緊張し過ぎて声が上ずっちゃった」「やっぱり生まれついての貴族って貫禄あるな~。わたし、馴染めるかしら。はぁ~、早くも不安になってきちゃった…」と繰り返されるのだ。

 この時、クラスメイトとなるクラウディアと目が合っても「うわぁ~、ホンモノのお姫さまみたい!」と思うだけで直接的な交流はない。

 学院は男女で必須科目が異なるため、クラス分けは男女別だ。

 チュートリアルの間に学院内の攻略対象と初対面は済むので、既に登校の時点でハインリヒとエルネストからは認知されてるはず。放課後にはファリオとアンリエーレに遭遇する。…クラウディアの兄であるテレンスだけは、初日に会うことはない。

 その後、親友となる子爵令嬢マディ・カルフェから学院の仕組みや決まりごとの説明を受け、チュートリアルは終了となる。


 本格的な攻略対象とのイベントは明日からだ。


 …にもかかわらず、既にリリィは「私」をクラウディアと認識し、更には学院に対して緊張する様子がない。


 教師に案内された席に向かうため、私の横を通るリリィはご機嫌な様子で足取りも軽い。リリィ・トロイゼルとしてのキャラがブレている。


(…私の知っているゲーム本編とは違うのかしら。私が知らないだけで、全てのエンディングをクリアした後に隠しシナリオが現れる、的な仕様だったりとか)


「…はぁ…」

 そんなの、不安しかないではないか。














「クラウディア、ちょっといいかい?」


 …と、先行きを心配した途端に。


(は?何しにきた??)


 放課後。

 この世界には部活動はないので、委員会所属の生徒以外は迎えが来るまでのんびりと帰り支度を整える。

 …そこに、何故かチュートリアルでは現れるはずがない、兄テレンスがやって来た。

 憧れの生徒会長の登場に、普段お上品なお嬢さまたちが色めき立つ。


 私は思わず険しくなってしまいそうな顔を整え、笑顔を作った。


「お兄様、どうなさいましたの?」

「うん……いや、今日は早めに帰ろうと思うんだよ。お前も一緒に」

「まぁ…お体の調子でも?」

「至って健康だから心配はいらない。最近忙しくて、ゆっくり話もできなかっただろう?…少し、反省したんだ。何よりも大切な、お前との時間を蔑ろにし過ぎではないかと」


 テレンス兄様は、そう言って私の髪を優しく撫でる。…「クラウディア」の、思い出のままの優しさで。


(近い近い!)


 人目も気にせず、年ごろの妹の髪に指先を絡めて梳き続ける銀髪の美青年というビジュアルの破壊力。…確かに、キャラ紹介でシスコン呼ばわりされていたのも頷ける。

 これがヒロインに出会ってコロッと態度を変えるのだから、恋愛脳凄い。


(そういえば、リリィは? これってもしかして、リリィとテレンスの遭遇イベントの新パターンなんじゃ…)


 挙動不審にならないようにそっと周囲に目をやると、テレンス兄様に見惚れている女生徒たちの間にリリィの姿はなかった。


(あれ? もうマディの学院案内始まってるのかしら)


 新シナリオでチュートリアル遭遇になっているわけではないようだ。


 私はしつこく髪を往復するテレンス兄様の手を捕まえ、「兄様、少しは人目を気にしてください。私は恥ずかしいです」と苦言を呈した。

 隠しシナリオにせよ何にせよ、私は今までのクラウディアと違って、兄と親しくするつもりはないのだ。遅い反抗期だと訝しまれるかもしれないが、いずれ私の事などどうでもよくなる人たちにどう思われようが構わない。


「あぁ、可愛い私のクラウディア。そんなにツレない事を言わないでおくれ」


 …しかし、堂々たるシスコン・テレンス兄様はめげなかった。乱暴に掴んでいた手を反対にそっと握り込まれ、2歳の年の差と思えぬ大人びた余裕で、柔らかく微笑む。



「さぁ、帰ろう。…それでは失礼する」

「…………皆さま、ご機嫌よう」

(なにこれ…)


 私は頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしながら、ナチュラルな動作でエスコートしてくるテレンス兄様に優しく手を引かれて教室を出る事になった。…というか、さりげなく回された腰元の手により逃げられないのだ。








「クラウディア!……………と、テレンス」


 教室を出てすぐ、男性教室から出てきたハインリヒに声を掛けられる。

 今日は2度目だ。


「これはハインリヒ殿下」


 すぐにテレンス兄様が笑みを深くして目礼した…が、私の手を載せている左手と、私の腰に当てられた右手は動かない。


「殿下、ご機嫌よう」


 こんな状態で変な感じだけど、一応笑顔で挨拶する。

 ハインリヒはジロリとテレンス兄様を見やったあと、私を見た。


「もう、帰るのか?」

「えぇ。こうして兄が迎えに来てくださいましたので」

「…そうか。気を付けて帰れ」

「ありがとうございます。私に何かご用でもございました?」

「……少し……其方の顔を見たくなっただけだ。今日でなくともよい」

「かしこまりました。では、また明日に」

「あぁ」


 ハインリヒについては、既にリリィと遭遇済みで一目惚れ済みのはずだ。「顔を見たい」というのは初めてのセリフだが、一目で恋に落ちた可愛い可愛いヒロインと現在の婚約者候補を、じっくり比較でもしたかったのだろうか。


(…これは正式な婚約話が上がる前に、早めにこちらから打って出た方がいいかもしれない。帰ったら、お父様に話そう)


 あと。

 がっちりとホールドしている割に、スマートにエスコートしてるように見えるテレンス兄様をチラリと見上げる。


(……テレンス兄様にも、今後一切人前で関わって来ないで欲しいと宣言しておこう)







「あ、クラウディア!」


 学舎から出た途端に、また呼び止められた。

 振り返ると、騎士の訓練着で運動をしていたらしいエルネストが駆け寄ってくるところだった。

 テレンス兄様はエルネストの汗だくな姿を見て僅かに眉をひそめ、私の腰を己に引き寄せる。その行為を受けて、思わず私の眉も寄った。


「……エルネスト、ご機嫌よう」

「君に話があるんだ!」

「そう。悪いけど、クラウディアはもう帰るところだよ」

「テレンス様」


 割って入ったテレンス兄様にサッと敬礼の姿勢をとったエルネストだったが、言葉は全く耳に入らなかったらしい。


「変な体験をしたんだけど、俺にはさっぱり理解できないんだ。クラウディア、君ならきっと」

「エルネスト。日を改めてくれ」

「……すみません」


 テレンス兄様の上級生の威光で強めに遮られ、エルネストの幻の尻尾がへにょんと下がった。


「エルネスト。明日にでも、ゆっくり聞かせてちょうだい?」

「…! うん!」


(揺るぎないワンコ属性…)


 途端に浮上したらしいテンションのエルネストに苦笑いしながら、私は強引なテレンス兄様に追い立てられるように学院を出た。

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