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あの日のハインリヒ【ゲーム本編】



「ハインリヒ様、それは本当?」

 リリィが潤んだ大きな瞳で見上げてくる。

 私は大きく頷き、その肩に手を置いた。


「本当だ、リリィ。我が皇妃は其方にこそ相応しい」

「あぁ、ハインリヒ様…!」

 感極まったように、リリィが私に抱きつき、私はそれを大切に包み込む。

 茜に染まる金色(こんじき)の麦畑のような髪を撫でながら、私は今後について考える。



 リリィに害を為すクラウディアは、先ほど捕縛した。 これがリレディに知られるのは、すぐだろう。学院の中にはまだテレンスがいる可能性もある…あれは油断ならない男だ。

 我ながら、学院のホールで騒ぎを起こすなど幾ら何でも軽率だった。根回しが足りないにも程がある。


 …私がクラウディアを捨てリリィの手を取るということは、王家と深い繋がりのあるリレディ公爵家を斬り捨てることになる。

 王位継承権を持つのは私だけではない。恐らく、リレディはアンリエーレの後ろ盾に回る道を取るだろう。


 リレディは貴族界の重鎮だ。


 リレディがアンリエーレに付くということは、貴族界全てがアンリエーレに付くという意味だ。私は継承権を喪い、王位を捨て新たな爵位を得、王家から離れることになる。


 私はそれでもリリィと共にあるのであれば構わないが、平民から貴族になった為に侮られ、辛い思いをしたリリィの立場を再び降格させる訳にはいかない。

 聖女であるリリィが、今後肩身の狭い思いをするなど、見過ごせる訳がないのだ。


 私はこの後の行動に算段をつけた。








 結果的に脅迫にはなったが父上には譲位を迫り、母上には貴婦人界を動かされないよう離宮へ軟禁させてもらった。アンリエーレは幽閉し、それを人質に、有能な見聞係には自ら投降させた。また、法に最低限添った書面上の体裁を整え、予想通りアンリエーレにつこうと動いたリレディを反逆の罪で強引に投獄した。反発も、抵抗も、説得すらも「逆賊だ」と押し切った。


 周囲の目が、狂人を傍観するようなものに変わっていくのが手に取るようにわかる。


 …その間もリリィ、彼女だけは一途に私を応援してくれる。もう、私が安らげる場は彼女の隣だけだった。








 リレディ一族を公開の場で処刑する日も、リリィは愛くるしい小動物のようにプルプルと震えながら、物見席に立つ私にしがみついていた。

 …私には、この温もりしか残っていない。




 不意に、視界の端。

 軽やかな足取りに蹴られて、壇上に白いドレスの裾が翻った。

 思わず目を引かれてそちらに視線を向けると、そこには。


 僅かにほつれた黒髪が妙に艶やかな、凛とした女が真っ直ぐに私を見ていた。




「……クラウディア…」



 思わずその名を呟く。

 途端に、誇り高き玉座に相応しくなるべく、彼女と競うように高みを目指した日々が鮮やかに蘇った。



 彼女の眼差しには、怒りも、嘲りも、哀しみもない。 ただ、真っ直ぐに私を見つめていた。




 …あぁ、クラウディア。なぜ、私は今ここに立っているのだろうな…。


 思わず浮かんだ自虐の笑みに、果たして彼女は気付いただろうか。




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