穏やかに過ぎる時
数日後、父から「次の休みに王宮の茶会に参加するように」と言伝があった。その日のうちに、王妃様の直筆でお茶会の招待状が届く。
クラウディアは幼少時から何度も王宮へ足を運んでいるので、お茶会に呼ばれるのも珍しい話ではない。王妃様は幼くして母親を亡くしたクラウディアを、殊の外気に掛けてくださっているのだ。
ここ数日、学院は平和だった。
テレンス兄様はおはようとおやすみのキスは欠かさないものの、学院内ではアイコンタクトしてくるだけで干渉して来ない。
エルネストは顔を合わせれば尻尾を振って駆け寄ってくるが、思ったよりべったり引っ付いてくる事はなかった。
ハインリヒとは何度も廊下で挨拶しているが、これといって動きはない。いつも何かもごもごと言いあぐねている様なそぶりをする。
学年の違うファリオはまだ接触してないし、アンリエーレに至ってはいつもの様に体調を崩し、しばらく休んでいるらしい。
リリィは熱心に学院中を駆け回っているようだ。ライバル令嬢にかまけるくらいなら、攻略対象が出現するスポットを効率的に回りたいだろう。
親友なはずのマディがぽつんとひとりで昼食をとっているのもよく見る。
客観的に見て、乙女ゲームのヒロインは女友達そっちのけで男を追い回しているようにしか見えないなぁと思っていると、案の定アナベルを始めとする貴族子女達にヘイトが蓄積していた。
攻略対象達は元から学院内でも有名人な為、見るたびにその内の誰かに取り入ろうとしてる(ように見える)リリィが気に食わないようだ。
…噂話だけでは誰をメインに攻略しようとしてるのか、全く見えて来ないのだけが不安である。
帰り、廊下で特に用もなさそうにしているハインリヒ王子と会った。
(…この人はいつも廊下でなにしてるんだろう)
初日程の緊張感もなく、やんわりカーテシーで通り過ぎようとすると、「おい!」と声をかけられた。
「…クラウディア、明日は母上の茶会に来るのだろう?」
「ええ」
「そうか」
ハインリヒは相変わらずギクシャクした様子ながら、私の返答に安心したように頷いた。
「王宮に来た際、アンリエーレに会ってやれ。…あれは、久しぶりに、お前の顔が見たいと」
「アンリエーレ殿下、ご体調はいかがですか?」
「いっときはかなり悪かったが、今は落ち着いている。しきりにお前の様子を気にしてる」
「かしこまりました。王妃様のお茶会の前に、お部屋に伺いたいと存じます」
「そうか!うん、伝えよう!」
(久しぶりに、ハインリヒ殿下の屈託無い笑顔を見た…)
…いやいや、「私」はハインリヒの笑顔なんて見た事ないから。最近「クラウディア」の記憶が混ざって来る頻度が高い。ゲームの内容なのか、そこから派生していた妄想二次創作の内容なのか、「私」の記憶なのか、混乱するので困る。
「御機嫌よう、ハインリヒ様ぁ」
背後から、リリィの声。
私は思わず出掛けた「やばっ」という言葉を飲み込み、「どなたか殿下にご用事のようですわね」と作り笑顔を浮かべた。
とっさにハインリヒの視線が私と背後とを往復するのを見て、「私は失礼いたします」とお辞儀をし、そのまま足早に立ち去る。
背後で「あっ」と非難がましいリリィの声が上がったが、今回のループでは主人公の好感度アップの当て馬として、わざわざ攻略イベントのお邪魔虫役で参加してやる義理はない。逃げるが勝ちだ。
そういえば、ハインリヒの遭遇率は廊下と正門前が高いのだったか…リリィは今日も順調に好感度上げに勤しんでいるようだ。
私を踏み台にせず、どうぞ自力で頑張って欲しい。




