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兄弟の密談【アンリエーレ目線】



「アンリエーレ、具合はどうだ」

「兄上」


 これから学院に登校される様子の、制服姿のハインリヒ兄上が入ってきた。

 僕はベッドで上体を起こし、歴代王家の日記帳を腿に置いて開いている。


「熱は下がっておりますが、まだ手足に力が入りません」

「昨日は久しぶりの高熱だったからな。体力が戻るまで、きちんと休むのだぞ」

「はい」

「…? これは、何を広げておるのだ?」

 ハインリヒ兄上はベッドの上に散らばる多数の本を拾い上げながら、ベッドに腰掛けた。

「歴代王の日記です」

「こんなに…またマーロウに掻き集めさせたのか」

「僕が動けるなら僕が自ら存分に掻き集めます」

 日記であれ何であれ、文字が遺された以上は他者の知識の糧となるべき…というのが僕の信条だ。王宮内にある歴史的な書物は、隠し部屋にある私的なものも含め、とことん探し出した。現王である父も母も、僕のその(へき)を心底警戒して、一生懸命に日記を隠している。…隠し場所など、とうに予測がついてるが。

「相変わらずの書痴っぷりだな。…今回のは、何か調べ物か?」

「はい。兄上は『魔女の未来視』という伝承をご存知ですか?」

「聞いたことはあるな。詳しくはないが」

 ハインリヒ兄上は軽く天井を見上げた。

「神殿の未来視術のもとになったといわれるものだな。黒髪の人間に宿るといわれている力だったか?」

「最近ではノートレイル辺境伯家…クラウディアの祖母が実際に行ったのが先代王の記録に残る、現実的な事象です」

 さすがは兄上、王位継承者としてきちんと学んでいらっしゃる。


 僕は開いていた日記をパタンと閉じた。


 確証が得られるまでは自分だけで動くつもりだったけど、兄上が魔女について既にご存知なのであれば、お話しした方が良さそうだ。


「…過去の記録によると、魔女の未来視が発動した場合、その未来に深く関わる者も魔女と同じように幻視を見るとあります。…僕は、昨日それを体験しました」

 ハインリヒ兄上が驚いたように僕を見る。

「僕は、クラウディアが僕を毒殺しようとしたと疑われて投獄される未来を見ました。…あれは、夢じゃない。きっと、魔女の血を引くクラウディアに、未来視があったのです」

「アンリエーレ」

 兄上の長い指が、僕の頭を撫でる。思わず寄せてしまった眉間を緩めてハインリヒ兄上を見ると、兄上は何事か思い悩むように視線を泳がせていた。

「……それは、未来視ではない。安心をし」

「何故、そう言えるのです?」

「私の見た幻視と違うからだ」

「え?」

 同じ体験をした人がいる事にホッとしつつ、兄上から続いて出た言葉に僕は前のめりになった。

「私は…クラウディアを一家もろとも処刑した。その理由は其方を毒殺しようとした罪ではない」

「……」

 内容が違う?…しかし、どちらにしろクラウディアが酷い目に遭うような。

「では兄上は、この幻視を何だとみますか?」

「わからん。だが、つまりは幾通りもの違いがあるということ。確定した未来ではないという事だ」

 頷くハインリヒ兄上の表情は自信に充ちていて頼もしい。この生まれついての王者の余裕は、僕にはない。


「未来視でないとすると、クラウディアは無事ですか?」

 兄上は「ふむ」と何事か思案する。

「……アンリエーレ。其方の見たものに、金髪の娘はいたか?」

「え?」


 脳裏に蘇る、見覚えのない少女の笑顔。


「……いました。知らない娘ですが、僕はずいぶんと親しく思っていました」

「そうか。…アンリエーレよ。私が思うに、これは『未来に起こりうる可能性を幻視したもの』、あるいは『呪いの予兆』だ」

「呪いですか?」

「私が見た幻視にも、金髪の娘が現れた。私はその娘に心酔し、彼女の好意を得んがため、クラウディアを手に掛けた。…そして、幻視を見た後…つまりは昨日の事だが、実際にその金髪の娘に出会ったのだ」

「……」


 実在するのか。


「其方も、昨日高熱を出さなければ、学院であの娘に出会っていた可能性は充分にあるぞ」

「学院にいるのですね」

「私は…おそらく幻視の直後でなければ、彼女に好意を持ったかもしれぬ。つるりと人の心に入り込むような、妙な魅力があるのだ」


 王位を継ぐ為に幼い頃から己を磨き、クラウディアの事も互いの努力を分かち合う朋友だと思っている様子のハインリヒ兄上が、色恋の感情を理解している事に驚いた。


「…あの娘に好意を抱くと、クラウディアを殺す呪いが発動するのかもしれぬ」

「だから、呪いの予兆ですか」

「そうだ」

「それであれば、兄上。その娘に好意を抱く者が現れた場合、僕たちに限らず、呪いが発動するかもしれないのですね?」

「そうだ」


 僕は少し考え、「今日から、学院にマーロウをお連れください」と言った。

「マーロウに、その金髪の娘を監視させます」

「いいのか?」

 見聞係が離れる事で僕にかかる負担がどれ程かを考えてくださったのだろう。

「構いません。はっきりするまで僕は学院を休み、その金髪の娘には会わずにいようと思います。それに、マーロウなら娘に惹かれる事もあり得ませんからね」


 マーロウは、おそらくは今も何処かからここの会話を聞いているだろう。


「わかった」

 頷くハインリヒ兄上に、「その代わり、近いうちにぜひクラウディアを王宮に招待してくださいね!僕はクラウディアに会いたくて仕方ないのです」と微笑むと、兄上も笑顔で僕の頭を撫でた。



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